長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

世界よ、これがハリウッドの風呂敷たたみだ ~映画『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』~

2024年10月28日 09時35分08秒 | ふつうじゃない映画
 え~みなさまどうもこんにちは! そうだいでございまする。
 いやぁ、なんだかんだ言っても、いよいよ秋めいてまいりましたね。今度の週末に私、福島県の土湯温泉に泊まりに行く予定があるんですが、紅葉はどうかなぁ。今月の頭に山梨まで車で往復した身としては、隣県の福島行きなんか気楽なもんにも思えちゃうんですが、なんにしろ遠出にはなるので、くれぐれも安全運転に心がけたいものです。よその県の温泉は、やっぱりワクワクするなぁ! 山形県内の温泉地ももうちょっとでコンプリートよ。待っててくれ、瀬見温泉!!

 ほんでもって今回は、秋にドバドバッとつるべ打ちになった「個人的に見たい映画・ドラマ」の中でも特に気になっていた、この作品でございます。ついに日本にも上陸しましたね!


映画『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』(2024年10月公開 138分 ワーナー・ブラザース)
 『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』(原題:Joker: Folie à Deux)は、アメリカのスリラー映画。DCコミックスの『バットマン』シリーズに登場するスーパーヴィラン・ジョーカーを描いた2019年の映画『ジョーカー』の続編。前作に続いてトッド=フィリップスが監督し、ホアキン=フェニックスが主演するほか、ハーレイ・クイン役でレディー・ガガが出演する。
 タイトルの「Folie à Deux(フォリ・ア・ドゥ)」はフランス語で「二人狂い」という意味で、一人の妄想がもう一人に感染し、複数人で同じ妄想を共有する精神障害のことを指す。
 製作費2億ドル。アメリカ本国では R指定、日本では R15指定だった前作と異なり PG12指定での公開となる。

あらすじ
 前作『ジョーカー』で発生した連続殺人事件の2年後。
 アーカム・アサイラムで解離性同一性障害と診断されたアーサー=フレックは、音楽セラピーで出会ったリーと名乗る女性と打ち解ける。ハーヴェイ=デント検事補によるアーサーの責任能力を問う裁判が始まる中、リーはアーサーの子を妊娠したと告白する。


おもなキャスティング
アーサー=フレック …… ホアキン=フェニックス(50歳)
 かつてスタンダップコメディアンを目指していた元大道芸人であり、2年前に連続殺人を犯した男。脳の障害のため、自分の意思に関係なく突然笑いだしてしまう病気を患っている。

ハーレイ(リー)=クインゼル …… レディー・ガガ(38歳)
 アーカム・アサイラムの音楽セラピーに参加していた女性。アーサーと出逢い恋愛関係となる。

ジャッキー=サリヴァン …… ブレンダン=グリーソン(69歳)
 アーカム・アサイラムの看守。囚人たちを虐待し、アーサーを玩具にして散々な目に遭わせる。

メアリーアン=スチュワート …… キャサリン=キーナー(65歳)
 アーサーの弁護士。死刑回避のために2年前の連続殺人事件をアーサーの精神病の悪化による二重人格から起こったとして弁護し、責任能力の有無をめぐってデント検事補と争う。

ハーヴェイ=デント …… ハリー=ローティ(28歳)
 アーサーを起訴するゴッサムシティの新任地方検事補。アーサーを死刑にしようと精神面の問題を争点に責任能力の有無でスチュワート弁護士と対立する。

パディ=マイヤーズ …… スティーヴ=クーガン(59歳)
 獄中のアーサーにインタビューする人気テレビタレント。

ヴィクター=ルー博士 …… ケン=レオン(54歳)
 デント検事補が裁判に召喚した、アーサーの精神鑑定医。

リッキー=メリーネ  …… ジェイコブ=ロフランド(28歳)
 アーカム・アサイラムの若い囚人。アーサーに心酔している。

ハーマン=ロスワックス …… ビル=スミトロヴィッチ(77歳)
 アーサーの裁判の裁判長。

ゲイリー=パドルズ …… リー=ギル(?歳)
 2年前にアーサーの元同僚だった大道芸人。

ソフィー=デュモン …… ザジー=ビーツ(33歳)
 2年前にアーサーが恋愛関係にあると妄想していた、シングルマザーの元隣人。

デブラ=ケイン …… シャロン=ワシントン(?歳)
 2年前にアーサーを担当していた民生委員。

若い囚人 …… コナー=ストーリー(?歳)


おもなスタッフ
監督 …… トッド=フィリップス(53歳)
脚本 …… スコット=シルヴァー(?歳)、トッド=フィリップス
製作 …… トッド=フィリップス、ブラッドリー=クーパー(49歳)
音楽 …… ヒドゥル=グドナドッティル(42歳)
撮影 …… ローレンス=シャー(54歳)
制作・配給 …… ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ


 あ~、もう5年前のことになるんですかぁ。あの、R指定でありながら日本でも異様な熱狂を持って受け入れられた前作『ジョーカー』の、ほぼ同じスタッフ&キャスト陣による正統どストレートな続編であります。

 ええ、当然観に行きましたよ、私もおおそれながら DCコミックスファンだし、ジョーカーファンだし、ハーレイ・クインファン(ただし全身タイツ時代)でもありますからね。これは劇場に行かないわけにはいかないでしょ!

