ハイど~もぉ~! こんにちは、そうだいです。
いやぁ、気がつけばこの10月もおしまいですか……個人的には、ホンットにあっという間でしたわ! 忙しいのなんのって。
でもね、新しいお仕事のほうはまだまだ始まったばかり。見習い段階の真っ最中なのであります。ちゃっちゃとコツをつかんで、来月はもっと勤務時間を増やしていくぞ~いっと。戦いはまだ1回の表だ、ウルトラマン!!
さてさて、そんなこんなで最近は家に帰ってもすぐに明日の準備をして眠らなければならないとかなんとかで、なかなか好きな映像作品や音楽をたのしむ時間も少なくなってきてはいるのですが、それでも休みのときには観たり聴いたりしないままたまってきているなんやかやを消化するようにしています。
この頃はぶらぶら近所の本屋さんとか CDショップに行ってみるヒマもなくなってきているのですが、その代わりによく使っているのが、なんてったって「Amazon 」なのよねェ~。便利な世の中になったもんです……昔、私が大学生だったころには、店頭にあるかどうかもわからない VHSソフトを追いもとめて、毎日のように新宿の街へ出かけていっていたものです。もう気分はハンティング!
Amazon はいいですね……家にいながらにして、たいていの欲しい本だの CDだの DVDだのが注文できちゃう。いまさら2012年になって、なにを言っているんでしょうか、あたしゃ。
そんなこんなで、おサイフに余裕のあるときは、常に何かを注文して家に届くのを楽しみにしている状況がここ半年は続いているわたくしなのですが、その中でも目下のところ、「月に1本」というペースで必ず注文することにしているのが、なにを隠そう名優・天知茂が明智小五郎を演じきったテレビ朝日『土曜ワイド劇場』の「江戸川乱歩の美女シリーズ」の DVDなのであります。これはもう、「月に一度のお楽しみ」っていうペースがものすごくぴったりなおもしろさですし、すぐに手当たり次第に全作品を集めようなんて思っても、天知さんの特濃の色気と昭和テイストむんむんの作品世界で、ただただ胃がもたれるだけですからね!
この天知小五郎シリーズは現時点では再リリースの予定も立っていないようなので、タイトルによっては入手困難だったり高値がついていたりするものもあったりするので、今のところ、私は全作品25本をコンプリートするつもりはありません。でもなるべく、この世にまれなる昭和エンタテインメントシリーズの全容を味わいたいとは強く願っているんですよね~。こんなにおもしろいドラマはないですよ! 今はたぶん、本家の『土曜ワイド劇場』でも復活はムリそうだもん。それは、あの「稲垣小五郎シリーズ」(1998~2000年)を観ても明らかですよね。私はそれをもって「現在の映画・ドラマ界や俳優業界が過去よりも衰退してきている」と結論付ける気はないのですが、まぁ時代の生み出すスケールが違うということなんでしょうか。
ともあれ、こんな感じでつまみつまみ天知小五郎シリーズを購入している状況でして、そんな中で今回購入した作品が、これというわけ!
まずは、基本情報をどうぞ~。
ドラマ『江戸川乱歩の美女シリーズ 化粧台の美女』(1982年4月放送 テレビ朝日『土曜ワイド劇場』 92分)
おもなキャスティング
19代目・明智小五郎 …… 天知 茂(51歳 1985年没)
ヒロイン・一色令子 …… 萩尾 みどり(28歳)
毒物学者・黒柳博士 …… 山本 學(がく 45歳)
実業家・山際大造 …… 中村 竹弥(たけや 63歳 1990年没)
大造の長女・恵子 …… 早乙女 愛(23歳 2010年没)
大造の次女・洋子 …… 蜷川 有紀(21歳)
大造の愛人・マキ …… 志麻 いづみ(29歳)
令子の助手・ミナコ …… 松原 留美子(?歳)
毒虫研究家・横堀京介 …… 中尾 彬(39歳)
12代目・小林芳雄 …… 柏原 貴(?歳)
助手・文代 …… 五十嵐 めぐみ(27歳)
3代目・波越警部 …… 荒井 注(53歳 2000年没)
※天知茂による不定期スペシャルドラマシリーズ『江戸川乱歩の美女シリーズ』の第18作で、長編小説『蜘蛛男』(1929~30年連載)の3度目の映像化
※しかし、物語の大筋は原作『蜘蛛男』とはまったく違うものとなっており、後半には明智小五郎の登場しない(が、名前だけは出てくる)長編小説『大暗室』(1936~38年連載)の展開も組み込まれている
※天知小五郎シリーズを通して時代設定は「1970~80年代現在」にされており、明智小五郎は東京都心で2人の成人した助手(小林と文代)のいる探偵事務所を運営している。文代は原作の設定である明智小五郎の妻ではなく、名字も明らかにされていない
※ドラマ中では黒柳博士の名字は原作の「畔柳(くろやなぎ)」から変更されており、専門分野も「犯罪学」から「毒物研究」に変わっている
※山際洋子役の蜷川有紀は演出家・蜷川幸雄の姪にあたり2000年代まで女優として活動していたが、現在は画家として活躍している
※助手・文代役の五十嵐めぐみは1977~82年いっぱいまで19作連続で登板しており、土曜ワイド劇場の明智小五郎シリーズで文代を演じた6名の女優の中では最多の出演となる
※小林青年役の柏原貴は1978~82年いっぱいまで14作連続で登板しており、土曜ワイド劇場の明智小五郎シリーズで小林青年を演じた3名の俳優の中では最多の出演となる
※ミナコ役の松原留美子は1981年にモデルとしてブレイクしたニューハーフタレントのはしりで、作中でも「美女のように見えて、実は……」という展開が取り入れられている
はい~。もう、どうっしようもなく昭和の天知小五郎シリーズなんですよねぇ~! ストーリーやらキャスティングやら、なにもかもが!!
