いやはや、こちらもなんと不信心なことか……『名探偵ポワロ』シリーズの7年ぶり本文以上に、罪深い!! でも、私以外のひとにとっては、本文が出ようが出まいが心底どうでもいいという。個人ブログだねぇ、どうにも。
いりもしない前置きであることを承知の上で振り返りますと、この超名作ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズに関する放送リストなどをまとめた「資料編」を我が『長岡京エイリアン』にて2014年にまとめてみたのは、同じくイギリスを代表する名探偵を長期ドラマシリーズ化した『名探偵ポワロ』が、ついに原作小説の最終話である『カーテン』のドラマ化をもって堂々完結したというニュースを受けて思い立ったからなのでありました。
そっちの記事のタイトルにもしましたが、実にうらやましい! アガサ=クリスティのポワロもの原作小説のほぼ全てを映像化したということの、ものすごさよ!! それだけでも大変なことなわけですが、私そうだいは、同じイギリスの名探偵ではあるものの、エルキュール=ポワロさんの大先輩にあたるシャーロック=ホームズの物語を見事に映像化したグラナダテレビ制作のドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズ(6シリーズ全41話)に魂をもぎ取られてしまった信者でございますので、「全話ドラマ化」という偉業のうらやましさといったら、あーた……涙が出てきますよね。
グラナダホームズ! グラナダホームズ!! とは言いましても、別にこれは「グラナダさん」という人がホームズを演じたわけではないので、ほんとだったら「天知小五郎」とか「古谷金田一」とか「スーシェポワロ」のように、ホームズを演じられたのがジェレミー=ブレット(1933~95年)なんだから「ブレットホームズ」と言うべきなのでしょうが、なんで、世間的には「グラナダホームズ」と言った方が通りがいいのでしょうか? なじょして?
思うにこれは、ブレット演じるホームズも含めて、名パートナーのワトスン、ハドスン夫人、ベイカー街221B の下宿、ヴィクトリア朝はなやかなりしロンドン、そしておどろおどろしい怪事件の顛末といった、外箱いっさいがっさいをひっくるめての「グラナダテレビが作った番組『シャーロック・ホームズの冒険』」の尊称だから「グラナダホームズ」なのでしょう。主役だけを切り取って、その魅力を語れるものではないのです。
そしてもうひとつ! グラナダホームズを1エピソードでも観たら、「ジェレミー」だなんて軽々しく呼べるわけないじゃないっすかぁ! その神々しさ、気高さ、エキセントリックな立ち居振る舞い。もう畏れ多くて……だからこその「グラナダホームズ」なんじゃないかな、たぶん。少なくとも、わたしはそうです、はい。
ジェレミー=ブレット(そう言いながらも呼んでしまいます)のまさしく「役者の業」といいますか、文字通り命を賭けた、賭けてしまった『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズのすばらしさは、それこそちょっとでもネットで調べてみたらすぐにわかりますし、我が『長岡京エイリアン』でもすでに、かなり初期の記事で語らせていただいております(好きなくせにタイトルが失礼すぎる)ので繰り返しませんが、このシリーズの偉業が、NHK BSプレミアムで今年の8月から再放送されているということで、あと、同じチャンネルでずっと放送されていた『名探偵ポワロ』シリーズも先日無事に終了しましたことですし、今さらながら、こちらも7年ぶりに本文記事をつづってみようかいという運びとなりました。大ファンとかぬかしてるわりに、おっせーなぁオイ!!
わたくしのミステリー遍歴を申しますと、まずは何はなくとも、小学校の図書室で出会った江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズがあったわけなのですが、それとほぼ同時に、有名なシドニー=パジェットのイラストを同時収録した『シャーロック・ホームズ』シリーズ(偕成社)も読んでいまして、それがまぁスリリングな読書体験だったんですよね。当然ながら、コナン=ドイルの筆による天才私立探偵ホームズの神のごとき名推理の数々にも心酔したのですが、それと同じくらいにすばらしかったのが、パジェットやその後進画家による、迫力たっぷりの名場面イラスト! 『バスカヴィル家の犬』なんか、手に汗握っちゃいました。『ライゲイトの地主たち』の発作ホームズの顔、めちゃくちゃ怖かった……グラナダ版で観たかったなぁ!
