ドラマ『貸しボート十三号』(2020年1月18日放送 NHK BS プレミアム『シリーズ・横溝正史短編集II 金田一耕助踊る!』 30分)
『貸しボート十三号(かしボートじゅうさんごう)』は、横溝正史の中編推理小説。「名探偵・金田一耕助」の登場するシリーズの一作。『別冊 週刊朝日』1957年8月号に短編小説として掲載された後、翌1958年9月に中編化され完成した。
なお、初映像化となる2020年のドラマ版では、市外通話が交換手による接続であるため、受信者に発信地域が判るという原作当時(1957年)の設定を排し、劇中で使用された公衆電話は1996年以降に設置されたデジタル電話式になっている。その他、「X大学ボート部の戸田寮にキャプテンとマネージャーが居住していない」、「最後の神門邸での謎解きの参加者が少なくなっている」、「原作に登場していた平出捜査主任警部補が省略され、新井刑事がその役割を担っている」などといった改変が見られる。
原作小説のあらすじ
昭和三十二(1957)年の夏、日曜日。隅田川の川口、浜離宮公園沖に流れ着いた貸しボートから、男女の惨死体が発見された。どちらも首がノコギリで途中まで挽き切られ、ちぎれかかっていた。女の方はレインコートの下に派手なスーツを着ており、スーツの上から心臓を刃物でえぐられていたが、死因はひもによる絞殺であった。男の方はパンツひとつの姿で、死因は心臓を刃物ひと突きによるものであったが、死後、ひもで首を絞められていた。等々力警部とともに現場に訪れた金田一耕助は、犯人の最初の計画では死体の身元を分からなくするために首を切断しようとしたが、そこに余儀ない事情が突発して首切り作業を中止せざるを得なくなったと、捜査陣に説く。
吾妻橋ぎわの貸しボート屋の店員の証言で、問題の貸しボート十三号を金曜日の晩に借りてそれきり返しに来なかった客は、金縁眼鏡をかけて、鼻下に美しいひげをはやした中年の紳士であることが判明した。すると翌々日、その中年紳士に容貌が似ている役所勤めの大木健造が出頭し、殺されたのは妻の藤子と、娘の家庭教師で X大学ボート部に所属している駿河譲治であることを申し出た。大木は否定するが、藤子と駿河の間には不倫の噂があったらしい。所轄署の平出警部補は大木を容疑者と疑うが、ボート屋の店員によると、ボートを借りた男はもう少し柄が大きかったように思う、とのことであった。
金田一は、X大学ボート部のボートハウスが殺人の現場の可能性が高いと考え、ボートハウスがある埼玉県戸田市に、等々力警部たちと向かう。ボートハウスを検分すると、最近誰かがコンクリートをきれいに洗い落としたらしく、泥の跡も残っていなかった。いよいよボートハウスが犯行現場らしく思え、金田一は仮にここが現場であるなら、吾妻橋から戸田までボートで漕ぎ上ってくるには、よほどボートに自信のある男に違いないと考え、ボート部員たちの話を聞きにいく。
初めは警察に対する警戒心と敵意から話そうとしなかった部員たちだったが、面談者に金田一が混ざっていると知ると、急に態度を改めた。部員たちは、金田一が神門産業の総帥・神門貫太郎から絶大な信頼を得ていることや、専務の川崎重人とも昵懇であることを、殺された駿河から聞いていた。駿河は専務の川崎の娘・美穂子の婚約者だったのだ。
主なキャスティング
33代目・金田一 耕助 …… 池松 壮亮(29歳)
21代目・等々力 大志警部 …… ヤン イクチュン(44歳)
新井刑事 …… 植村 宏司(?歳)
大木 健造 …… 岡部 尚(39歳)
大木 藤子 …… 増山 緑(33歳)
駿河 譲治 …… 朝間 優(20歳)
川崎 美穂子 …… 蒔田 彩珠(あじゅ 17歳)
八木 信作 …… 本田 慎(23歳)
矢沢 文雄 …… 奥村 皐暉(22歳)
片山 達吉 …… 小嶋 修二(20歳)
児玉 潤 …… 本田 響矢(20歳)
青木 俊六 …… 村越 亮太(21歳)
古川 稔 …… 石井 貴就(22歳)
岩下 トミ …… 千葉 雅子(57歳)
神門 貫太郎 …… 嶋田 久作(64歳)
ナレーション …… 石橋 静河(25歳)
演出 …… 宇野 丈良(?歳)
※短編版『貸しボート十三号』(1957年掲載)に登場している人物 …… 金田一耕助、等々力警部、平出捜査主任、吉沢警察医、関口五郎(貸しボート屋の店員)、井口健造(完成版での大木健造)、井口妙子(完成版での大木藤子)、駿河譲治、新井刑事、寮母(完成版での岩下トミ)母娘、松本キャプテン、川崎美禰子(完成版での川崎美穂子)
さぁさぁ、ついに始まりました、池松壮亮金田一によります『シリーズ・横溝正史短編集II』!! 推理小説界の巨人・横溝正史の残した、長編作同様に多種多彩な「金田一耕助もの短編小説」の中でも、2016年に製作された前シリーズでは、金田一ものでは比較的初期にあたる時期(1947~51年)に世に出た3作を映像化していたのですが、待望の第2シーズンとなる今回の第1作は、まさに横溝先生の短編発表ペースが最盛期に入っていた1957~58年に世に出た作品となります。
余談ですが、誤解のないように確認しておきますと、「初期」といいましてもこれはあくまで「金田一もの」の作品群の中での初期ということでありまして、戦前の大正時代から作家としてのキャリアをスタートさせていた横溝先生の経歴から見れば、すでに20年もの経験を積んでいる状態で金田一ものが始まるわけなのでありまして、作品としての質が幼いということは決してありません。最初っからベテランの筆なのね! この点こそが、金田一もののクオリティの高さを保証しているゆえんであり、同じ大横溝の筆だったのだとしても、1930~40年代に多く執筆されていた「名探偵・由利麟太郎シリーズ」とはだいぶ違う様相を呈していたのではないでしょうか。いや、由利麟太郎シリーズもおもしろいけれども!