ちょっとね、前回にやった記念すべき第1回レビューがそのまま第1作の『氷柱の美女(吸血鬼)』だったので、できれば順番どおりに今回は第2作でいきたかったのですが、Amazon の中古価格がこっちのほうが安かったので、ぶっとびで第18作を先に買ってしまいました。背に腹は代えられねぇと!
第18作! 明智小五郎役の天知茂さん、ドラマシリーズが始まってからたった5年しかたっていないのにすでに18回も明智を演じておられたんですねぇ。最終的には急逝のまさしく直前までに25回演じることとなりました。最も忙しい年、1978年の登板数はなんと「5作」! もうこれ、連続ドラマなんじゃないの!?
天知さん以外のどなたかかが明智小五郎役を演じた作品の中でも、70~90分クラスのボリュームの作品を2ケタの回数でこなしたという俳優さんは1人もおられません。毎週放送するかたちの連続ドラマで明智役を演じたという俳優さんはいても1年をこえて演じ続けたという方もおらず、しかも天知さんは TVのドラマシリーズが始まるはるか以前の1968~69年にも、すでに舞台版の『黒蜥蜴』(共演・丸山明宏)で明智小五郎を演じているという素地がありました。まさに、「明智小五郎といえば?」という称号は天知茂の頭上に輝く以外に余地がないわけなのです。
それにしても、TV ドラマでも天知さんは『黒蜥蜴』事件に挑んではいましたが(黒蜥蜴役はこっちもこっちですごい小川真由美)、同じ30代同士という若さでの、1960年代後半の天知 VS 美輪さまヴァージョンの『黒蜥蜴』! 観てみたかったですね~。
そんな天知小五郎も18作目の登板となり、もはや円熟の安定感、マンネリをマンネリと感じさせない様式美をふんだんに盛り込んだ今回の『化粧台の美女』であるわけなのですが、第1作の『氷柱の美女』から、天知さんの容姿と演技がまったく変わっていないのには少なからず驚きました。確かに4~50代ということで老いが来るにはまだまだ早い天知さんではあるのですが、そのトレードマークともいえる「眉間の深すぎるシワ」や、いつでもどこでもばっちりきまったスーツ姿とヘンな柄のでっかいネクタイ……まさにこれは「人智を超えた犯罪に終止符を打つデウス・エクス・マキナ(物語を強制的に終わらせる能力を持った神)」たる明智小五郎の存在感を雄弁に物語るキャラクターパーツになっているかと思います。水戸黄門の印籠なみに文句の言えない説得力がありますね。
このあたりの「明智小五郎」像をとにかく強固に、まるで鉄の甲冑のようにかたくなに身にまとっていた天知茂という俳優の判断は非常に正しいものがあったと思います。
視聴率という数字のかたちで番組の「絶対的評価」が出てしまう TVドラマ業界の中で、しかも天知小五郎シリーズの場合は実に8年という長きにわたって『土曜ワイド劇場』、いやさ、おおもとのテレビ朝日や制作にかかわった映画会社・松竹にいたるまですべてをひっくるめてのドル箱的存在としての絶大的注目を常に浴び続けていたわけなのですから、その間、世間からの要望や自分自身からの「もうそろそろ、ちょっと変えてみたい。」という欲求もはねつけて変わらぬ明智小五郎を演じ続ける、という行為には強いストイシズムと確固たる信念が必要だったことでありましょう。そして、そういう「俳優・天知茂」の芯の強さがまた「江戸川乱歩の美女シリーズの明智小五郎」のゆるぎなさにフィードバックされるわけで、この循環があるからこそ、同じ役を長年にわたって演じていく名優のたたずまいというものは観ていて飽きが来ないんですよねェ~!!
そんな天知小五郎の不動のダンディズムが、驚くべきことにシリーズ化されるかどうかも定かでない第1作から完成されていたということは『氷柱の美女』のときにも触れたとおりだったのですが、その後、第2作からシリーズの名物キャラクターともいえる波越警部役の荒井注が参戦し、第6作からいよいよあのケレン味たっぷりのテーマソングがオープニングに入り、さらにいったんは「いないこと」になっていた明智の助手の小林青年がキャスティングをかえて復帰したりとさまざまなパーツがそろっていくこととなり、第18作『化粧台の美女』のころには、巨匠・井上梅次の采配ももはや迷いの見られない展開のズババン感が心地よい域に達していました。こまけぇこたぁいいんだと!!
また、見逃してはならないのは、この天知小五郎シリーズを放映していた『土曜ワイド劇場』の放送時間が1979年4月にそれまでの「1時間30分」から「2時間」に拡大されたことで、これによって天知小五郎シリーズも、それまで70分だった内容時間から(ただし、スペシャル回としてそれまでに90分サイズになっている作品もあるにはあった)、第8作以降は常時90分サイズにボリュームアップしたということですね。
たかだか「20分くらい」の差ではあるのですが、ここがなかなか無視できないところなんですよね! 体感時間として70分と90分のどちらが天知小五郎シリーズのめくるめくスピード感にあっているのかは人によって意見の分かれるところかとは思うのですが、私個人の実感としましては、前回の『氷柱の美女』が江戸川乱歩の原作小説『吸血鬼』のいいとこどりな内容にはなっていたものの、ちょっとお話をまとめるのに精一杯で明智以外のキャラクターに深みを持たせる余力がないままクライマックスに向かっていたような印象を受けていたので、それよりは時間に余裕のある90分のほうが楽しいんじゃなかろうか、と考えています。そして、そこらへんの「90分サイズのよさ」がいかんなく発揮されていたのが、今回の『化粧台の美女』だったのではなかろうかと!
