たぶん2011年ころのブログです
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家庭裁判所で仕事をしていると,子どもをめぐる争いをよく目にします。
離婚や子どもの親権をめぐって,お母さんとお父さん,さらにはおじいちゃん,おばあちゃんまでが加わって,大変な争いになってしまい,悲しい気持ちで眺めることが多いです。
最近,子どもをめぐる争いが激化しています。少子化の影響でしょうか。
また,子どもの虐待も増えています。
じーじはこれらの根底に「子どもをコントロールする」というおとなのわがままな傾向があるのではないかと考えています。
子どもの少子化についても,そこには経済状況や社会状況のせいもあるでしょうが,さらには子どもの出産や育児や教育をコントロールしたいというおとなの無意識の気持ちが影響しているのかもしれません。
しかし,子どもを完全にコントロールするなんてとても無理なことです。
子どもの人数や才能や容姿,学歴なども,一見,大人がコントロールできそうに見えても、実はおとなのコントロールどおりにはいきません。
それをコントロールできると考えることから,思うようにならないと虐待や過干渉,奪い合いが生じてしまうのではないではないでしょうか。
子どもは天からの授かりもの,この当たり前のことを忘れた時に,子どものコントロールが始るのかもしれません。
まずは子どもを授かり,育てられることを,素直に感謝したいと思います。
それだけで十分に幸せなことです。
そこを再確認したいものです。
そして,かりに,残念ながら,親同士は離婚となったとしても,子どものために面会交流などで協力をして,大切な子どもさんを温かく育てていきたいものだと思います。 (2011?記)
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2018年6月の追記です
最近、虐待死という痛ましいニュースがまたありました。
子どもをコントロールするおとな、という点では同じ根っこなのかもしれません。
子どもはそれだけですばらしい存在なのですが…。 (2018.6 記)
そして、いろいろな喜びをおとなに与えてくれるのですから、本当に尊い存在です。
多くを望みすぎですよね。
どんなに望みどおりにしたくても、人生はわからないことだらけです。
子どもからのエネルギーで、一緒に頑張れるのではないでしょうか。
思い通りにならないことを身をもって自覚した子供によって、むしろ大人は育てられるべきでしょう。
少子化が衰退のアトラクターになるのは、思い通りにしたい大人達によって構成された社会に限ってのことでしょう。