 前評判が決定的に悪い映画を観に行くっていうのは、つらいもんですね……まぁ、ファンだからかまやしないんだけどさ。

 私が観たのは、本作が日本公開されてから3回目の週末で、アメリカ本国での公開から見ると4回目の週末にあたるタイミングだったのですが、ネット上ではアメリカ公開の時点でかなり批判的な意見が多く、興行的にもかなり期待はずれな勢いになっているとのことです。
 実際、私が夕べ山形の映画館で観た時も、夜8~9時からの最終上映回だったことをさっぴいても10人いるかいないかのお客さんだったので、内容うんぬん以前の問題で「失敗」と言わざるを得ない結果を築きつつあるようですね……でも、お客さんの中にかなり硬派な、「どんな映画でもいいよ、俺たち愛し合ってるから!!」な雰囲気の、歩くたんびに全身がガッチャガチャ鳴るようなレザージャケット&チェーンまみれカップルがいたのには、なんだかほっこりしてしまいました。その心意気や、よし。

 ままま、そんな前評判はどうでもいいんですよ。要は観た私がどう感じたかなんだもんね! それで実際に観てみたわけなんですが、その感想はと言いますと、


こんなにきれいに前作の風呂敷たたみに終始した続編があっただろうか……もはや新作ですらない!?


 という感じでございました。いや、地続きもなにも、雰囲気から何からぜ~んぶ前作そのまんま!

 映画の長い歴史の中で、大ヒットした前作を強く意識して、「前でやらなかった新たな方向性で対抗しよう!」と舵を切った作品というものは、それこそ山のようにあります。『エクソシスト2』(1977年)しかり『エイリアン2』(1986年)しかり『ターミネーター2』(1991年)しかり……時系列的に遡って主人公役の俳優を代える手法を採った『ゴッドファーザー PARTⅡ』(1974年)もそうですし、ティラノサウルスをアメリカ本土の街中で大暴れさせた『ロストワールド ジュラシック・パーク』(1997年)もそう。そして、3代目ジョーカーことヒース=レジャーを唐突にぶっこんで来た漢クリストファー=ノーラン監督の『ダークナイト』(2008年)も、大成功した続編映画の枠に入れて良いのではないでしょうか。ちなみに、私がいちばん好きな続編映画は、『時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!』(1993年)です! うをを、ナタキンさま~!!

 そういった鼻息の荒い面々と比較しますと、今回の『 For リア充』……じゃなくて『フォリ・ア・ドゥ』が、いかに異質な映画であるかがよくわかるのではないでしょうか。
 こ、この作品、オレがオレがと前に出るがっつき感がまるでない! ていうか、劇中の盛り上がりシーンがことごとく、前作の名場面の流用じゃないか!! 新規撮影されたシーンはぜ~んぶ地味! ド派手なはずのミュージカルシーンも、ぜんぶ地味!!

 信じられない……いやホント、この映画、前作の制作費(約5500万ドル)の3~4倍のお金をかけて撮られてるんですよね? え……どこ? どこにそんなにお金がかかってんの!?

 これ、たぶんあれなんじゃない? 自分のことを全然描いてくれない前作を観てイラっときた本物のジョーカーがハリウッドに乗り込んできて、フィリップス監督をパンツいっちょにしてロッカーに押し込んだ挙句にメガホンを執って作った映画なんじゃない? 絶対にそうだよ! それで制作費の大半を持ち逃げしちゃってんだよ!!
 なんか、そういう筋のお話、ハーレイ・クイン(全身タイツ時代)とポイズン・アイヴィーが主人公のスピンオフコミックにありましたよね。あの時はバットマンが駆けつけて2人をとっちめてくれていましたが、今回は来てくれなかったか……『ザ・バットマン』の続編の撮影で忙しいのかな?

 地味だ……ほんと地味なんです、この映画。
 だいたい、ミュージカルシーンが収監中のアーサーの脳内妄想であることは明らかですし、物語の後半の舞台が法廷なんですから、地味なのはシナリオの時点でわかっていたはずなんですが、それを全く変えずにドドンッとまんま映像化してしまったその信じられないまでのクソ度胸は、さすが前作で「ジョーカーが全然出てこないジョーカー映画」を撮ったフィリップス監督といった感じなのですが、やはり今回ばかりは大方の支持は得られていないようで……でも、ギャンブルってそういうもんよね。

 本作は徹頭徹尾、前作で5人を殺害したという罪状で収監中のアーサーのその後を描く内容になっており、過酷ながらも前作よりはいくらか精神的に平穏な獄中生活を送っていたアーサーに、彼のファンと名乗る謎の女リーが現れたところから、アーサーの中に封印されつつあった狂気「ジョーカー」が再び胎動を始める……といった内容になっております。

 そういう感じなので、ほぼ全編にわたってお縄になっている状態のアーサーが、前作の「マレー=フランクリン・ショー」で見せたような完璧な状態の犯罪道化師に戻ることができるはずもなく、定番の赤い焼いもルックを見せてくれるのは冒頭のアニメか、物語のはしばしでのミュージカルシーンだけとなっております。現実の法廷で着ていたのは、赤に近い地味な赤茶色のジャケットでしたよね。

 でも、あの能天気なアニメ開幕のあとに出てくるアーサー役のホアキンさんのガリッガリの上半身のインパクトは、やっぱりCG とかでは絶対に出せない凄絶なオーラをまとっていますよね。作品の出来不出来関係なく、ホアキンさんがあの身体に戻ってくれたってだけで、劇場でお金払って観る価値はあると半ば強引に納得させられちゃいますからね。また命削ってるよ、この人……だって、『ジョーカー』のあとに、あの『ボーはおそれている』で、年齢相応のだるんだるんな中年体型になってから、また今作でこうなってるんでしょ!? 頭おかしいって!