さぁ、いよいよここから『化粧台の美女』本編についてのあれこれに入っていくのですが、まず大前提として、この作品はタイトルでこそ「江戸川乱歩の『蜘蛛男』」と銘打ってはいるものの、内容をちょっと観てみれば一目瞭然ですが、江戸川乱歩の原作小説『蜘蛛男』とは似ても似つかないストーリーラインとなっています。
原作と比較してみると、「蜘蛛男と名乗る連続猟奇殺人犯」「美人姉妹」「美人女優」「くろやなぎという名前の脚の不自由な学者」「物語に重要な関わり方をしていた人物が実は真犯人」というワードはぽろぽろ共通しているのですが、逆に言うとそこ以外は何から何まで別物といってさしつかえないでしょう。同じように江戸川乱歩の長編『大暗室』から拝借したかと思われる設定もあるのですが、かといって『大暗室』をベースにしているわけでもない、かなりの割合での「美女シリーズオリジナル」な事件になっているのです。この回の脚本を担当したのは、『水戸黄門』などを手がけ、この天知小五郎シリーズでも多くの作品を世に出していた TVドラマ界の大ベテラン・宮川一郎でした。
んで、具体的に原作『蜘蛛男』とこの『化粧台の美女』のどこがどう違うのかと言いますと、とにかくなにはなくとも言っておかなければならないのが、「真犯人の犯行動機をひっくるめたキャラクター造形」なんですよね。根っこの根っこがぜんぜん違うよ~!
難しいもので、ここの違いは小説『蜘蛛男』と江戸川乱歩というチームと、ドラマ『化粧台の美女』と「美女シリーズ」というチームとの本質的な「方向性の違い」をこれでもかというほどに明快に象徴しているものになっているので、是非ともどうにかして詳しくご説明申し上げたいのですが……それ言ったらネタバレになっちまうのよねェ~! もう放送から30年も経過してしまっている作品なのですが、ジャンルが犯人捜しのミステリーである以上は、ここだけはちゃんと「秘密」を守り通していきたい……けど、できるかナ~!?
失敗を恐れずにズバッと言ってしまいますと、『蜘蛛男』の世界はまさしく、「自分のタイプの美女を美しい姿のままの死体に仕立てあげることに全知力をそそぐ」という共感も同情もできない問答無用の「人間やめました。」な殺人犯が帝都東京を恐怖のズンドコに叩き込むという内容のスペクタクル巨編なのですが、いっぽうの『化粧台の美女』はといいますと、一見、無差別に美女が殺されていくという流れが似ているようには見えるものの、その裏には「それなりに共感できる犯行動機もあって同情できなくもない感情」を持った真犯人の生身の執念が通底しているという、読者・視聴者からすれば事件や真犯人に対する印象がまるで違ってくる部分で大きな違いがあるのです。
原作『蜘蛛男』のここまで「いっちゃってる」犯人像は、ある意味で「時代を超えた」犯罪という闇の恐ろしさを見通している部分があって、さすがは江戸川乱歩という迫力がある作品になっているわけなのですが、『化粧台の美女』はここらへんの原作の肝を気持ちいいくらいに放棄してしまっており、まったく逆に暗い過去を背負った人間味のある犯人を提示してしまっています。この時点で、天知小五郎シリーズは『蜘蛛男』の映像化を放棄してしまったとも言えるのではないでしょうか。
ただし、そこまでして「湿度のある事件」にしたかった『土曜ワイド劇場』の采配こそが、江戸川乱歩の世界の忠実な映像化よりも視聴者の「観たいもの」の提供を優先させていた姿勢を如実にあらわしていたのではないでしょうか。わかりやすいですね~。
余談ですが、江戸川乱歩の『蜘蛛男』は現在にいたるまでに、『化粧台の美女』も含めれば映画で1回、TV ドラマで3回映像化されています。私が不勉強のために他の3作品を観ていない状態なので確たることは言えないのですが、このサイコホラーのご先祖様ともいえる『蜘蛛男』の世界を、他の作品がどう映像化していたのかも、どうにかして見届けてみたいですね……特に、あの稀代の怪優・伊丹十三が蜘蛛男を演じたという、連続ドラマ『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』の第1話(1970年4月放送 テレビ東京)ね! これは観てみたいわぁ~。
以上のような犯人像の大幅な変更があったため、この『化粧台の美女』で真犯人(主犯)を演じた俳優さんは、「狂気」よりもむしろ「抑制の効いた理性」を行動にあらわすことに長けた人物がキャスティングされたのではないかと思わせるところがありましたね。最初に観たときには「若い!」とびっくりしてしまいましたが、天知茂さんとはまた違った知性があって、そこのぶつかり合いも非常に楽しかったです。
こういう作品を観るたびにしみじみ再確認してしまうのですが、こういった「荒唐無稽な作品」というものは、演じている俳優さんにそこらへんの矛盾点をおぎなって余りある魅力や迫真性があったら、どんなにおかしな展開になっても不平不満の言いようがなくなるんですよね……まさに、「無理が通れば道理が引っ込む」と言いますか、通常の現実世界では「無理!」になっているものでさえもが、俳優の実力いかんによっては、あるフィクション世界の「道理」になってしまうという気持ちのよさが、天知小五郎のいる「美女シリーズ」には常に満ち溢れているのです。
もちろん、今回の『化粧台の美女』こそが最たるものであるわけなのですが、この天知小五郎シリーズは江戸川乱歩の原作小説を忠実に映像化したとはとてもじゃないですが言えないものがあり、その大看板としての天知小五郎も、原作の明智小五郎がやったこともないような捜査方法を駆使して、原作の明智からはかけ離れた「色男っぷり」を発揮しているわけで、このあたりを指摘して「こんなの江戸川乱歩じゃない!!」という批判の対象になることがままあります。そして、それは確かに一理ある評価ではあるでしょう。
でも! 私はあえてこう言わせていただきたい。天知小五郎シリーズは見てくれこそ江戸川乱歩の小説世界とはまったくかけ離れてはいるものの、その本質たる「明智小五郎(=江戸川乱歩)という超人がいる。」という部分では間違いなく乱歩ワールドの遺伝子を忠実に継承していると!! 逆に言ってしまいますと、どんなに原作どおりの挙措動作を演じていたのだとしても、「異常な犯人の実現せしめようとした犯罪パノラマを強引に終結させる超能力」がないのならば、それは明智小五郎ではないニセモノなのです。
ここらへんの、天知小五郎シリーズにおける明智小五郎の「神性」を物語る最も顕著な例として私が挙げたいのは、なにはなくともあの、クライマックスで毎回毎回明智が見せる、ただただ真犯人をビックリさせるためだけに用意周到に仕掛けられた、「明智の完璧すぎる変装からのパリッとしすぎの純白スーツ姿への早着替え」です。
確かに人によっては、この現実的にまったくありえない(軽装の変装の下にあんなにしっかりしたスーツを着込んでいるのに、着替える直前までぜんぜん着ぶくれしてない!)演出をさして「アホか!」「まったく意味のない、見てくれだけを優先させた子供だまし」と酷評する方もおられるかもしれません。
しかし、ここでみなさん、ぜひともこの天知小五郎シリーズにおける「真犯人」の立場になって想像してみていただきたい。
自分が全生涯をかけて何年、何十年と計画を練り続け、満を持して実行に移した犯罪が、警察を見事に出し抜いてあともうちょっとで完成するというところで、なんだかいつもらしくない発言を思わせぶりに口にする見知った人間が現れる。そして、それが見てきたようにいちいち自分の犯行の核心をつく正確さ!