ところで、「金田一耕助ものの短編小説」といえばどうしても無視できないのが、その名もズバリ『金田一耕助の冒険』と銘打たれた短編集です。これは『貸しボート十三号』とほぼ同じ1956~58年に発表された短編11本をまとめたものですね。大林宣彦監督による同名の迷作映画『金田一耕助の冒険』(1979年)は、まさにこの短編集の中の一作『瞳の中の女』(名探偵金田一耕助、唯一の未解決事件!!)の「まぼろしの解決編」をえがく内容……のはずなのですが、少なくとも敬虔な横溝正史ファンの方に勧められるようなまともな作品にはなっていません。ああいうノリ、当時は目新しかったんですかねぇ……? まぁ、昭和五十四年の風俗文化を知りたい人くらいじゃないでしょうか、見て損しない人は。
わたくしごとですが、レンタルビデオで借りてドキドキワクワクしながら初めて観た当時中学生のわたくしは、「あぁ、人生にはこういったブービートラップというものがあるのだなぁ。大人の世界は実にこわいなぁ。」という感慨を抱きながら、黒澤明の映画を3本くらい立て続けに見て目の毒の中和をはかりました。ほんと、『三国志演義』の周瑜公瑾みたいに憤死するかと思いましたよ、あたしゃ。
それにしても、内容のボリュームという点から見て致し方ないことなのでしょうが、金田一ものの短編小説は、長編に比べて映像化される機会が非常に少ないですね。たま~にされても、古谷一行金田一の『名推理シリーズ』のようにごく一部の設定やイメージをつまんだだけという取り上げられ方なので、どんなにベテランの脚本家さんが頑張ったのだとしても、「推理小説の鬼」とも評される大横溝が丹精込めて作り上げた精緻な長編小説の世界に比べてしまうと見劣りしてしまうというか、「あぁ、そろそろネタがつきてきたのかしら。」と観る者に一抹の哀しさを感じさせてしまうものがあったのでした。
あと、わたくし個人が推察しますに、金田一もの短編がなかなか映像化されない理由としてもうひとつ無視できないのは、作品のボリュームの軽重に関わらず、映像化されてウケるのがどうしても「田舎を舞台としたもの」である、という点なんじゃないでしょうか。そして、映像化されない金田一もの短編のほとんどが、当時の東京を舞台とした作品なのです。
これはもう、名作との呼び声高い市川崑版『悪魔の手毬唄』(1977年)を見てもわかる通り、ノスタルジック溢れる寂寥感をたたえる自然情景、時代の奔流に巻き込まれ衰亡してゆく名家を襲う悲劇といったお膳立てが非常に絵になるんでしょうねぇ。内容よりもまず先に、物語が始まって5分もしないのに映像だけで「あっ、これ金田一耕助が出てくるやつだ!」とわかってしまう専売特許感があるわけなんです。昔のいなかのじけん=金田一耕助!! いや、『いなか、の、じけん』は別の先生の作品ですけど。
たとえば市川崑バージョンの『女王蜂』(1978年)と、だいぶ後に作られた稲垣吾郎金田一シリーズの『女王蜂』(2006年)を見比べると一目瞭然なのですが、物語の中の事件が発生した昭和復興期の大東京をまともに映像化しようとすると、田舎で撮影する場合よりも予算と手間が莫大にかかるという事情があったのではないでしょうか。ディスカバー・ジャパンの勢いもあったのでしょうが、当時まだ全国各地で健在だった古い街並みや、時代の流れを感じさせない古都の風景をそのまま使って撮ればOK! という手軽さがあったのでしょう。
だからこそ、稲垣版『女王蜂』のように CG技術の発達した21世紀の今こそが、これまで映像化あとまわしの辛酸をなめてきた「都会もの金田一」にとって待ちに待った好機到来にはなるはずなんです。観たいですねぇ~、最新アップデートされた『三つ首塔』とか『吸血蛾』! ちょいワル金田一耕助!!
そうはいいましても、池松金田一の活躍するシリーズは決して「昭和の風俗文化の再現」にはこだわっていないのですが、「原作小説をほぼ原作通りに映像化」という点は、ことあるごとに強調していますよね。だとしたら、映像化されているとはいえ必ずしも「原作に忠実」とは言えなかった『人面瘡』や『幽霊座』あたりも、ぜひとも今後レパートリーに加えていただきたく!!