そんなこんな大興奮しているうちに、1985年からNHK にてグラナダホームズの日本語吹替え版の放送が始まっちゃったのですから、このドンピシャぶりに当時のそうだい少年が歓喜しないわけがありません。そりゃもう、目を皿のようにして、見入った見入った!
今になってよくよく観返してみますと、ジェレミー=ブレットはパジェット描くホームズに比べてあまりにもハンサムすぎで、外見だけだとそう似ているとも言えないのですが、それを補って余りある、周辺セットから衣装、小道具にいたるまでの原作リスペクト魂モリモリな再現度と、ジェレミーの「ハイこの人天才。」と観る者をうならせる身のこなしの鮮やかさよ!!
思うに、グラナダホームズにおけるキャスティングは、原作イメージに似ている俳優を選ぶという判断は存在しておらず、むしろ「オレがこれからの原作なんじゃい!!」と言い出しかねないくらいの演技的引力を持った個性を求めていたのではないのでしょうか。ジェレミーのホームズもそうなんですが、兄貴マイクロフト=ホームズを演じたチャールズ=グレイも、んまぁ~気持ちいいくらいに原作イラストに似ていません。いろんな事情があってそうなったのですが、グラナダ版マイクロフトは4エピソードも登場して、しまいにゃ弟ばりに変装捜査もこなしてしまう超行動派!! ほんとにディオゲネス・クラブの会員なのか!? でも、そこらへんは魅力的演技でねじ伏せているんですよね。
だから、グラナダホームズを評してただ「原作に忠実」というのは当たっていないような気はします。原作が書かれた時代、つまりヴィクトリア朝文化風俗の可能な限りの忠実な映像化という点ではそうなのでしょうが、原作小説には原作小説の世界があり、グラナダホームズにはグラナダホームズのパラレルな世界があるのです。これはもう、両者の中でのホームズの人生の歩み方こそがその最たるもので、ドラマシリーズが進めば進むほど、ぜんぜん別物になりますよね。
ところで、このシリーズではホームズの相棒のワトスンを演じる俳優は途中で交代するので2人いるのですが、初代デイヴィッド=バークはいかにも元軍人な青さの残る、素直な性格の紳士としてのワトスンを、2代目エドワード=ハードウィックは開業医としての本業も安定して落ち着きが出てきたものの、時には曲がったことが許せず年甲斐もなくちょっぴり短気になってしまうアツさもあるワトスンを見事に演じています。どっちも、非常にワトスンです。『三人ガリデブ』のあの名場面、ぜひともホームズとワトスンで映像化してほしかった……
グラナダホームズによるホームズもの原作全作品の映像化という夢はかなわなかったのですが、原作の天才名探偵ホームズとはまったく違う、病気と老いにさいなまれ、一挙手一投足がしんどそうに見えてきたシリーズ後期のジェレミーが、それでもなお演じ続けるホームズの姿。ここにこそ、グラナダホームズの魅力、「おもしろい」と表現するにはあまりにも痛々しい、それでも何度も観返さずにはいられない魔力が込められているような気がします。そりゃもう、50代とは信じられないくらいに若々しいジェレミーが軽快にズバズバ事件を解決していく前期も最高なわけですが、後期の、「最高」ができなくなったジェレミーによる「唯一無二」のホームズも、いいんだよなぁ~。もっとも~っと、とっくべっつな、オ~ンリ~ワ~ンなんですよね!! マッキーもうまいこと言ったもんだよぉ。
そんなグラナダホームズの珠玉の軌跡を、毎週リマスターで、しかも露口茂の激シブな吹替え版で堪能できるという、この幸せよ!! 今から20年ほど前の大学生時代、当然のごとく原語版しか収録されていない日本クラウンの VHSビデオシリーズを集めるしかなかった私には想像することもできなかったすばらしい未来!! もちろん、ジェレミーの唄うようなセリフ回しの味わいを教えてくれたビデオシリーズには感謝しかありませんが、ビデオって、画質も音質もそんなに良くはなくて、特に BGMとか効果音がかなり小さかったんですよね。後年、DVDで観て「えっ、ここ音楽流れてたんだ!?」とビックラこいたシーンがいっぱいあったよ。『まだらの紐』も、肝心かなめの不気味な真夜中の笛の音がじぇんじぇん聞こえてこなかったし!