まるで人が違ったかのような挙動に、「こいつ、まさか……」と思った瞬間、その相手がカツラと顔をベリベリッとやぶって、しかも着ていたワンタッチ衣装を脱ぎ捨てる。そしてそこにはバッチリ決まりすぎのスーツを着込んだダンディすぎる明智小五郎の姿が!
こんな、意味のない変装に手をかけまくりの余裕ありまくりで自分の犯行計画を指摘してしまう男を相手にしてしまったとき、果たしてあなたの脳内に「抵抗」という2文字は残されているだろうか。もはやこれ以上どうあがこうが「蟷螂の斧」、あたかも DIOに出会ってしまったときのポルナレフのごとき無条件降伏状態になってしまうのではないでしょうか。
そうです、このかたよりすぎな天知小五郎の変装に対する命の賭け方は、真犯人の世間への恨みや破壊衝動、場合によっては生きていくためのエネルギーさえをも取りあげてしまう最大最強の必殺技につながっているわけなのです! これぞ、世界を終焉させるフィクション世界のヒーローならではの特権よ!
このあたりの超能力を、江戸川乱歩の明智小五郎はひたすら「知性と弁舌」という部分(あと、ちょいちょいハマる中国服とかサファリ服とかのヘンなファッションセンス)で表現しているわけなのですが、天知小五郎はそこを見事に「TV ドラマ向け」に変換させているというわけなのです。
あ、ヤッベ! 気がついたらこんなに長々とくっちゃべっちゃってた!
もうそろそろ、今回の『化粧台の美女』における最大の見どころとも言えるポイントを指摘しておしまいにいたしましょう。
それはもう、なんと言ってもここ!
『土曜ワイド劇場』名物の「犯人っぽい登場人物」を演じる中尾彬が怪しすぎる。
きたきた~! やっぱここなんですよ。
いや~、中尾、中尾、中尾! 怪しいにもほどがあるんですよ、このひと。
本作での中尾さんは、日本には生息していない強力な毒をもった「ドクログモ」というタランチュラ蜘蛛を飼育している研究家の横堀という中年男を演じているのですが、人の目を見てしゃべることの不得意そうな、毒ヘビや毒ムカデの世話に愛情を注ぐしじゅうサングラスをかけたその姿はカンペキに不審者です。しかも、自分が所長をしている研究所にいるときには基本的に肩にイグアナをとまらせているという徹底ぶり。
そういう人の周囲で、ドクログモを人にけしかけて殺人を犯す事件が連続してしまうのですから、中尾さんが警察にマークされないわけがありません。そんな状況下で物語中盤に中尾さんは失踪してしまい、「中尾=蜘蛛男」説がほぼ確定してしまうのですが、われらが天知小五郎はそこに疑問をいだき……というように話は進んでいきます。
当然ながら、この「毒虫研究家の横堀」というキャラクターは江戸川乱歩の小説にはまったく登場しないオリジナルな人物なのですが、こういった「犯人捜しをミスリードさせる怪しすぎる人物」というのは、いかにもサスペンスドラマに登場しそうな定番のキャラクターです。
そして、そんなばかばかしい役を喜々として演じきっている中尾彬という俳優の異常性ですよね!
「えぇ~、そ、そんな……わたしが人を殺すわけがないじゃないですか……心外だなぁ……」
いかにも小心者そうな小声でこうつぶやき、それでいてその目つきは常にギラギラと何かを凝視しているという中尾さんの気持ち悪さは、これまた天知茂さんとは違った方向性で「オンリーワン」な存在感をいかんなく発揮してくれています。
そうそう、中尾彬さんのキャリアの根幹はここ! 常識的な世間では生きていけないアウトサイダー、日陰者の不気味さと哀しみをあらわす繊細さにあるんですよ。中尾さんといえば、もうすっかり「ずけずけと正論を言い放っていく芸能界の重鎮」というバラエティ番組などでのイメージが定着してしまいましたが、根本的に中尾さんは、そことはだいぶ違った場所に身を置いていた俳優さんだったはずなのです。昭和に友達のいなさそうな変人・悪人役ばっかりを演じていた中尾彬こそが、彼のホームタウンであるはずなのだ! いっしょに仲良く TVに出ていたのだとしても、江守徹さんとは俳優としての「歩いてきた道」がまるで違っているお方なのです。
その点で言うと、やっぱり最近の映画『アウトレイジ ビヨンド』は、さすがたけし監督は俳優・中尾彬の真骨頂をちゃんとつかんでいるなぁ、と感心してしまうものがありました。そうそう、どっしりかまえた親分なんかじゃなくて、最期に見せたああいう小物っぷりこそが中尾さんなんですよね!
天知茂と中尾彬。両極端な「昭和のうさんくささ」がいちどに味わえる傑作『化粧台の美女』に大乾杯!!