なんてったって池松さんはまだ若いですからねぇ。かのジェレミー=ブレット版『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズが夢見てついになしえなかった、「全作品映像化コンプリート」を目指していただきたいものです、ムッシュ~。
さてさて、金田一もの短編の話題は尽きませんが、そろそろいい加減にお話を今回の初映像化『貸しボート十三号』にもどしましょう。
横溝正史先生の短編小説といいますと、今回の『貸しボート十三号』がまさしくそうなのですが、最初に短編小説として雑誌掲載されたものが、のちに大幅に加筆修正されて決定版となるパターンが多いです。先ほどに名前が出た『金田一耕助の冒険』の11本の他にも、『~の中の女』というタイトルの短編小説は実はあと3本あったのですが、それらはのちに長編小説となって完成しています。ちなみにその中の1作こそが、かの因縁深い野心作『白と黒』なわけですが、昭和三十年代の団地を映像化するのも、今はやっぱり大変なんですかねぇ。逆に新しくていいと思うんだけどなぁ~。
現在、1957年発表当初の短編版『貸しボート十三号』は光文社文庫『金田一耕助の帰還』など、58年完成の中編版『貸しボート十三号』は春陽堂書店春陽文庫版『貸しボート十三号』などで読むことができます。最初は20~30ページほどの容量だった作品が、最終的には130ページあまりのボリュームにまで膨らんでいますね。
具体的に比較してみますと、事件の概要「生首半切り擬装心中事件」はそのまんま、物語の流れも真相のからくりもほぼ全く同じなのですが、死亡した駿河譲治が所属していた X大学ボート部まわりの登場人物が一気に増え、それにともなって事件の展開に巻き込まれてしまう新人物、ミステリアスな謎「二回かかってきた同じ内容の電話」、関係者のドラマティックな自殺未遂といった様々な新要素が盛り込まれています。
読み比べてみると、個性豊かな登場人物が押し合いへし合いする完成版のほうが面白いのは間違いないかと思うのですが、金田一耕助が最初から事件の真相を全て知っているかのようにさもつまんなそうに警察の捜査に随行し、ある遺留物を発見した時点で作者までもが「もうこれ以上は書かへんでもええよね。」といったノリでポイっと筆を放り投げてしまう短編版にも、なんとも言いようのない味わいがあります。
ともかくこの事件は「意味不明な損壊を受けた二つの死体」という謎が第一のアピールポイントなのでしょうが、短編集はあまりにもそれ一本槍になりすぎて、数学問題のような無味乾燥のきらいもありました。完成版はそれに加えて、「若々しい大学生たちの青春と挫折」といったサイドストーリーも加えて、「誰が犯人か」といった興味を深めさせているわけで、そのあたりは今回の初映像化でも存分に描かれていましたよね。
肝心のドラマとしての『貸しボート十三号』ですが、かなり高い割合で原作を忠実に映像化しつつ、30分というサイズにジャストフィットした非常に手堅い出来になっていたかと思います。まさに第2シーズンの「名刺代わり」といった感じの面白さでした。
感想として「すっごくおもしろかったよ!!」とはちょっと言いがたいのですが、「いい映像化だったなぁ。」という印象は持ちました。これは、小説の魅力が「謎」である以上、そこをあまりイジらずにそのまんま描こうとする池松金田一シリーズの主旨にぴったりだったというわけですね。これを『金田一耕助の名推理シリーズ』のごとく水増し&田舎の事件アレンジにした日にゃ~、おしめぇよ。
ただ、やっぱりそのまんまの映像化ではさすがに……という判断があったのか、今回は「金田一耕助のファッションセンスがかなりヘン」という味つけがありましたね。袖なし黒シャツの上にちょい袖まくりジャケットをはおり、ことあるごとに「Dole 」みたいな紙パック果汁ジュースを飲んでいる金田一耕助とは……でも、金田一耕助というか、「名探偵の異形性」を演出するという意味では良かったのではないでしょうか。まぁ、神門財閥にコネが無かったら証言を得るどころか気の立ってる学生に殴られかねない趣味の悪さでしたね。
さらに、池松さんが意図的に「天才性が鼻につく」金田一耕助を強調して演じているものですから、なんだか私はその淡々として人間世界ぜんたいを小馬鹿にしたような態度に、金田一耕助よりもむしろ、あの知る人ぞ知る伝説的探偵マンガ『 NERVOUS BREAKDOWN(なあばすぶれいくだうん)』(1988~97年連載 たがみよしひさ)に出てくる天才探偵・安堂一意の雰囲気を感じたような気がしてしまいました。ほら、冒頭で吐いてるし。
『 NERVOUS BREAKDOWN』はもう……1980年代生まれのわたくしといたしましては、語るもおそろしいトラウマといいますか、「怖いんだけどなぜか魅力的な不良のお兄ちゃん」といった感じの存在なのであります。
なんといいましても、この作品はかわいい二頭身キャラがワイワイ出てくるのに、殺人事件でバタバタ人は死ぬし、話の展開も真相も殺伐としてるし、男女が顔を合わせたらたいていすぐにああなっちゃうしで……二頭身キャラといえば『爆笑戦士!SDガンダム』に『ハイスクール!奇面組』でしょという価値観に安住していた幼き日の私の奥歯をガタガタ言わしむる恐怖の世界だったのです。「え、そんなにテンションの低い二頭身キャラ、いていいの……?」みたいな。もうあれは、「軽薄」なんてもんじゃ片付けられません。もはや『平家物語』や『太平記』、もしくは『プライベート・ライアン』のような、人間の命の重さが羽のごとくに軽い「無常」の世界観ですよ。