ただ、放送が平日水曜の夜9時っていうのが、『名探偵ポワロ』の土曜の夕方に比べて、ちとツラいんだよなぁ……こっちの勝手な都合なんで言ったってしょうがないんですが、明日も仕事あるし、精神的余裕を持ってドラマを楽しめないんですよね。いやいや、文句は言うまいて!
改めて振り返ると、グラナダホームズはたった11年の放送期間(1984~94年)だったわけなのですが、はっきり言って『名探偵ポワロ』の放送期間24年よりも長く濃密な時間が流れているような気になってしまいます。そりゃもう、第1話『ボヘミアの醜聞』と最終話『ボール箱』を見比べてみてくださいよ……シャレになんない!! シャレにならないくらいの、ジェレミーの演技の深化。天才的名探偵が変幻自在に変装して、一国が傾きかねない大スキャンダルを手中に握る世紀の女傑を向こうに回して華麗に立ち回る『ボヘミアの醜聞』のほうが大好きという方がほとんどでしょうが、私は断然、しょうもない好いた腫れたのドロドロ人間関係の末に起こってしまった悲惨な事件を淡々と解決して、大きなため息をつきつき「なんでこんなことばっか繰り返すの? 人類、バカなの!?」とやるせない怒りをぶちまける『ボール箱』のほうが、超絶好き好き!!
グラナダ版『ボール箱』って、クリスマスシーズンに起きた事件なんですよ。ホームズがワトスンにクリスマスプレゼントを贈ったりしてんのよ!? それなのに、あんな陰惨すぎる事件だし、ジェレミー最後のホームズだし……もう涙、涙ですよ。
しかも、それまで薬物治療の悪影響で第4シリーズの後半あたり(1988年ごろ)から徐々に始まり、第34話『サセックスの吸血鬼』(1992年)くらいからいよいよのっぴきならなくなってきていたジェレミーの不健康な肥満が、第40話『マザランの宝石 / ガリデブが三人』での入院降板を経て復帰したのちの最終第41話『ボール箱』では、すっかりやせ細って初期シリーズのころの体形に戻っているんですよね。でも、それって、健康的なダイエットなはず、ないよね……
リアルタイムで日本語吹替え版が順次 NHKで放送されていた当時、闘病中というジェレミーの事情を露ほども知らず、エピソードを追うたびに太っていくホームズを見て正直ガッカリしていた中学生の私は、『ボール箱』で久しぶりにスリムになった姿を観て無邪気に喜んでいたのですが、あれは魂の最後の輝き、生きるという呪縛から解放された者のはばたきの瞬間をとらえた奇跡の一作だったのです。最後の作品でワトスン、いや、ハードウィックに餞別の自転車用マントを贈ったジェレミーの笑顔……
最近になって知ったのですが、なんでも、最終シーズンとなった第6シリーズ『シャーロック・ホームズの思い出』(ギャー、タイトルがもう反則よ!!)が初期シリーズのような「50分サイズ短編を6話」形式だったのは、ドラマ制作サイドがその前まで続いていた「短編をふくらませた2時間サイズ長編」形式を踏襲して新作を撮影しようとしていたところ、ジェレミーから反対の声があって急遽変更したのだそうです。
私個人の意見を言わせていただければ、そりゃ確かに2時間ものはドイルの原作からだいぶ離れているところもあったので毀誉褒貶が激しかったのですが、それでもジェレミー演ずるホームズが観られるのならば、そっちの路線でもぜんぜん問題はなかったと思います。第35話『未婚の貴族』なんか、ともかくクセが強すぎるけど、グラナダホームズでしか現出せしめられない「悪夢のような」境地でしたよね……
でもおそらく、自分に残された時間を考えるとそんな悠長なことも言ってられないという焦りもあったのでしょうし、ドラマ制作スタッフにも「とにかく1作でも多くのグラナダホームズを世に出したい。出してあげたい。」という共通の想いはあったのでしょうね。その結果、短編だとしても6本分ということで、撮影期間が2時間ドラマで想定していたよりも長くなってしまい、ワトスンを演じるハードウィックが先に入れていた映画撮影のスケジュールに重なったためにお休みするエピソードがあったり(第38話『金縁の鼻眼鏡』)、あまりの過酷さにジェレミーが倒れるという事態になってしまったのだと思われます。6話が6話とも『瀕死の探偵』じゃねぇかァ!! うえ~ん、笑うに笑えないよう!!