いやぁ、気がつけばこの10月もおしまいですか……個人的には、ホンットにあっという間でしたわ! 忙しいのなんのって。
でもね、新しいお仕事のほうはまだまだ始まったばかり。見習い段階の真っ最中なのであります。ちゃっちゃとコツをつかんで、来月はもっと勤務時間を増やしていくぞ~いっと。戦いはまだ1回の表だ、ウルトラマン!!
さてさて、そんなこんなで最近は家に帰ってもすぐに明日の準備をして眠らなければならないとかなんとかで、なかなか好きな映像作品や音楽をたのしむ時間も少なくなってきてはいるのですが、それでも休みのときには観たり聴いたりしないままたまってきているなんやかやを消化するようにしています。
この頃はぶらぶら近所の本屋さんとか CDショップに行ってみるヒマもなくなってきているのですが、その代わりによく使っているのが、なんてったって「Amazon 」なのよねェ~。便利な世の中になったもんです……昔、私が大学生だったころには、店頭にあるかどうかもわからない VHSソフトを追いもとめて、毎日のように新宿の街へ出かけていっていたものです。もう気分はハンティング!
Amazon はいいですね……家にいながらにして、たいていの欲しい本だの CDだの DVDだのが注文できちゃう。いまさら2012年になって、なにを言っているんでしょうか、あたしゃ。
そんなこんなで、おサイフに余裕のあるときは、常に何かを注文して家に届くのを楽しみにしている状況がここ半年は続いているわたくしなのですが、その中でも目下のところ、「月に1本」というペースで必ず注文することにしているのが、なにを隠そう名優・天知茂が明智小五郎を演じきったテレビ朝日『土曜ワイド劇場』の「江戸川乱歩の美女シリーズ」の DVDなのであります。これはもう、「月に一度のお楽しみ」っていうペースがものすごくぴったりなおもしろさですし、すぐに手当たり次第に全作品を集めようなんて思っても、天知さんの特濃の色気と昭和テイストむんむんの作品世界で、ただただ胃がもたれるだけですからね!
この天知小五郎シリーズは現時点では再リリースの予定も立っていないようなので、タイトルによっては入手困難だったり高値がついていたりするものもあったりするので、今のところ、私は全作品25本をコンプリートするつもりはありません。でもなるべく、この世にまれなる昭和エンタテインメントシリーズの全容を味わいたいとは強く願っているんですよね~。こんなにおもしろいドラマはないですよ! 今はたぶん、本家の『土曜ワイド劇場』でも復活はムリそうだもん。それは、あの「稲垣小五郎シリーズ」(1998~2000年)を観ても明らかですよね。私はそれをもって「現在の映画・ドラマ界や俳優業界が過去よりも衰退してきている」と結論付ける気はないのですが、まぁ時代の生み出すスケールが違うということなんでしょうか。
ともあれ、こんな感じでつまみつまみ天知小五郎シリーズを購入している状況でして、そんな中で今回購入した作品が、これというわけ!
まずは、基本情報をどうぞ~。
ドラマ『江戸川乱歩の美女シリーズ 化粧台の美女』(1982年4月放送 テレビ朝日『土曜ワイド劇場』 92分)
おもなキャスティング
19代目・明智小五郎 …… 天知 茂(51歳 1985年没)
ヒロイン・一色令子 …… 萩尾 みどり(28歳)
毒物学者・黒柳博士 …… 山本 學(がく 45歳)
実業家・山際大造 …… 中村 竹弥(たけや 63歳 1990年没)
大造の長女・恵子 …… 早乙女 愛(23歳 2010年没)
大造の次女・洋子 …… 蜷川 有紀(21歳)
大造の愛人・マキ …… 志麻 いづみ(29歳)
令子の助手・ミナコ …… 松原 留美子(?歳)
毒虫研究家・横堀京介 …… 中尾 彬(39歳)
12代目・小林芳雄 …… 柏原 貴(?歳)
助手・文代 …… 五十嵐 めぐみ(27歳)
3代目・波越警部 …… 荒井 注(53歳 2000年没)
※天知茂による不定期スペシャルドラマシリーズ『江戸川乱歩の美女シリーズ』の第18作で、長編小説『蜘蛛男』(1929~30年連載)の3度目の映像化
※しかし、物語の大筋は原作『蜘蛛男』とはまったく違うものとなっており、後半には明智小五郎の登場しない(が、名前だけは出てくる)長編小説『大暗室』(1936~38年連載)の展開も組み込まれている
※天知小五郎シリーズを通して時代設定は「1970~80年代現在」にされており、明智小五郎は東京都心で2人の成人した助手(小林と文代)のいる探偵事務所を運営している。文代は原作の設定である明智小五郎の妻ではなく、名字も明らかにされていない
※ドラマ中では黒柳博士の名字は原作の「畔柳(くろやなぎ)」から変更されており、専門分野も「犯罪学」から「毒物研究」に変わっている
※山際洋子役の蜷川有紀は演出家・蜷川幸雄の姪にあたり2000年代まで女優として活動していたが、現在は画家として活躍している
※助手・文代役の五十嵐めぐみは1977~82年いっぱいまで19作連続で登板しており、土曜ワイド劇場の明智小五郎シリーズで文代を演じた6名の女優の中では最多の出演となる
※小林青年役の柏原貴は1978~82年いっぱいまで14作連続で登板しており、土曜ワイド劇場の明智小五郎シリーズで小林青年を演じた3名の俳優の中では最多の出演となる
※ミナコ役の松原留美子は1981年にモデルとしてブレイクしたニューハーフタレントのはしりで、作中でも「美女のように見えて、実は……」という展開が取り入れられている
はい~。もう、どうっしようもなく昭和の天知小五郎シリーズなんですよねぇ~! ストーリーやらキャスティングやら、なにもかもが!!