そうなんです。今回の『貸しボート十三号』は、いまだかつてなかなかドッキングすることの無かった、「横溝ワールド」と「テンションの低い人たち」という二要素を、もしかしたら初めてくっつけてしまったのかも知れない超異色作に仕上がっているのでした。それゆえ、決してナンバーワンにはなれないかもしれませんが、忘れがたいオンリーワンの光を放つ仕上がりになっているのは、間違いないでしょう。制作陣があえて作品のテンションを下げているのは、原作小説の中で最もハイテンションで個性的だったキャラクター「ギョギョギョの平出捜査主任」がまるごとカットされていたことを見ても明らかです。個人的には活躍して欲しかったんですが……吉沢警察医とコンビで。
驚きましたね……これまで映像化されてきた横溝ワールドといえば、血を見れば「ギャー!!」、首が飛べば「ビューン!!」、意味不明な死体を見れば「何だこれは!!」、ちょっとした証拠を見つけた日にゃあ「よし!! わかった!!!」のハイテンションロマン絵巻がほとんどでしたもんね。マンガで言えば楳図かずお先生の筆圧だったわけです。
そこにきて、たがみよしひさ先生風味なんだもんなぁ。そりゃあ異色ですわ。でも、これをもって、今まで「映像化するには地味すぎて……」と避けられがちだった原作小説の数々も、池松金田一シリーズならば大丈夫💛というサンクチュアリを見出せたかもしれませんね。
いや、本来ならばなんてったって「生首半切り擬装心中事件」なんですから、『貸しボート十三号』も口が裂けても地味とは言えない事件なわけなんですが、昨今の放送コードの事情もありますし、そのへんの具体的な描写は丁重に回避されていた経緯もあって、全体的にタンパクなテイストになっていたのでした。本来そうとう味の濃そうな財閥の総帥・神門貫太郎氏も、嶋田久作さんという得難い存在によって絶妙な浮遊感をもつ人物になっていました。
さすがといいますか、池松壮亮さんはそのあたりの製作意図を巧みに汲み取って、単なる鼻つまみな天才ではない、不可思議な魅力もあわせ持った「怪人・金田一耕助」をいとも簡単そうに演じ切っていたと思います。「金田一耕助=天使」というイメージが大大大嫌いな私としましては、実に嬉しいかぎりです。
タンパクといいますか、ドライな作風という点では、かの長谷川博己金田一や吉岡秀隆金田一の活躍する吉田照幸演出による BSプレミアム版シリーズの印象が強いわけですが、そこはそれ、横溝正史の長編作の映像化である以上、結末に必ず悲劇的な「重さ」が発生するのでそれほど軽くはなりません。
しかし、短編作となるとそうはいきませんからね。それこそ、今作における池松金田一のような「世に倦んだ天才」がスーッと横を通り過ぎるだけで事件が解決してしまうような、ドライな切れ味が発生するわけなんでしょう。なんか、嶋田久作さんが名探偵・明智小五郎を演じた実相寺昭雄監督の2作みたいなテイストですよね。
突然ヘンな例え話をしますが、夜空の宇宙にたいする人間の想像力のはばたきを考える時、それはハリウッドの派手なスペースオペラだけでは決して語りきれるものではありません。そこにはアンドレイ=タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』や『ストーカー』も加えなければならないし、『宇宙大戦争』だって『スター☆トゥインクルプリキュア』だって加えてなんの問題もないわけです。
同じように横溝ワールドという宇宙も、今回の『貸しボート十三号』のような淡々とした一面があったっていいじゃないか、ということなんだろうと思います。そういう点で、やっぱり池松金田一がさまざまな七変化を見せる『シリーズ・横溝正史短編集』というフィールドは、実に貴重な壮大な実験場なんですなぁ。いい時代になったもんだなぁ~!! 生きててよかった。
ちょっぴり、今回のようなドライな金田一耕助が1クールくらい毎週つまんなそうに出てくるドラマシリーズも観てみたい気もするのですが、それはさすがにキツイかなぁ~。昔、『私立探偵 濱マイク』(2002年放送)という、神をも恐れぬ実験ずくめのドラマがありましたが、いや~……そうとう好きな人じゃなきゃ全話見ないよね。
幸いというかなんちゅうか、どうやら次週の第2話『華やかな野獣』は、文字通りに金田一耕助が「踊る」ハイテンションの気配がいたします! 第1話からまたガラリと印象を変えるであろう、池松金田一のふり幅の大きな活躍に期待して、今週も頑張って働くことといたしましょう!! 期待してますよ~いっと。
『貸しボート十三号(かしボートじゅうさんごう)』は、横溝正史の中編推理小説。「名探偵・金田一耕助」の登場するシリーズの一作。『別冊 週刊朝日』1957年8月号に短編小説として掲載された後、翌1958年9月に中編化され完成した。