 先ほども申したように、この作品は前作以上のカタルシスを!といったような野心は全くなく、ただひたすらに、殺人者となってしまったアーサーを断罪し、アーサーの信奉者となったリーをはじめとする多くのゴッサムシティの若者たちに冷や水をぶっかけて「目ェさませ!!」と一喝するような、まるで前作でアーサーをカリスマ犯罪者に祭り上げた風呂敷を「すんませんでした……」とたたんで片付けるかのような処理作業に終始している、ただこれだけの138分間なのでございます。
 それはまぁ、そうですよ。個人的な感情で衝動的に犯罪をおかした人間が前作であそこまで世界的に受け入れられたというのは、アメコミの超有名な悪者キャラがウケたとは全く別の現象で、確かに異常な事態ではありました。そのフィーバーに対して何らかの危機感をいだいたフィリップス監督が、まるで庵野秀明監督のように「いやあの、落ち着いてください。」と真摯に応対したのが、この『フォリ・ア・ドゥ』のクソがつくほど真面目な姿勢につながったのかも知れません。

 ですので、そういう意味で言うのならば、本作はこれまでに世に出たどの続編映画よりもマジメで、まごころに満ちた「風呂敷たたみ映画」なのかも知れません。ホアキンさんの完璧な役作りも、ゲイリーを演じたリー=ギルさんを筆頭として再び集まった前作キャスト陣の真剣さも、前作と全く矛盾せず、前作が生んでしまったアーサーの心の中の怪物をきれいに「成仏」させる、理想的な続編の誕生に寄与していたと思います。「浄化」じゃなくて「成仏」なところが哀しいですが……

 ただ、今回こういった気持ちいいくらいの「発つ鳥跡を濁さず」映画を目の当たりにしてしまった観客の多くの心に去来したのは、


きれいに収まったらいいってもんでも、ないんだな……


 という、どっちらけな感情だったのではないでしょうか。例えばあなたがどこかの観光地に旅行に行ったとして、おなかをけっこう空かせて入ったこじゃれたリストランテで、味は神業的においしくてもひと口サイズのお通しみたいなスイーツとよくわかんない味のハーブティーだけ出されて1800円って言われたら、う~んってなるじゃないですか。今食べたいのはマックの油ぐじゃぐじゃで味おおざっぱな Lサイズセットなんだけどなぁ~みたいな!?

 かつて江戸の昔の人々は、

白河の 清きに魚も 棲みかねて もとの濁りの 田沼恋しき 

 なんて狂歌を詠みましたが、純度100%、前作尊重度100% の『フォリ・ア・ドゥ』のこれじゃない感って、これに通じる部分も少なからずあるのではないでしょうか。いや、そのストイックな姿勢に文句はないんだけどさ、もちっと冒険してもいいんじゃない?みたいな。

 冒険というのならば、今作のミュージカルパートの多用と、それにともなうハーレイ・クインへのレディー・ガガの起用という手が充分すぎるほどの冒険じゃないかという意見もあるかとは思うのですが、作中にこれでもかというほどに音楽が流れていたのは前作から何も変わっていない傾向ですし、そこも、オリジナル版の歌手や演奏のオンパレードだった前作に比べて今作ではホアキンさんかガガ様のボーカルだけになっているので、むしろ今作の方が地味になってしまったという悪手だったのではないでしょうか。だいたい、音楽セラピーで出逢ったからってそれ以降ぜんぶミュージカル妄想になるって、アーサーってどんだけ純粋なんだって話なのですが……ま、アーサーですから。

 本作におけるハーレイ・クイン(こちらもバットマンサーガのハーレイとは別人だという意見もあるのですが、便宜上統一します)の役割も、結局は原典のハーレイほど狂った人間ではなく、それなりの自立性を持った正常な判断のできる女性だったという感じなので、最後も「そりゃそうなるわな。」といった感情しか湧かず、ごくごくフツーのヒロインでしかなかったな、という印象でした。本作のタイトルの「二人で狂う」って、アーサーとリーのカップリングじゃなくて、冒頭のアニメで示された通りにアーサーと内なるジョーカーのカップリングだったんですね。アーサー無惨……

 やっぱり、ハーレイ・クインはジョーカーに輪をかけて狂ったキャラでないといけませんやね。蛇足ですが、私が一番好きな映像作品上のハーレイ・クインは、やっぱり TVドラマシリーズ『ゴッサム』でフランチェスカ=ルート・ドットソンさんが演じていたハーレイ(女優さんで言うと通算4代目)です。あの左右で上下反対になっている顔のメイクが最高に狂ってますよね……出番が少なかったのが残念!