ちょっとね、前回にやった記念すべき第1回レビューがそのまま第1作の『氷柱の美女(吸血鬼)』だったので、できれば順番どおりに今回は第2作でいきたかったのですが、Amazon の中古価格がこっちのほうが安かったので、ぶっとびで第18作を先に買ってしまいました。背に腹は代えられねぇと!
第18作! 明智小五郎役の天知茂さん、ドラマシリーズが始まってからたった5年しかたっていないのにすでに18回も明智を演じておられたんですねぇ。最終的には急逝のまさしく直前までに25回演じることとなりました。最も忙しい年、1978年の登板数はなんと「5作」! もうこれ、連続ドラマなんじゃないの!?
天知さん以外のどなたかかが明智小五郎役を演じた作品の中でも、70~90分クラスのボリュームの作品を2ケタの回数でこなしたという俳優さんは1人もおられません。毎週放送するかたちの連続ドラマで明智役を演じたという俳優さんはいても1年をこえて演じ続けたという方もおらず、しかも天知さんは TVのドラマシリーズが始まるはるか以前の1968~69年にも、すでに舞台版の『黒蜥蜴』(共演・丸山明宏)で明智小五郎を演じているという素地がありました。まさに、「明智小五郎といえば?」という称号は天知茂の頭上に輝く以外に余地がないわけなのです。
それにしても、TV ドラマでも天知さんは『黒蜥蜴』事件に挑んではいましたが(黒蜥蜴役はこっちもこっちですごい小川真由美)、同じ30代同士という若さでの、1960年代後半の天知 VS 美輪さまヴァージョンの『黒蜥蜴』! 観てみたかったですね~。
そんな天知小五郎も18作目の登板となり、もはや円熟の安定感、マンネリをマンネリと感じさせない様式美をふんだんに盛り込んだ今回の『化粧台の美女』であるわけなのですが、第1作の『氷柱の美女』から、天知さんの容姿と演技がまったく変わっていないのには少なからず驚きました。確かに4~50代ということで老いが来るにはまだまだ早い天知さんではあるのですが、そのトレードマークともいえる「眉間の深すぎるシワ」や、いつでもどこでもばっちりきまったスーツ姿とヘンな柄のでっかいネクタイ……まさにこれは「人智を超えた犯罪に終止符を打つデウス・エクス・マキナ(物語を強制的に終わらせる能力を持った神)」たる明智小五郎の存在感を雄弁に物語るキャラクターパーツになっているかと思います。水戸黄門の印籠なみに文句の言えない説得力がありますね。
このあたりの「明智小五郎」像をとにかく強固に、まるで鉄の甲冑のようにかたくなに身にまとっていた天知茂という俳優の判断は非常に正しいものがあったと思います。
視聴率という数字のかたちで番組の「絶対的評価」が出てしまう TVドラマ業界の中で、しかも天知小五郎シリーズの場合は実に8年という長きにわたって『土曜ワイド劇場』、いやさ、おおもとのテレビ朝日や制作にかかわった映画会社・松竹にいたるまですべてをひっくるめてのドル箱的存在としての絶大的注目を常に浴び続けていたわけなのですから、その間、世間からの要望や自分自身からの「もうそろそろ、ちょっと変えてみたい。」という欲求もはねつけて変わらぬ明智小五郎を演じ続ける、という行為には強いストイシズムと確固たる信念が必要だったことでありましょう。そして、そういう「俳優・天知茂」の芯の強さがまた「江戸川乱歩の美女シリーズの明智小五郎」のゆるぎなさにフィードバックされるわけで、この循環があるからこそ、同じ役を長年にわたって演じていく名優のたたずまいというものは観ていて飽きが来ないんですよねェ~!!
そんな天知小五郎の不動のダンディズムが、驚くべきことにシリーズ化されるかどうかも定かでない第1作から完成されていたということは『氷柱の美女』のときにも触れたとおりだったのですが、その後、第2作からシリーズの名物キャラクターともいえる波越警部役の荒井注が参戦し、第6作からいよいよあのケレン味たっぷりのテーマソングがオープニングに入り、さらにいったんは「いないこと」になっていた明智の助手の小林青年がキャスティングをかえて復帰したりとさまざまなパーツがそろっていくこととなり、第18作『化粧台の美女』のころには、巨匠・井上梅次の采配ももはや迷いの見られない展開のズババン感が心地よい域に達していました。こまけぇこたぁいいんだと!!
また、見逃してはならないのは、この天知小五郎シリーズを放映していた『土曜ワイド劇場』の放送時間が1979年4月にそれまでの「1時間30分」から「2時間」に拡大されたことで、これによって天知小五郎シリーズも、それまで70分だった内容時間から(ただし、スペシャル回としてそれまでに90分サイズになっている作品もあるにはあった)、第8作以降は常時90分サイズにボリュームアップしたということですね。
たかだか「20分くらい」の差ではあるのですが、ここがなかなか無視できないところなんですよね! 体感時間として70分と90分のどちらが天知小五郎シリーズのめくるめくスピード感にあっているのかは人によって意見の分かれるところかとは思うのですが、私個人の実感としましては、前回の『氷柱の美女』が江戸川乱歩の原作小説『吸血鬼』のいいとこどりな内容にはなっていたものの、ちょっとお話をまとめるのに精一杯で明智以外のキャラクターに深みを持たせる余力がないままクライマックスに向かっていたような印象を受けていたので、それよりは時間に余裕のある90分のほうが楽しいんじゃなかろうか、と考えています。そして、そこらへんの「90分サイズのよさ」がいかんなく発揮されていたのが、今回の『化粧台の美女』だったのではなかろうかと!