なお、初映像化となる2020年のドラマ版では、市外通話が交換手による接続であるため、受信者に発信地域が判るという原作当時(1957年)の設定を排し、劇中で使用された公衆電話は1996年以降に設置されたデジタル電話式になっている。その他、「X大学ボート部の戸田寮にキャプテンとマネージャーが居住していない」、「最後の神門邸での謎解きの参加者が少なくなっている」、「原作に登場していた平出捜査主任警部補が省略され、新井刑事がその役割を担っている」などといった改変が見られる。
原作小説のあらすじ
昭和三十二(1957)年の夏、日曜日。隅田川の川口、浜離宮公園沖に流れ着いた貸しボートから、男女の惨死体が発見された。どちらも首がノコギリで途中まで挽き切られ、ちぎれかかっていた。女の方はレインコートの下に派手なスーツを着ており、スーツの上から心臓を刃物でえぐられていたが、死因はひもによる絞殺であった。男の方はパンツひとつの姿で、死因は心臓を刃物ひと突きによるものであったが、死後、ひもで首を絞められていた。等々力警部とともに現場に訪れた金田一耕助は、犯人の最初の計画では死体の身元を分からなくするために首を切断しようとしたが、そこに余儀ない事情が突発して首切り作業を中止せざるを得なくなったと、捜査陣に説く。
吾妻橋ぎわの貸しボート屋の店員の証言で、問題の貸しボート十三号を金曜日の晩に借りてそれきり返しに来なかった客は、金縁眼鏡をかけて、鼻下に美しいひげをはやした中年の紳士であることが判明した。すると翌々日、その中年紳士に容貌が似ている役所勤めの大木健造が出頭し、殺されたのは妻の藤子と、娘の家庭教師で X大学ボート部に所属している駿河譲治であることを申し出た。大木は否定するが、藤子と駿河の間には不倫の噂があったらしい。所轄署の平出警部補は大木を容疑者と疑うが、ボート屋の店員によると、ボートを借りた男はもう少し柄が大きかったように思う、とのことであった。
金田一は、X大学ボート部のボートハウスが殺人の現場の可能性が高いと考え、ボートハウスがある埼玉県戸田市に、等々力警部たちと向かう。ボートハウスを検分すると、最近誰かがコンクリートをきれいに洗い落としたらしく、泥の跡も残っていなかった。いよいよボートハウスが犯行現場らしく思え、金田一は仮にここが現場であるなら、吾妻橋から戸田までボートで漕ぎ上ってくるには、よほどボートに自信のある男に違いないと考え、ボート部員たちの話を聞きにいく。
初めは警察に対する警戒心と敵意から話そうとしなかった部員たちだったが、面談者に金田一が混ざっていると知ると、急に態度を改めた。部員たちは、金田一が神門産業の総帥・神門貫太郎から絶大な信頼を得ていることや、専務の川崎重人とも昵懇であることを、殺された駿河から聞いていた。駿河は専務の川崎の娘・美穂子の婚約者だったのだ。
主なキャスティング
33代目・金田一 耕助 …… 池松 壮亮(29歳)
21代目・等々力 大志警部 …… ヤン イクチュン(44歳)
新井刑事 …… 植村 宏司(?歳)
大木 健造 …… 岡部 尚(39歳)
大木 藤子 …… 増山 緑(33歳)
駿河 譲治 …… 朝間 優(20歳)
川崎 美穂子 …… 蒔田 彩珠(あじゅ 17歳)
八木 信作 …… 本田 慎(23歳)
矢沢 文雄 …… 奥村 皐暉(22歳)
片山 達吉 …… 小嶋 修二(20歳)
児玉 潤 …… 本田 響矢(20歳)
青木 俊六 …… 村越 亮太(21歳)
古川 稔 …… 石井 貴就(22歳)
岩下 トミ …… 千葉 雅子(57歳)
神門 貫太郎 …… 嶋田 久作(64歳)
ナレーション …… 石橋 静河(25歳)
演出 …… 宇野 丈良(?歳)
※短編版『貸しボート十三号』(1957年掲載)に登場している人物 …… 金田一耕助、等々力警部、平出捜査主任、吉沢警察医、関口五郎(貸しボート屋の店員)、井口健造(完成版での大木健造)、井口妙子(完成版での大木藤子)、駿河譲治、新井刑事、寮母(完成版での岩下トミ)母娘、松本キャプテン、川崎美禰子(完成版での川崎美穂子)
さぁさぁ、ついに始まりました、池松壮亮金田一によります『シリーズ・横溝正史短編集II』!! 推理小説界の巨人・横溝正史の残した、長編作同様に多種多彩な「金田一耕助もの短編小説」の中でも、2016年に製作された前シリーズでは、金田一ものでは比較的初期にあたる時期(1947~51年)に世に出た3作を映像化していたのですが、待望の第2シーズンとなる今回の第1作は、まさに横溝先生の短編発表ペースが最盛期に入っていた1957~58年に世に出た作品となります。
余談ですが、誤解のないように確認しておきますと、「初期」といいましてもこれはあくまで「金田一もの」の作品群の中での初期ということでありまして、戦前の大正時代から作家としてのキャリアをスタートさせていた横溝先生の経歴から見れば、すでに20年もの経験を積んでいる状態で金田一ものが始まるわけなのでありまして、作品としての質が幼いということは決してありません。最初っからベテランの筆なのね! この点こそが、金田一もののクオリティの高さを保証しているゆえんであり、同じ大横溝の筆だったのだとしても、1930~40年代に多く執筆されていた「名探偵・由利麟太郎シリーズ」とはだいぶ違う様相を呈していたのではないでしょうか。いや、由利麟太郎シリーズもおもしろいけれども!