 やっぱり、今作のミュージカル導入は悪手だったとしか言えないのではないでしょうか。
 なぜならば、前作では映画の内容と全く関係の無いシナトラやジミー=デュランテの滋味あふれる歌声と、この映画の空気感を象徴しているとしか言えないヒドゥル=グドナドッティルの激重な音楽とのムチャクチャな温度差がアーサーの心理状態のグッチャグチャ感を体現していたのに、今作では映画の雰囲気を充分にくみ取ったホアキンさんやガガ様のボーカルになっている分、グドナ音楽にわりと近い質感に歩み寄っちゃってるんですよね。これでは、前作で発揮された「緊張と緩和」の効果はきいてきませんよ! 全体的にのぺーっとした空気の変わらなさを助長する一因になっちゃった。


 このように、今回の『フォリ・ア・ドゥ』は、どうやらフィリップス監督が「作品の面白さ」をそっちのけにして前作の火消し&後片付けに心血を注いでしまったがゆえに、ほぼ確信的につまらないことが必定になってしまった「なるべくしてなった失敗作」としか言えないような気がします。でも、こういう失敗さえもフィリップス監督の想定内である可能性は高いので、とにもかくにもこんな悪だくみにホイホイ2億円をつぎこんでしまったワーナーはんには、もはやご愁傷さまと声をかけるしかありませんやね。そもそも、「ジョーカー出る出る詐欺」で世界中からお金をしぼり取った作品の続編なんですから、これは空から色が生まれ、そしてまた色が空へと還ってゆく自然の理なのではないでしょうか。南無阿弥陀仏……

 でも、今作でほんとのほんとにジョーカー役からは卒業となったホアキンさんは、本当に身体をいたわってほしいです。ジョーカーを映画で2作も演じるという前人未踏の偉業、よくぞやり切ってくださいました(『ジャスティス・リーグ ザック=スナイダー・カット』のジャレッドジョーカー再登板はカウントしません)……もういい! あと、あなたはもうやんなくていいから、若いバリー=コーガンくんに任せてください!! まだキャメロン=モナハンくんの線も諦めてはいませんけどね!

 いや~、ほんと、変な映画だったな……ここまで振り切っちゃってたんなら、バットマンサーガに色目をつかったハーヴェイ=デントの登場とか「若い囚人」のラストシーンでの挙動とか、いっそのことやらなきゃよかったのにね。ていうか、前作のブルース=ウェイン、どこ行った!? チベットでニンジャ修行してんのか、それともウチで全身タイツの手もみ洗いでもしてんのかァ~!? HAHAHA☆
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超ニッチ企画!! 『刑事コロンボ』幻の未映像化事件簿をよむ ~だいぶ遅れた読書感想文その3~

2024年10月26日 10時40分23秒 | ミステリーまわり
『刑事コロンボ』オリジナル小説作品の事件簿!! 各事件をくわしく解析
 ※TVドラマシリーズ『刑事コロンボ』の概要は、こちら
 ※未映像化事件簿の「 File.1、2」は、こちら! 「 File.3~5」は、こちら~。


File.6、『血文字の罠』( The Helter Skelter Murders)ウイリアム=ハリントン 訳・谷崎晃一 1999年12月25日刊
 ≪犯人の職業≫    …… デパート社長、ハリウッドの新人女優
 ≪被害者の職業≫   …… デパート社長夫人、ディスカウントストア副社長、麻薬の密売人
 ≪犯行トリックの種類≫…… ホテルの食事を利用したアリバイ工作、ダイイングメッセージの改竄
・アメリカ本国で1994年(この年は2作の単発新作が放送されていた)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・ロサンゼルスで1969年8月に発生した実在の事件「シャロン=テート殺害事件」に基づく展開があり、シャロンの当時の夫だった映画監督のロマン=ポランスキーの名前も別の経緯で作中に登場する。
・日本語訳版ではカットされているが、アメリカ原書版ではコロンボが1969年のシャロン=テート殺害事件の捜査に参加したり、1994年に服役中のチャールズ=マンソン(2017年に獄中死)と面会したりする場面がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、テキサス州のダラス市警からロサンゼルス市警殺人課に転属してきたチコ=ハモンド巡査が登場する。
・映像版に登場したキャラクターとしては、コロンボの飼い犬「ドッグ」、獣医のベンソン院長、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)が登場する。
・本作に登場するコウリーズ・デパートは、1925年創業で創立70周年を目前に控えた老舗高級デパートである。ちなみに、『人形の密室』の舞台となったダウンタウンのブロートン・デパートは、1972年に発生した事件の時点で「築50年」と描写されているので、コウリーズとほぼ同年代に創業したデパートであると思われるが、本作ではブロートンへの言及はない。デパートの種類としては、ビバリーヒルズにあるコウリーズが高級百貨店でダウンタウンにあるブロートンが庶民的という印象がある(『人形の密室』ではコロンボが幼い頃にブロートンに行った思い出を語っている)。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に1、2作のペースで放送されていた時期だった( WOWWOWによる放送も始まっていた)。

あらすじ
 ロサンゼルスのビバリーヒルズにある六階建ての老舗高級デパート「コウリーズ」の社長夫人が、自邸の化粧室で変死を遂げた。さらには邸内に停まっていた車にも射殺死体が……荒らされた室内や盗まれていた貴金属から押し込み強盗の犯行と断定されたが、コロンボ警部は犯人の侵入経路を不審に思う。映画界にも進出するデパート社長と新人女優の野望が、忌まわしい連続殺人劇を繰り広げる。犯行現場に書きのこされた血文字は、いったい何を意味するのか?