初期の第3シリーズくらいまでの若々しいジェレミーが、快活にちょちょいのちょいでエピソードの映像化をこなしていき、だいたい2000年くらいに『最後の挨拶』で見事にしめくくりホームズもの全原作のドラマ化に成功するという世界線も、あってよかったとは思う! ハードウィックのワトスンも、ロザリー=ウィリアムズのハドスン夫人も、2000年までなら大丈夫! チャールズ=グレイのマイクロフトはぎりぎり(2000年没)!! だいいちジェレミーだって、2000年まで生きていたとしても、まだまだこれからの67歳なんですよ……神様、あと5年くらい時間をあげたって、良かったじゃないのよう!
でも、晩年近くのあの痛々しすぎる姿を見てしまうと、「もっと長く生かしてあげたい」などという無慈悲な言葉、たとえ大ファンだとしても、いや、大ファンだからこそ、出ようはずもなく。生きることとは、まさに苦しむこと。あれが天命でいいじゃないか! 楽にさせてあげようじゃないか、とも。
かようにも、グラナダホームズに思いをはせると感情はとめどなく大洪水を起こしてしまう私なのですが、最初にブラウン管(古!!)で出会ってしまった1985年から、すでに36年もの時間が経過してしまいました。それでもなお、何十回、何百回観ても、新しい感動、おもしろさは必ず見つかります。いくらオッサンとなったと言っても、ジェレミーがホームズを演じ始めた51歳にはまだおよばない若造ですからね。今週も、勉強させていただきます、ホームズ先生~!!
ちなみに、自称ミステリー好きとして大きな声では言えないのですが、あんなに話題になっているベネディクト=カンバーバッチ版の『シャーロック』シリーズは、劇場公開された『忌まわしき花嫁』しか見てませんです……当然、ロバート=ダウニーJr 版も観てない!!
嗚呼、グラナダホームズの呪縛はかくも強烈……ってすんません、他人のせいにしてないで、ちゃんとそのうち観ま~っす!!
……顔が野村萬斎みたいなのが、な~んかうさん臭くて受けつけないんだよな……ったく、ジュード=ロウがホームズやってくれよ……ブツブツ。
いりもしない前置きであることを承知の上で振り返りますと、この超名作ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズに関する放送リストなどをまとめた「資料編」を我が『長岡京エイリアン』にて2014年にまとめてみたのは、同じくイギリスを代表する名探偵を長期ドラマシリーズ化した『名探偵ポワロ』が、ついに原作小説の最終話である『カーテン』のドラマ化をもって堂々完結したというニュースを受けて思い立ったからなのでありました。
そっちの記事のタイトルにもしましたが、実にうらやましい! アガサ=クリスティのポワロもの原作小説のほぼ全てを映像化したということの、ものすごさよ!! それだけでも大変なことなわけですが、私そうだいは、同じイギリスの名探偵ではあるものの、エルキュール=ポワロさんの大先輩にあたるシャーロック=ホームズの物語を見事に映像化したグラナダテレビ制作のドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズ(6シリーズ全41話)に魂をもぎ取られてしまった信者でございますので、「全話ドラマ化」という偉業のうらやましさといったら、あーた……涙が出てきますよね。
グラナダホームズ! グラナダホームズ!! とは言いましても、別にこれは「グラナダさん」という人がホームズを演じたわけではないので、ほんとだったら「天知小五郎」とか「古谷金田一」とか「スーシェポワロ」のように、ホームズを演じられたのがジェレミー=ブレット(1933~95年)なんだから「ブレットホームズ」と言うべきなのでしょうが、なんで、世間的には「グラナダホームズ」と言った方が通りがいいのでしょうか? なじょして?