ところで、「金田一耕助ものの短編小説」といえばどうしても無視できないのが、その名もズバリ『金田一耕助の冒険』と銘打たれた短編集です。これは『貸しボート十三号』とほぼ同じ1956~58年に発表された短編11本をまとめたものですね。大林宣彦監督による同名の迷作映画『金田一耕助の冒険』(1979年)は、まさにこの短編集の中の一作『瞳の中の女』(名探偵金田一耕助、唯一の未解決事件!!)の「まぼろしの解決編」をえがく内容……のはずなのですが、少なくとも敬虔な横溝正史ファンの方に勧められるようなまともな作品にはなっていません。ああいうノリ、当時は目新しかったんですかねぇ……? まぁ、昭和五十四年の風俗文化を知りたい人くらいじゃないでしょうか、見て損しない人は。
わたくしごとですが、レンタルビデオで借りてドキドキワクワクしながら初めて観た当時中学生のわたくしは、「あぁ、人生にはこういったブービートラップというものがあるのだなぁ。大人の世界は実にこわいなぁ。」という感慨を抱きながら、黒澤明の映画を3本くらい立て続けに見て目の毒の中和をはかりました。ほんと、『三国志演義』の周瑜公瑾みたいに憤死するかと思いましたよ、あたしゃ。
それにしても、内容のボリュームという点から見て致し方ないことなのでしょうが、金田一ものの短編小説は、長編に比べて映像化される機会が非常に少ないですね。たま~にされても、古谷一行金田一の『名推理シリーズ』のようにごく一部の設定やイメージをつまんだだけという取り上げられ方なので、どんなにベテランの脚本家さんが頑張ったのだとしても、「推理小説の鬼」とも評される大横溝が丹精込めて作り上げた精緻な長編小説の世界に比べてしまうと見劣りしてしまうというか、「あぁ、そろそろネタがつきてきたのかしら。」と観る者に一抹の哀しさを感じさせてしまうものがあったのでした。
あと、わたくし個人が推察しますに、金田一もの短編がなかなか映像化されない理由としてもうひとつ無視できないのは、作品のボリュームの軽重に関わらず、映像化されてウケるのがどうしても「田舎を舞台としたもの」である、という点なんじゃないでしょうか。そして、映像化されない金田一もの短編のほとんどが、当時の東京を舞台とした作品なのです。
これはもう、名作との呼び声高い市川崑版『悪魔の手毬唄』(1977年)を見てもわかる通り、ノスタルジック溢れる寂寥感をたたえる自然情景、時代の奔流に巻き込まれ衰亡してゆく名家を襲う悲劇といったお膳立てが非常に絵になるんでしょうねぇ。内容よりもまず先に、物語が始まって5分もしないのに映像だけで「あっ、これ金田一耕助が出てくるやつだ!」とわかってしまう専売特許感があるわけなんです。昔のいなかのじけん=金田一耕助!! いや、『いなか、の、じけん』は別の先生の作品ですけど。
たとえば市川崑バージョンの『女王蜂』(1978年)と、だいぶ後に作られた稲垣吾郎金田一シリーズの『女王蜂』(2006年)を見比べると一目瞭然なのですが、物語の中の事件が発生した昭和復興期の大東京をまともに映像化しようとすると、田舎で撮影する場合よりも予算と手間が莫大にかかるという事情があったのではないでしょうか。ディスカバー・ジャパンの勢いもあったのでしょうが、当時まだ全国各地で健在だった古い街並みや、時代の流れを感じさせない古都の風景をそのまま使って撮ればOK! という手軽さがあったのでしょう。
だからこそ、稲垣版『女王蜂』のように CG技術の発達した21世紀の今こそが、これまで映像化あとまわしの辛酸をなめてきた「都会もの金田一」にとって待ちに待った好機到来にはなるはずなんです。観たいですねぇ~、最新アップデートされた『三つ首塔』とか『吸血蛾』! ちょいワル金田一耕助!!
そうはいいましても、池松金田一の活躍するシリーズは決して「昭和の風俗文化の再現」にはこだわっていないのですが、「原作小説をほぼ原作通りに映像化」という点は、ことあるごとに強調していますよね。だとしたら、映像化されているとはいえ必ずしも「原作に忠実」とは言えなかった『人面瘡』や『幽霊座』あたりも、ぜひとも今後レパートリーに加えていただきたく!!