さぁ、いよいよここから『化粧台の美女』本編についてのあれこれに入っていくのですが、まず大前提として、この作品はタイトルでこそ「江戸川乱歩の『蜘蛛男』」と銘打ってはいるものの、内容をちょっと観てみれば一目瞭然ですが、江戸川乱歩の原作小説『蜘蛛男』とは似ても似つかないストーリーラインとなっています。
原作と比較してみると、「蜘蛛男と名乗る連続猟奇殺人犯」「美人姉妹」「美人女優」「くろやなぎという名前の脚の不自由な学者」「物語に重要な関わり方をしていた人物が実は真犯人」というワードはぽろぽろ共通しているのですが、逆に言うとそこ以外は何から何まで別物といってさしつかえないでしょう。同じように江戸川乱歩の長編『大暗室』から拝借したかと思われる設定もあるのですが、かといって『大暗室』をベースにしているわけでもない、かなりの割合での「美女シリーズオリジナル」な事件になっているのです。この回の脚本を担当したのは、『水戸黄門』などを手がけ、この天知小五郎シリーズでも多くの作品を世に出していた TVドラマ界の大ベテラン・宮川一郎でした。
んで、具体的に原作『蜘蛛男』とこの『化粧台の美女』のどこがどう違うのかと言いますと、とにかくなにはなくとも言っておかなければならないのが、「真犯人の犯行動機をひっくるめたキャラクター造形」なんですよね。根っこの根っこがぜんぜん違うよ~!
難しいもので、ここの違いは小説『蜘蛛男』と江戸川乱歩というチームと、ドラマ『化粧台の美女』と「美女シリーズ」というチームとの本質的な「方向性の違い」をこれでもかというほどに明快に象徴しているものになっているので、是非ともどうにかして詳しくご説明申し上げたいのですが……それ言ったらネタバレになっちまうのよねェ~! もう放送から30年も経過してしまっている作品なのですが、ジャンルが犯人捜しのミステリーである以上は、ここだけはちゃんと「秘密」を守り通していきたい……けど、できるかナ~!?
失敗を恐れずにズバッと言ってしまいますと、『蜘蛛男』の世界はまさしく、「自分のタイプの美女を美しい姿のままの死体に仕立てあげることに全知力をそそぐ」という共感も同情もできない問答無用の「人間やめました。」な殺人犯が帝都東京を恐怖のズンドコに叩き込むという内容のスペクタクル巨編なのですが、いっぽうの『化粧台の美女』はといいますと、一見、無差別に美女が殺されていくという流れが似ているようには見えるものの、その裏には「それなりに共感できる犯行動機もあって同情できなくもない感情」を持った真犯人の生身の執念が通底しているという、読者・視聴者からすれば事件や真犯人に対する印象がまるで違ってくる部分で大きな違いがあるのです。
原作『蜘蛛男』のここまで「いっちゃってる」犯人像は、ある意味で「時代を超えた」犯罪という闇の恐ろしさを見通している部分があって、さすがは江戸川乱歩という迫力がある作品になっているわけなのですが、『化粧台の美女』はここらへんの原作の肝を気持ちいいくらいに放棄してしまっており、まったく逆に暗い過去を背負った人間味のある犯人を提示してしまっています。この時点で、天知小五郎シリーズは『蜘蛛男』の映像化を放棄してしまったとも言えるのではないでしょうか。
ただし、そこまでして「湿度のある事件」にしたかった『土曜ワイド劇場』の采配こそが、江戸川乱歩の世界の忠実な映像化よりも視聴者の「観たいもの」の提供を優先させていた姿勢を如実にあらわしていたのではないでしょうか。わかりやすいですね~。
余談ですが、江戸川乱歩の『蜘蛛男』は現在にいたるまでに、『化粧台の美女』も含めれば映画で1回、TV ドラマで3回映像化されています。私が不勉強のために他の3作品を観ていない状態なので確たることは言えないのですが、このサイコホラーのご先祖様ともいえる『蜘蛛男』の世界を、他の作品がどう映像化していたのかも、どうにかして見届けてみたいですね……特に、あの稀代の怪優・伊丹十三が蜘蛛男を演じたという、連続ドラマ『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』の第1話(1970年4月放送 テレビ東京)ね! これは観てみたいわぁ~。
以上のような犯人像の大幅な変更があったため、この『化粧台の美女』で真犯人(主犯)を演じた俳優さんは、「狂気」よりもむしろ「抑制の効いた理性」を行動にあらわすことに長けた人物がキャスティングされたのではないかと思わせるところがありましたね。最初に観たときには「若い!」とびっくりしてしまいましたが、天知茂さんとはまた違った知性があって、そこのぶつかり合いも非常に楽しかったです。
こういう作品を観るたびにしみじみ再確認してしまうのですが、こういった「荒唐無稽な作品」というものは、演じている俳優さんにそこらへんの矛盾点をおぎなって余りある魅力や迫真性があったら、どんなにおかしな展開になっても不平不満の言いようがなくなるんですよね……まさに、「無理が通れば道理が引っ込む」と言いますか、通常の現実世界では「無理!」になっているものでさえもが、俳優の実力いかんによっては、あるフィクション世界の「道理」になってしまうという気持ちのよさが、天知小五郎のいる「美女シリーズ」には常に満ち溢れているのです。
もちろん、今回の『化粧台の美女』こそが最たるものであるわけなのですが、この天知小五郎シリーズは江戸川乱歩の原作小説を忠実に映像化したとはとてもじゃないですが言えないものがあり、その大看板としての天知小五郎も、原作の明智小五郎がやったこともないような捜査方法を駆使して、原作の明智からはかけ離れた「色男っぷり」を発揮しているわけで、このあたりを指摘して「こんなの江戸川乱歩じゃない!!」という批判の対象になることがままあります。そして、それは確かに一理ある評価ではあるでしょう。
でも! 私はあえてこう言わせていただきたい。天知小五郎シリーズは見てくれこそ江戸川乱歩の小説世界とはまったくかけ離れてはいるものの、その本質たる「明智小五郎(=江戸川乱歩)という超人がいる。」という部分では間違いなく乱歩ワールドの遺伝子を忠実に継承していると!! 逆に言ってしまいますと、どんなに原作どおりの挙措動作を演じていたのだとしても、「異常な犯人の実現せしめようとした犯罪パノラマを強引に終結させる超能力」がないのならば、それは明智小五郎ではないニセモノなのです。
ここらへんの、天知小五郎シリーズにおける明智小五郎の「神性」を物語る最も顕著な例として私が挙げたいのは、なにはなくともあの、クライマックスで毎回毎回明智が見せる、ただただ真犯人をビックリさせるためだけに用意周到に仕掛けられた、「明智の完璧すぎる変装からのパリッとしすぎの純白スーツ姿への早着替え」です。
確かに人によっては、この現実的にまったくありえない(軽装の変装の下にあんなにしっかりしたスーツを着込んでいるのに、着替える直前までぜんぜん着ぶくれしてない!)演出をさして「アホか!」「まったく意味のない、見てくれだけを優先させた子供だまし」と酷評する方もおられるかもしれません。
しかし、ここでみなさん、ぜひともこの天知小五郎シリーズにおける「真犯人」の立場になって想像してみていただきたい。
自分が全生涯をかけて何年、何十年と計画を練り続け、満を持して実行に移した犯罪が、警察を見事に出し抜いてあともうちょっとで完成するというところで、なんだかいつもらしくない発言を思わせぶりに口にする見知った人間が現れる。そして、それが見てきたようにいちいち自分の犯行の核心をつく正確さ!