思うにこれは、ブレット演じるホームズも含めて、名パートナーのワトスン、ハドスン夫人、ベイカー街221B の下宿、ヴィクトリア朝はなやかなりしロンドン、そしておどろおどろしい怪事件の顛末といった、外箱いっさいがっさいをひっくるめての「グラナダテレビが作った番組『シャーロック・ホームズの冒険』」の尊称だから「グラナダホームズ」なのでしょう。主役だけを切り取って、その魅力を語れるものではないのです。
そしてもうひとつ! グラナダホームズを1エピソードでも観たら、「ジェレミー」だなんて軽々しく呼べるわけないじゃないっすかぁ! その神々しさ、気高さ、エキセントリックな立ち居振る舞い。もう畏れ多くて……だからこその「グラナダホームズ」なんじゃないかな、たぶん。少なくとも、わたしはそうです、はい。
ジェレミー=ブレット(そう言いながらも呼んでしまいます)のまさしく「役者の業」といいますか、文字通り命を賭けた、賭けてしまった『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズのすばらしさは、それこそちょっとでもネットで調べてみたらすぐにわかりますし、我が『長岡京エイリアン』でもすでに、かなり初期の記事で語らせていただいております(好きなくせにタイトルが失礼すぎる)ので繰り返しませんが、このシリーズの偉業が、NHK BSプレミアムで今年の8月から再放送されているということで、あと、同じチャンネルでずっと放送されていた『名探偵ポワロ』シリーズも先日無事に終了しましたことですし、今さらながら、こちらも7年ぶりに本文記事をつづってみようかいという運びとなりました。大ファンとかぬかしてるわりに、おっせーなぁオイ!!
わたくしのミステリー遍歴を申しますと、まずは何はなくとも、小学校の図書室で出会った江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズがあったわけなのですが、それとほぼ同時に、有名なシドニー=パジェットのイラストを同時収録した『シャーロック・ホームズ』シリーズ(偕成社)も読んでいまして、それがまぁスリリングな読書体験だったんですよね。当然ながら、コナン=ドイルの筆による天才私立探偵ホームズの神のごとき名推理の数々にも心酔したのですが、それと同じくらいにすばらしかったのが、パジェットやその後進画家による、迫力たっぷりの名場面イラスト! 『バスカヴィル家の犬』なんか、手に汗握っちゃいました。『ライゲイトの地主たち』の発作ホームズの顔、めちゃくちゃ怖かった……グラナダ版で観たかったなぁ!
そんなこんな大興奮しているうちに、1985年からNHK にてグラナダホームズの日本語吹替え版の放送が始まっちゃったのですから、このドンピシャぶりに当時のそうだい少年が歓喜しないわけがありません。そりゃもう、目を皿のようにして、見入った見入った!
今になってよくよく観返してみますと、ジェレミー=ブレットはパジェット描くホームズに比べてあまりにもハンサムすぎで、外見だけだとそう似ているとも言えないのですが、それを補って余りある、周辺セットから衣装、小道具にいたるまでの原作リスペクト魂モリモリな再現度と、ジェレミーの「ハイこの人天才。」と観る者をうならせる身のこなしの鮮やかさよ!!
思うに、グラナダホームズにおけるキャスティングは、原作イメージに似ている俳優を選ぶという判断は存在しておらず、むしろ「オレがこれからの原作なんじゃい!!」と言い出しかねないくらいの演技的引力を持った個性を求めていたのではないのでしょうか。ジェレミーのホームズもそうなんですが、兄貴マイクロフト=ホームズを演じたチャールズ=グレイも、んまぁ~気持ちいいくらいに原作イラストに似ていません。いろんな事情があってそうなったのですが、グラナダ版マイクロフトは4エピソードも登場して、しまいにゃ弟ばりに変装捜査もこなしてしまう超行動派!! ほんとにディオゲネス・クラブの会員なのか!? でも、そこらへんは魅力的演技でねじ伏せているんですよね。