 はい、これまで「交換殺人」、「ビルまるごとの密室殺人」、「ビデオ撮影しながらの殺人」、「大学構内での殺人」、「サーカス興行中での殺人」と、映像化されなかったのが惜しい個性が目白押しの「未映像化八部衆」であったのですが、6番目の刺客となる本作もそれらに負けず、なんと「実際に発生した有名連続殺人事件とリンクする殺人」という大きな特色があります。これはすごい……映像化された69エピソードの中でも、ここまで現実世界に攻め込んだ作品は無かったのではないでしょうか!?

 その実際に事件というのは、もはや語るまでもないというか、語るもはばかられる残忍無比な「シャロン=テート殺害事件」なわけですが、1969年にロサンゼルスで発生した事件ということで、それよりも前の1968年2月にパイロット版『殺人処方箋』(実質第1話)ですでに刑事となっていたコロンボならば捜査に参加していないはずがないという発想から、本作の構想がスタートしたことは間違いないでしょう。
 この「フィクションの名探偵」VS「実際の事件」という、まさしく「虚と実」究極の対決を体現する構図は、ミステリーの世界で言えばなんと「シャーロック=ホームズ VS 切り裂きジャック」どころか、すべての推理小説のいできはじめのおやとも言うべきエドガー・アラン=ポオの生んだ名探偵第1号オーギュスト=デュパンの活躍する短編小説『マリー=ロジェの謎』(1842~43年連載)から始まっている伝統中の伝統ですので、ホントに過言でなく、コロンボ警部は本作『血文字の罠』をもって、ついに世界ミステリ史上に残る名探偵の殿堂入りを果たしたと申して良いのではないでしょうか。
 すごいよこれは! 日本でもこの域に達したのは金田一耕助先生くらいじゃないっすか(『八つ墓村』と『悪魔が来りて笛を吹く』)? でも、ホームズ先生も金田一先生も、そして本作のコロンボ警部も、実際に発生した惨劇を止めることはできていないというのが、後発であるフィクションの宿命と言ってしまえばそれまでなのですが、悔しい気もしますよね。事実は小説よりも奇なり……

 ……とまぁ、本作ならではのアピールポイントをここまでさんざんブチ上げておいてナンなのですが、本作は別に「シャロン=テート殺害事件」の解決にコロンボ警部が挑むというものではなく(すでに解決してるし)、かの大事件の犯人グループの元関係者でシャバにいる人間に罪をなすりつけようとしただけの模倣犯罪ですので、本筋自体はいたって通常運転のスケールなんです……う~ん、これこそまさに、「大山鳴動して鼠一匹」ってやつぅ~!?

 しかしながら、事件の内容自体は、夫婦関係とデパートの経営方針の相違から社長が愛人と結託して妻を殺害するという流れこそよくある感じなのですが、妻が死の間際に遺したダイイングメッセージを改ざんする社長の工作や、次第に社長の言うことを聞かなくなり自滅してボロを見せる愛人、そして彼らが見せる一瞬のスキをついて解決の糸口を拾い上げていくコロンボ警部といった面々がくんずほぐれつする攻防戦は、映像化作品ばりに密な構成と緊迫感がみなぎっていて意外と見ごたえがあります。決して1コや2コの大ネタだけでもたせようとかいう単純な作りではないんですね。

 例えば、本作のタイトルには「罠」というキーワードがあり、これは既出の未映像化作品 File.4の『13秒の罠』と同じなのですが、File.4でいう罠が「コロンボから犯人に仕掛けた罠」という意味が込められているのに対して、本作の罠は「犯人が警察に仕掛けた罠」と同時に、「犯人の罠を見抜いたコロンボが犯人に仕掛け返した罠」という真逆の意味も重なるという、ひとつ上をいく深化を遂げているのです。ダイイングメッセージという非常に古臭いテーマを取り上げていながらも、これを犯人と名探偵とのかなり高度な心理戦のステージに仕上げている発想は見事だと思います。

 ただ、その~……重箱の隅をつつくようで申し訳ないのですが、本作の悲劇はやはり、『13秒の罠』のように映像的にバチっと決まる「チェックメイト」なコロンボの一撃が無いというところなのでありまして、しかもタイトルにでかでかと掲げている「血文字」じゃない最後の奥の手というのが、「犯人の靴跡」というビックリするほど地味なものになっているので、これをドラマにしたら、文句は出ないんだろうけど印象にも残らないというどっちらけの評価を受けることは火を見るごとく明らかなのです。マンソンファミリーというとんでもない呼び込み花火を打ち上げておきながら、最後はこぢんまりとしたジェンガ対決になってしまうような、このガリバートンネル並みの尻すぼみ感……私は嫌いではないのですが、TVドラマの『刑事コロンボ』シリーズに列せられるには、あまりにも線が細すぎます!!