なんてったって池松さんはまだ若いですからねぇ。かのジェレミー=ブレット版『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズが夢見てついになしえなかった、「全作品映像化コンプリート」を目指していただきたいものです、ムッシュ~。
さてさて、金田一もの短編の話題は尽きませんが、そろそろいい加減にお話を今回の初映像化『貸しボート十三号』にもどしましょう。
横溝正史先生の短編小説といいますと、今回の『貸しボート十三号』がまさしくそうなのですが、最初に短編小説として雑誌掲載されたものが、のちに大幅に加筆修正されて決定版となるパターンが多いです。先ほどに名前が出た『金田一耕助の冒険』の11本の他にも、『~の中の女』というタイトルの短編小説は実はあと3本あったのですが、それらはのちに長編小説となって完成しています。ちなみにその中の1作こそが、かの因縁深い野心作『白と黒』なわけですが、昭和三十年代の団地を映像化するのも、今はやっぱり大変なんですかねぇ。逆に新しくていいと思うんだけどなぁ~。
現在、1957年発表当初の短編版『貸しボート十三号』は光文社文庫『金田一耕助の帰還』など、58年完成の中編版『貸しボート十三号』は春陽堂書店春陽文庫版『貸しボート十三号』などで読むことができます。最初は20~30ページほどの容量だった作品が、最終的には130ページあまりのボリュームにまで膨らんでいますね。
具体的に比較してみますと、事件の概要「生首半切り擬装心中事件」はそのまんま、物語の流れも真相のからくりもほぼ全く同じなのですが、死亡した駿河譲治が所属していた X大学ボート部まわりの登場人物が一気に増え、それにともなって事件の展開に巻き込まれてしまう新人物、ミステリアスな謎「二回かかってきた同じ内容の電話」、関係者のドラマティックな自殺未遂といった様々な新要素が盛り込まれています。
読み比べてみると、個性豊かな登場人物が押し合いへし合いする完成版のほうが面白いのは間違いないかと思うのですが、金田一耕助が最初から事件の真相を全て知っているかのようにさもつまんなそうに警察の捜査に随行し、ある遺留物を発見した時点で作者までもが「もうこれ以上は書かへんでもええよね。」といったノリでポイっと筆を放り投げてしまう短編版にも、なんとも言いようのない味わいがあります。
ともかくこの事件は「意味不明な損壊を受けた二つの死体」という謎が第一のアピールポイントなのでしょうが、短編集はあまりにもそれ一本槍になりすぎて、数学問題のような無味乾燥のきらいもありました。完成版はそれに加えて、「若々しい大学生たちの青春と挫折」といったサイドストーリーも加えて、「誰が犯人か」といった興味を深めさせているわけで、そのあたりは今回の初映像化でも存分に描かれていましたよね。
肝心のドラマとしての『貸しボート十三号』ですが、かなり高い割合で原作を忠実に映像化しつつ、30分というサイズにジャストフィットした非常に手堅い出来になっていたかと思います。まさに第2シーズンの「名刺代わり」といった感じの面白さでした。
感想として「すっごくおもしろかったよ!!」とはちょっと言いがたいのですが、「いい映像化だったなぁ。」という印象は持ちました。これは、小説の魅力が「謎」である以上、そこをあまりイジらずにそのまんま描こうとする池松金田一シリーズの主旨にぴったりだったというわけですね。これを『金田一耕助の名推理シリーズ』のごとく水増し&田舎の事件アレンジにした日にゃ~、おしめぇよ。
ただ、やっぱりそのまんまの映像化ではさすがに……という判断があったのか、今回は「金田一耕助のファッションセンスがかなりヘン」という味つけがありましたね。袖なし黒シャツの上にちょい袖まくりジャケットをはおり、ことあるごとに「Dole 」みたいな紙パック果汁ジュースを飲んでいる金田一耕助とは……でも、金田一耕助というか、「名探偵の異形性」を演出するという意味では良かったのではないでしょうか。まぁ、神門財閥にコネが無かったら証言を得るどころか気の立ってる学生に殴られかねない趣味の悪さでしたね。
さらに、池松さんが意図的に「天才性が鼻につく」金田一耕助を強調して演じているものですから、なんだか私はその淡々として人間世界ぜんたいを小馬鹿にしたような態度に、金田一耕助よりもむしろ、あの知る人ぞ知る伝説的探偵マンガ『 NERVOUS BREAKDOWN(なあばすぶれいくだうん)』(1988~97年連載 たがみよしひさ)に出てくる天才探偵・安堂一意の雰囲気を感じたような気がしてしまいました。ほら、冒頭で吐いてるし。
『 NERVOUS BREAKDOWN』はもう……1980年代生まれのわたくしといたしましては、語るもおそろしいトラウマといいますか、「怖いんだけどなぜか魅力的な不良のお兄ちゃん」といった感じの存在なのであります。