まるで人が違ったかのような挙動に、「こいつ、まさか……」と思った瞬間、その相手がカツラと顔をベリベリッとやぶって、しかも着ていたワンタッチ衣装を脱ぎ捨てる。そしてそこにはバッチリ決まりすぎのスーツを着込んだダンディすぎる明智小五郎の姿が!
こんな、意味のない変装に手をかけまくりの余裕ありまくりで自分の犯行計画を指摘してしまう男を相手にしてしまったとき、果たしてあなたの脳内に「抵抗」という2文字は残されているだろうか。もはやこれ以上どうあがこうが「蟷螂の斧」、あたかも DIOに出会ってしまったときのポルナレフのごとき無条件降伏状態になってしまうのではないでしょうか。
そうです、このかたよりすぎな天知小五郎の変装に対する命の賭け方は、真犯人の世間への恨みや破壊衝動、場合によっては生きていくためのエネルギーさえをも取りあげてしまう最大最強の必殺技につながっているわけなのです! これぞ、世界を終焉させるフィクション世界のヒーローならではの特権よ!
このあたりの超能力を、江戸川乱歩の明智小五郎はひたすら「知性と弁舌」という部分(あと、ちょいちょいハマる中国服とかサファリ服とかのヘンなファッションセンス)で表現しているわけなのですが、天知小五郎はそこを見事に「TV ドラマ向け」に変換させているというわけなのです。
あ、ヤッベ! 気がついたらこんなに長々とくっちゃべっちゃってた!
もうそろそろ、今回の『化粧台の美女』における最大の見どころとも言えるポイントを指摘しておしまいにいたしましょう。
それはもう、なんと言ってもここ!
『土曜ワイド劇場』名物の「犯人っぽい登場人物」を演じる中尾彬が怪しすぎる。
きたきた~! やっぱここなんですよ。
いや~、中尾、中尾、中尾! 怪しいにもほどがあるんですよ、このひと。
本作での中尾さんは、日本には生息していない強力な毒をもった「ドクログモ」というタランチュラ蜘蛛を飼育している研究家の横堀という中年男を演じているのですが、人の目を見てしゃべることの不得意そうな、毒ヘビや毒ムカデの世話に愛情を注ぐしじゅうサングラスをかけたその姿はカンペキに不審者です。しかも、自分が所長をしている研究所にいるときには基本的に肩にイグアナをとまらせているという徹底ぶり。
そういう人の周囲で、ドクログモを人にけしかけて殺人を犯す事件が連続してしまうのですから、中尾さんが警察にマークされないわけがありません。そんな状況下で物語中盤に中尾さんは失踪してしまい、「中尾=蜘蛛男」説がほぼ確定してしまうのですが、われらが天知小五郎はそこに疑問をいだき……というように話は進んでいきます。
当然ながら、この「毒虫研究家の横堀」というキャラクターは江戸川乱歩の小説にはまったく登場しないオリジナルな人物なのですが、こういった「犯人捜しをミスリードさせる怪しすぎる人物」というのは、いかにもサスペンスドラマに登場しそうな定番のキャラクターです。
そして、そんなばかばかしい役を喜々として演じきっている中尾彬という俳優の異常性ですよね!
「えぇ~、そ、そんな……わたしが人を殺すわけがないじゃないですか……心外だなぁ……」
いかにも小心者そうな小声でこうつぶやき、それでいてその目つきは常にギラギラと何かを凝視しているという中尾さんの気持ち悪さは、これまた天知茂さんとは違った方向性で「オンリーワン」な存在感をいかんなく発揮してくれています。
そうそう、中尾彬さんのキャリアの根幹はここ! 常識的な世間では生きていけないアウトサイダー、日陰者の不気味さと哀しみをあらわす繊細さにあるんですよ。中尾さんといえば、もうすっかり「ずけずけと正論を言い放っていく芸能界の重鎮」というバラエティ番組などでのイメージが定着してしまいましたが、根本的に中尾さんは、そことはだいぶ違った場所に身を置いていた俳優さんだったはずなのです。昭和に友達のいなさそうな変人・悪人役ばっかりを演じていた中尾彬こそが、彼のホームタウンであるはずなのだ! いっしょに仲良く TVに出ていたのだとしても、江守徹さんとは俳優としての「歩いてきた道」がまるで違っているお方なのです。
その点で言うと、やっぱり最近の映画『アウトレイジ ビヨンド』は、さすがたけし監督は俳優・中尾彬の真骨頂をちゃんとつかんでいるなぁ、と感心してしまうものがありました。そうそう、どっしりかまえた親分なんかじゃなくて、最期に見せたああいう小物っぷりこそが中尾さんなんですよね!
天知茂と中尾彬。両極端な「昭和のうさんくささ」がいちどに味わえる傑作『化粧台の美女』に大乾杯!!