 結局、この作品が如実に示しているのは、「矛盾がなければいいってもんじゃないよ」という、エンタメ作品としてのバランス感覚が要求される非常にシビアな教訓なのでありました。作品の密度、レベルとしては未映像化八部衆の中でも屈指の傑作かとは思うのですが、きわだった個性らしいものが見当たらないんですよね……いちおうドラマ的なわかりやすさで言うのならば、本作も「かなりうるさいグルメなはずの犯人が、ホテルのカキ料理の味が変わっても文句を言わない」というネタはあるのですが、ちょっとこっちはこっちで単純すぎるし。

 ていうか、「ホテルの料理をちゃんと食べたから、僕たち部屋にいたよ!」なんていう小学生みたいな言い訳、アリバイとして成立するとでも思ってんのかァア!? 桜田門……じゃなくてロス市警をなめんじゃねぇ!! 逮捕しちゃうぞコノヤロー☆


File.7、『歌う死体』( The Last of the Redcoats) 北沢遙子 1995年4月25日刊
 ≪犯人の職業≫    …… 女性ニュースキャスター
 ≪被害者の職業≫   …… 引退したロックスター
 ≪犯行トリックの種類≫…… テープレコーダーを使ったアリバイ工作
・没シナリオ・シノプシスの小説化作品。
・本作の原形が執筆された時期は不明だが、本作の時代設定は日本で翻訳出版された当時の「1995年」となっている。その他に作中の年代を象徴する描写として、風変わりな刑事を演じる俳優としてブルース=ウィリスの名前が出たり(映画『ダイ・ハード』は1988年の公開)、警察署との連絡手段として警官がポケットベルを使用しているくだりがある。
・内容に類似性はないが、映像版で重要な役として TV番組の司会者が登場する作品は第57話『犯罪警報』(1991年2月放送 第10シーズン)が、人気歌手が登場する作品は第24話『白鳥の歌』(1974年3月放送 第3シーズン)がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、ロサンゼルス市警殺人課に配属されて1~2年目のホワイト巡査が登場する。ちなみにコロンボと同じくホワイト刑事も死体や血を見るのが苦手。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に4、5作のペースで放送されていた時期だった。

あらすじ
 伝説のロックスターが10年ぶりに復活する! その情報をつかんだ女性ニュースキャスターはさっそく特別番組の企画にとりかかり、テレビ局内は新曲発表のスクープに色めきたった。ところが、取材中の思わぬ誤算から殺人事件が発生! コロンボ警部はサンフランシスコに赴き、復活の歌に秘められた謎に挑む……


 こちらはまた、異色の一編と言った感じでしょうかね。
 文庫本の解説で訳者の北沢さんも考察されているのですが、本作が映像化されなかった理由は、やはり「衝動的な殺人の後追い隠蔽ごときでコロンボに勝てるわけがない」という部分が大きいかと思います。プロの殺し屋でもない犯人がエピソード一本分の尺いっぱいに逃げ回るなんて無理っしょ……
 ただし、本作はこういう設定があるので、コロンボとの熾烈な推理合戦を楽しむというよりは、ただひたすらにヒドイ目に遭い続ける犯人の転落劇を「うわぁ~ヤダ!」とドン引きしながら見守るクライムノベル的な作品になっているかと思います。

 当然、この犯人の転落の中には「殺人を犯してしまう」という弁解のしようのない重大な犯罪行為も含まれているのですが、これもよくよく見れば転落の中のひとつの結果に過ぎず、そもそものことを言えば、どこからどう見てもまともな精神状態にあるとは言えない往年のロックスターの言うことを過度に信用しきった彼女の考えの甘さが根源にあるとしか言えないと思います。殺人にいたった経過自体は正当防衛と言えなくもないものがあるのですが、被害者を激高させてしまったのは彼女の短絡的で怖いもの知らずな発言にあるので、本作の犯人を悲劇のヒロインと見るのはちと難しいかと思います。
 ただ、それでも読者の同情を誘ってしまうのは、犯人が「時代の寵児」として、アメリカ全国の視聴者の期待に応えなければならないという強迫観念の虜になっている点でしょう。ここらへんは、仕事の内容は微妙に違うにしても、現代日本の TV業界の中で心身をすり減らされていく幾多の女子アナさん、人気俳優、お笑い芸人あたりにも通じる、いまだに解決していないメディア業界の大問題だと思います。だからこそ、TVシリーズ『刑事コロンボ』の映像化エピソード群の中にも芸能人がしょっちゅう出てくるのでしょう。ひとの人生の転落するさまを見届けるなんて、なんと残酷で、しかし確かに魅惑的な愉しみであることか……

 ゲスト犯人が散々な目に遭う倒叙ものドラマというと、私は『古畑任三郎』第1シーズンの堺マチャアキさんや小堺一機さんの回を真っ先に思い起こしてしまうのですが、今作の犯人も、突発的に起こしてしまった自分のあやまちを隠すために、コロンボという最悪の敵から逃げ回るハメにおちいってしまいます。
 ただ、実は今回に関してはさしものコロンボ警部も、犯人が彼女であるという確信はさまざまなヒントから得るわけなのですが、決定的な証拠をつかむことができずかなり苦労してしまい、最後の奥の手となった「火事の通報電話」も、厳密に言えば犯人が100% 被害者のアパートにいたという証拠にはなり得ないわけで、そこで登場したのが、本作最大のオリジナル展開となる「被害者の遺書」なのです。