だから、グラナダホームズを評してただ「原作に忠実」というのは当たっていないような気はします。原作が書かれた時代、つまりヴィクトリア朝文化風俗の可能な限りの忠実な映像化という点ではそうなのでしょうが、原作小説には原作小説の世界があり、グラナダホームズにはグラナダホームズのパラレルな世界があるのです。これはもう、両者の中でのホームズの人生の歩み方こそがその最たるもので、ドラマシリーズが進めば進むほど、ぜんぜん別物になりますよね。
ところで、このシリーズではホームズの相棒のワトスンを演じる俳優は途中で交代するので2人いるのですが、初代デイヴィッド=バークはいかにも元軍人な青さの残る、素直な性格の紳士としてのワトスンを、2代目エドワード=ハードウィックは開業医としての本業も安定して落ち着きが出てきたものの、時には曲がったことが許せず年甲斐もなくちょっぴり短気になってしまうアツさもあるワトスンを見事に演じています。どっちも、非常にワトスンです。『三人ガリデブ』のあの名場面、ぜひともホームズとワトスンで映像化してほしかった……
グラナダホームズによるホームズもの原作全作品の映像化という夢はかなわなかったのですが、原作の天才名探偵ホームズとはまったく違う、病気と老いにさいなまれ、一挙手一投足がしんどそうに見えてきたシリーズ後期のジェレミーが、それでもなお演じ続けるホームズの姿。ここにこそ、グラナダホームズの魅力、「おもしろい」と表現するにはあまりにも痛々しい、それでも何度も観返さずにはいられない魔力が込められているような気がします。そりゃもう、50代とは信じられないくらいに若々しいジェレミーが軽快にズバズバ事件を解決していく前期も最高なわけですが、後期の、「最高」ができなくなったジェレミーによる「唯一無二」のホームズも、いいんだよなぁ~。もっとも~っと、とっくべっつな、オ~ンリ~ワ~ンなんですよね!! マッキーもうまいこと言ったもんだよぉ。
そんなグラナダホームズの珠玉の軌跡を、毎週リマスターで、しかも露口茂の激シブな吹替え版で堪能できるという、この幸せよ!! 今から20年ほど前の大学生時代、当然のごとく原語版しか収録されていない日本クラウンの VHSビデオシリーズを集めるしかなかった私には想像することもできなかったすばらしい未来!! もちろん、ジェレミーの唄うようなセリフ回しの味わいを教えてくれたビデオシリーズには感謝しかありませんが、ビデオって、画質も音質もそんなに良くはなくて、特に BGMとか効果音がかなり小さかったんですよね。後年、DVDで観て「えっ、ここ音楽流れてたんだ!?」とビックラこいたシーンがいっぱいあったよ。『まだらの紐』も、肝心かなめの不気味な真夜中の笛の音がじぇんじぇん聞こえてこなかったし!
ただ、放送が平日水曜の夜9時っていうのが、『名探偵ポワロ』の土曜の夕方に比べて、ちとツラいんだよなぁ……こっちの勝手な都合なんで言ったってしょうがないんですが、明日も仕事あるし、精神的余裕を持ってドラマを楽しめないんですよね。いやいや、文句は言うまいて!
改めて振り返ると、グラナダホームズはたった11年の放送期間(1984~94年)だったわけなのですが、はっきり言って『名探偵ポワロ』の放送期間24年よりも長く濃密な時間が流れているような気になってしまいます。そりゃもう、第1話『ボヘミアの醜聞』と最終話『ボール箱』を見比べてみてくださいよ……シャレになんない!! シャレにならないくらいの、ジェレミーの演技の深化。天才的名探偵が変幻自在に変装して、一国が傾きかねない大スキャンダルを手中に握る世紀の女傑を向こうに回して華麗に立ち回る『ボヘミアの醜聞』のほうが大好きという方がほとんどでしょうが、私は断然、しょうもない好いた腫れたのドロドロ人間関係の末に起こってしまった悲惨な事件を淡々と解決して、大きなため息をつきつき「なんでこんなことばっか繰り返すの? 人類、バカなの!?」とやるせない怒りをぶちまける『ボール箱』のほうが、超絶好き好き!!