なんといいましても、この作品はかわいい二頭身キャラがワイワイ出てくるのに、殺人事件でバタバタ人は死ぬし、話の展開も真相も殺伐としてるし、男女が顔を合わせたらたいていすぐにああなっちゃうしで……二頭身キャラといえば『爆笑戦士!SDガンダム』に『ハイスクール!奇面組』でしょという価値観に安住していた幼き日の私の奥歯をガタガタ言わしむる恐怖の世界だったのです。「え、そんなにテンションの低い二頭身キャラ、いていいの……?」みたいな。もうあれは、「軽薄」なんてもんじゃ片付けられません。もはや『平家物語』や『太平記』、もしくは『プライベート・ライアン』のような、人間の命の重さが羽のごとくに軽い「無常」の世界観ですよ。
そうなんです。今回の『貸しボート十三号』は、いまだかつてなかなかドッキングすることの無かった、「横溝ワールド」と「テンションの低い人たち」という二要素を、もしかしたら初めてくっつけてしまったのかも知れない超異色作に仕上がっているのでした。それゆえ、決してナンバーワンにはなれないかもしれませんが、忘れがたいオンリーワンの光を放つ仕上がりになっているのは、間違いないでしょう。制作陣があえて作品のテンションを下げているのは、原作小説の中で最もハイテンションで個性的だったキャラクター「ギョギョギョの平出捜査主任」がまるごとカットされていたことを見ても明らかです。個人的には活躍して欲しかったんですが……吉沢警察医とコンビで。
驚きましたね……これまで映像化されてきた横溝ワールドといえば、血を見れば「ギャー!!」、首が飛べば「ビューン!!」、意味不明な死体を見れば「何だこれは!!」、ちょっとした証拠を見つけた日にゃあ「よし!! わかった!!!」のハイテンションロマン絵巻がほとんどでしたもんね。マンガで言えば楳図かずお先生の筆圧だったわけです。
そこにきて、たがみよしひさ先生風味なんだもんなぁ。そりゃあ異色ですわ。でも、これをもって、今まで「映像化するには地味すぎて……」と避けられがちだった原作小説の数々も、池松金田一シリーズならば大丈夫💛というサンクチュアリを見出せたかもしれませんね。
いや、本来ならばなんてったって「生首半切り擬装心中事件」なんですから、『貸しボート十三号』も口が裂けても地味とは言えない事件なわけなんですが、昨今の放送コードの事情もありますし、そのへんの具体的な描写は丁重に回避されていた経緯もあって、全体的にタンパクなテイストになっていたのでした。本来そうとう味の濃そうな財閥の総帥・神門貫太郎氏も、嶋田久作さんという得難い存在によって絶妙な浮遊感をもつ人物になっていました。
さすがといいますか、池松壮亮さんはそのあたりの製作意図を巧みに汲み取って、単なる鼻つまみな天才ではない、不可思議な魅力もあわせ持った「怪人・金田一耕助」をいとも簡単そうに演じ切っていたと思います。「金田一耕助=天使」というイメージが大大大嫌いな私としましては、実に嬉しいかぎりです。
タンパクといいますか、ドライな作風という点では、かの長谷川博己金田一や吉岡秀隆金田一の活躍する吉田照幸演出による BSプレミアム版シリーズの印象が強いわけですが、そこはそれ、横溝正史の長編作の映像化である以上、結末に必ず悲劇的な「重さ」が発生するのでそれほど軽くはなりません。
しかし、短編作となるとそうはいきませんからね。それこそ、今作における池松金田一のような「世に倦んだ天才」がスーッと横を通り過ぎるだけで事件が解決してしまうような、ドライな切れ味が発生するわけなんでしょう。なんか、嶋田久作さんが名探偵・明智小五郎を演じた実相寺昭雄監督の2作みたいなテイストですよね。
突然ヘンな例え話をしますが、夜空の宇宙にたいする人間の想像力のはばたきを考える時、それはハリウッドの派手なスペースオペラだけでは決して語りきれるものではありません。そこにはアンドレイ=タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』や『ストーカー』も加えなければならないし、『宇宙大戦争』だって『スター☆トゥインクルプリキュア』だって加えてなんの問題もないわけです。
同じように横溝ワールドという宇宙も、今回の『貸しボート十三号』のような淡々とした一面があったっていいじゃないか、ということなんだろうと思います。そういう点で、やっぱり池松金田一がさまざまな七変化を見せる『シリーズ・横溝正史短編集』というフィールドは、実に貴重な壮大な実験場なんですなぁ。いい時代になったもんだなぁ~!! 生きててよかった。
ちょっぴり、今回のようなドライな金田一耕助が1クールくらい毎週つまんなそうに出てくるドラマシリーズも観てみたい気もするのですが、それはさすがにキツイかなぁ~。昔、『私立探偵 濱マイク』(2002年放送)という、神をも恐れぬ実験ずくめのドラマがありましたが、いや~……そうとう好きな人じゃなきゃ全話見ないよね。
幸いというかなんちゅうか、どうやら次週の第2話『華やかな野獣』は、文字通りに金田一耕助が「踊る」ハイテンションの気配がいたします! 第1話からまたガラリと印象を変えるであろう、池松金田一のふり幅の大きな活躍に期待して、今週も頑張って働くことといたしましょう!! 期待してますよ~いっと。