 ほんと、このエピソードは最初からずっとひどい展開続きで、天才なんだか狂人なんだかさっぱりわからない被害者に死後も振り回され続ける犯人の孤軍奮闘ぶりが読んでいてかわいそうになってくる感じなのですが、最後に登場したこの遺書によって、被害者も実はその才能を完全に死なせてはおらず、犯人や、後に被害者の遺志を継ぐ天才アーティストになるであろう少年への愛情を捨ててはいなかったということが明らかになるという、かなり爽快で粋な読後感を呼び込んでくれます。
 これは、映像化・未映像化に関わらず総じてゲスト犯人が最期に捕まるという終幕が確定となっている『刑事コロンボ』シリーズにおいては、なかなか味わえない稀有なハッピーエンド(?)オチではないかと思えるのですが、そういう意味では、未映像化が惜しまれる隠れた珍品ともいえるのではないでしょうか。

 ただまぁ、やはり人気歌手や人気 TV司会者が登場する映像化エピソードはすでにいくつかあるわけで競争率も高かったですし(未映像化作品の File.3もそうですね)、犯人の努力(トリック)が、被害者&謎の美少年サーシャの存在感に圧倒的に負けてしまっているというインパクト不足が、映像化に至らなかったウィークポイントだったのではないでしょうか。

 未映像化 File.2の犯人もそうだったのですが、女性が単独で犯人になると、やっぱりどことなく人間的な弱さが強調されるきらいがあって、コロンボにグイグイ追及される流れがかわいそうに見えちゃうのでドラマ的な面白みがなくなる印象がありますよね。
 その一方で映像化された作品群中の女性犯人たちを見ると、そこらへんを補うためのさまざまな工夫がよく見えるような気がします。まぁ女性じゃなくても、あのコロンボを相手にするからには、そうとう肝のすわったタマじゃなきゃダメなわけなのね!


File.8、『硝子の塔』( The Secret Blueprint)スタンリー=アレン、訳・大妻裕一 2001年8月25日刊
 ≪犯人の職業≫    …… 建築会社設計企画部長
 ≪被害者の職業≫   …… 建築会社副支社長
 ≪犯行トリックの種類≫…… ビデオテープを使ったアリバイ工作
・アメリカ本国で1999年(当時は1~2年に1本のペースで新作が放送されていた)に出版されたオリジナル小説の翻訳。
・内容に類似性はないが、映像版で建築業界のプロが重要な役として登場する作品に第9話『パイル D-3の壁』(1972年2月放送 第1シーズン)がある。
・本作オリジナルのキャラクターとして、ロサンゼルス市警殺人課に配属されたばかりのトムザック巡査と、コロンボと旧知の中であるコンピュータ課のフラーティ警部が登場する。ちなみにトムザック刑事はコロンボと同じく死体や血を見るのが苦手。
・映像版に登場したキャラクターとしては、「バーニーの店」のバーニー(バートではない)、コロンボの飼い犬「ドッグ」が登場する。特にドッグは、コロンボに重要なヒントを与える役割を担っている。
・本作が翻訳出版された時期は、日本テレビ『金曜ロードショー』枠内で『新・刑事コロンボ』シリーズが年に1、2作のペースで放送されていた時期だった( WOWWOWによる放送も行われていた)。

あらすじ
 高層タワー専門の建築家が企てた、殺しの設計図。次期支社長の座をめぐって野望うず巻く建築会社に仕掛けられた巨大な密室の罠とは? 重役会議用のスピーチビデオに映っていた奇妙なものに目をとめたコロンボ警部は、犯人の完璧なアリバイを突き崩していく。美しい塔に秘められた謎とは?


 さぁ、というわけでありまして、豊穣なるミステリの傑作群が実る『刑事コロンボ』という黄金の大地の片隅にひっそりと取り残された、暗くじめっとした「忌み田」のような未映像化八部衆に光を当てるこの企画も、ついに最後の一作を残すばかりとなりました。やっとここまできたか~!

 とは言いましても、本作は別になにかしらの「終わり」を飾るような位置にある作品ではないのですが、本企画独自の判断で、「原型となるシナリオやシノプシス、小説ができた時期が古い順番」に並べたところ、1999年に出版された本作がいちばん最後ということになるので、こういうナンバリングになりました。単純に二見書房文庫から出ていたノベライズシリーズの順番で言いますと最後の未映像化作品は File.5(2003年出版)ですし、「日本で出版された」未映像化作品は File.3(2004~06年 同人誌にて連載)でした。あと、これら以降にも『刑事コロンボ』の短編小説はいくつか出版されていますよね。
 ただ、やはり本作が世に出た1999年というのは、ドラマとしての『刑事コロンボ』シリーズで言いますと末期に入っていますし、「映像化の可能性はあったけど実現しなかった」という観点でいくと最後の作品と言ってよろしいのではないかな、と思います。これ以降の短編作品はまず TVシリーズのエピソードなみのボリュームはないですし、トリビュートの意味合いが強いですよね。

 そんでもって、そういった未映像化八部衆の掉尾を飾る作品として紹介する本作なのですが、これさぁ……八人兄弟の中で、いっちばん個性がない! いや、出来は悪くないんです! 内容に矛盾はない。矛盾はないんだけど個性もない! 老人から見た最近の若者みたい。よく見りゃおもしろいんですけどね……よく見ない人の目もガッとわしづかみにしなくちゃならないのが TVドラマの世界なんで、そのおとなしさはマイナスなんだよなぁ。