グラナダ版『ボール箱』って、クリスマスシーズンに起きた事件なんですよ。ホームズがワトスンにクリスマスプレゼントを贈ったりしてんのよ!? それなのに、あんな陰惨すぎる事件だし、ジェレミー最後のホームズだし……もう涙、涙ですよ。
しかも、それまで薬物治療の悪影響で第4シリーズの後半あたり(1988年ごろ)から徐々に始まり、第34話『サセックスの吸血鬼』(1992年)くらいからいよいよのっぴきならなくなってきていたジェレミーの不健康な肥満が、第40話『マザランの宝石 / ガリデブが三人』での入院降板を経て復帰したのちの最終第41話『ボール箱』では、すっかりやせ細って初期シリーズのころの体形に戻っているんですよね。でも、それって、健康的なダイエットなはず、ないよね……
リアルタイムで日本語吹替え版が順次 NHKで放送されていた当時、闘病中というジェレミーの事情を露ほども知らず、エピソードを追うたびに太っていくホームズを見て正直ガッカリしていた中学生の私は、『ボール箱』で久しぶりにスリムになった姿を観て無邪気に喜んでいたのですが、あれは魂の最後の輝き、生きるという呪縛から解放された者のはばたきの瞬間をとらえた奇跡の一作だったのです。最後の作品でワトスン、いや、ハードウィックに餞別の自転車用マントを贈ったジェレミーの笑顔……
最近になって知ったのですが、なんでも、最終シーズンとなった第6シリーズ『シャーロック・ホームズの思い出』(ギャー、タイトルがもう反則よ!!)が初期シリーズのような「50分サイズ短編を6話」形式だったのは、ドラマ制作サイドがその前まで続いていた「短編をふくらませた2時間サイズ長編」形式を踏襲して新作を撮影しようとしていたところ、ジェレミーから反対の声があって急遽変更したのだそうです。
私個人の意見を言わせていただければ、そりゃ確かに2時間ものはドイルの原作からだいぶ離れているところもあったので毀誉褒貶が激しかったのですが、それでもジェレミー演ずるホームズが観られるのならば、そっちの路線でもぜんぜん問題はなかったと思います。第35話『未婚の貴族』なんか、ともかくクセが強すぎるけど、グラナダホームズでしか現出せしめられない「悪夢のような」境地でしたよね……
でもおそらく、自分に残された時間を考えるとそんな悠長なことも言ってられないという焦りもあったのでしょうし、ドラマ制作スタッフにも「とにかく1作でも多くのグラナダホームズを世に出したい。出してあげたい。」という共通の想いはあったのでしょうね。その結果、短編だとしても6本分ということで、撮影期間が2時間ドラマで想定していたよりも長くなってしまい、ワトスンを演じるハードウィックが先に入れていた映画撮影のスケジュールに重なったためにお休みするエピソードがあったり(第38話『金縁の鼻眼鏡』)、あまりの過酷さにジェレミーが倒れるという事態になってしまったのだと思われます。6話が6話とも『瀕死の探偵』じゃねぇかァ!! うえ~ん、笑うに笑えないよう!!
初期の第3シリーズくらいまでの若々しいジェレミーが、快活にちょちょいのちょいでエピソードの映像化をこなしていき、だいたい2000年くらいに『最後の挨拶』で見事にしめくくりホームズもの全原作のドラマ化に成功するという世界線も、あってよかったとは思う! ハードウィックのワトスンも、ロザリー=ウィリアムズのハドスン夫人も、2000年までなら大丈夫! チャールズ=グレイのマイクロフトはぎりぎり(2000年没)!! だいいちジェレミーだって、2000年まで生きていたとしても、まだまだこれからの67歳なんですよ……神様、あと5年くらい時間をあげたって、良かったじゃないのよう!
でも、晩年近くのあの痛々しすぎる姿を見てしまうと、「もっと長く生かしてあげたい」などという無慈悲な言葉、たとえ大ファンだとしても、いや、大ファンだからこそ、出ようはずもなく。生きることとは、まさに苦しむこと。あれが天命でいいじゃないか! 楽にさせてあげようじゃないか、とも。
かようにも、グラナダホームズに思いをはせると感情はとめどなく大洪水を起こしてしまう私なのですが、最初にブラウン管(古!!)で出会ってしまった1985年から、すでに36年もの時間が経過してしまいました。それでもなお、何十回、何百回観ても、新しい感動、おもしろさは必ず見つかります。いくらオッサンとなったと言っても、ジェレミーがホームズを演じ始めた51歳にはまだおよばない若造ですからね。今週も、勉強させていただきます、ホームズ先生~!!
ちなみに、自称ミステリー好きとして大きな声では言えないのですが、あんなに話題になっているベネディクト=カンバーバッチ版の『シャーロック』シリーズは、劇場公開された『忌まわしき花嫁』しか見てませんです……当然、ロバート=ダウニーJr 版も観てない!!
嗚呼、グラナダホームズの呪縛はかくも強烈……ってすんません、他人のせいにしてないで、ちゃんとそのうち観ま~っす!!
……顔が野村萬斎みたいなのが、な~んかうさん臭くて受けつけないんだよな……ったく、ジュード=ロウがホームズやってくれよ……ブツブツ。