 本作も、File.4の系譜に連なる「ドラマ映えするコロンボの最後の一撃」がアピールポイントとなる大ネタ一発系のエピソードなのですが、File.4のように「なるほど、そうきたか!」というスカッと感がないと言いますか、作中で伏線らしいものがまるで登場しない(停電の情報はあっても、ビルの設備機能については全く言及がない)ので、ラストでそれが出てきても読者としては「へ~、そうなんだ……」と思うしかなく、ミステリとしての満足度に雲泥の差があります。トリック解明のヒントをコロンボに与える重要キャラは File.4と同じ「あいつ」なのに、この差はいってぇどうしたことだってんだい!?
 でも、トリックに関する情報をあんまり出したくない作者の気持ちもわからんでもないんですけどね……「ビルにこういう設備がある」って言及した瞬間に、「あ、これトリックに関係あるな。」って思われちゃうもんね。難しいもんだなぁ。

 あと、本作の邦題を見たら、日本のミステリファンだったら、多くの方は奇妙な建築物を舞台にした「館もの」かな?なんて期待しちゃうじゃないですか。『刑事コロンボ』で館ものですよ!? これは面白いでしょう!
 でも、いざ読んでみたら、そんなことあるはずもなくいつも通りのフツーのオフィスビルで発生する事件なんですよね……なんだよ、このタイトル! これ、犯人がロサンゼルスのダウンタウンに建てた地上七十階建ての高層ビルが全面ガラス張りになっていることからきていると思われるのですが、事件の舞台にすらなってないし全然関係ないよ……詐欺すぎる。
 こういった邦題のトンチンカンさもたいがいなのですが、もっとひどいのが実は原題の方なのでして、「 The Secret Blueprint(隠された青写真)」て……個性が無いにも程があるというか、どういう事件なのかさっぱり印象に残らないよ! 邦題決めも苦労したんだろうな。

 とにもかくにも、この作品は顔立ちこそそつなく整ってはいるのですが、とてもじゃないですが『刑事コロンボ』という競争率激高のバトルフィールドで生き残るインパクトを持っているエピソードだとは言い難く、未映像化も至極当然かなと、他のどのエピソードよりもうなずけてしまう哀しみを持った作品なのでありました。
 一見、『刑事コロンボ』のドラマ上の特徴をしっかりくみ取った構成のような雰囲気もあるのですが、どっちかというとコロンボ警部の日常やディティールを描写するのに時間を割いていて、肝心の事件や犯人まわりの色彩がやけに淡いというか、弱いんですよね。味が薄すぎる……コロンボの大好物はチリコンカンなんでしょ!? こんな病院食みたいなスッカスカの料理、ワン公も後ろ足で蹴り飛ばすわ!

 ましてや、犯人の職業の身の程知らずっぷりよ。『パイル D-3の壁』先輩に廊下で会ったら、どうするつもりなの!?


≪まとめ≫
 いや~!! 『刑事コロンボ』って、ホンッッッットォウオに!! いい~いもんですねェエエ!!

 ……ネタがないわけじゃなくて、ほんとにどこをどう行って、どこでどうあがいても、『刑事コロンボ』という一大遊園地で遊んだ結論は、必ずかくのごとしになっちゃうんですよね。おもしろい。ただそれだけ!

最後に、ごく私的な未映像化八部衆のランキングをつけておしまいにしましょうかね。なんの参考にもならないよ~!!


第1位 File.4『13秒の罠』
第2位 File.2『人形の密室』
~~映像化してほしい願望という壁~~
第3位 File.7『歌う死体』
第4位 File.1『殺人依頼』
第5位 File.6『血文字の罠』
第6位 File.3『クエンティン・リーの遺言』
第7位 File.5『サーカス殺人事件』
第8位 File.8『硝子の塔』


 厳しいですか? いや、でも実際こんな感じなんです。くれぐれも誤解の無いようにしていただきたいのは、8作品すべて、「読み物」としては充分に面白いということです。問題は、映像化したところで群雄割拠の『刑事コロンボ』シリーズの枠内で他に負けない存在感を放てるかということなんですよね……生まれないには、生まれなかっただけの理由があったのだということで。南無阿弥陀仏。

 『刑事コロンボ』、また観たいな~!!
 それじゃあまた、ご一緒にたのしみましょ~。
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これが戦後か……ほろにが過ぎる和製フィルム・ノワール ~映画『狼』~

2024年10月21日 23時02分16秒 | ふつうじゃない映画
映画『狼』(1955年7月 128分 近代映画協会)
 『狼』(おおかみ)は、近代映画協会制作の映画。白昼に強盗事件を起こす五人の男女を通して、貧窮する弱者を追い詰める会社組織の残虐性と人間性の弱さを描く犯罪映画。
 監督・脚本の新藤によると、本作は神奈川県金沢八景付近の国道で実際に起きた郵便車襲撃強盗事件を元にしており、事件の犯人グループも貧窮した男性3名、女性2名の生命保険勧誘員だった。
 新藤は、知人の生命保険外交員に取材して脚本を完成させ、乙和信子や浜村純らのキャスティングも決まり、1954年6月から映画制作を再開させていた映画会社・日活での制作が決定した。しかし、当時の日活の大株主に生命保険会社があったことから本作は撮影直前に制作中止となり、新藤はその他にも生命保険会社による企画中止を求める圧力などを受けながらも、自主製作で本作を完成させた。

あらすじ
 暑い夏の午後、日本刀と猟銃で武装した五人の男女が郵便自動車を襲った。五人は、元銀行員、脚本家、元自動車組立工、そして子どもを抱えた戦争未亡人ふたり。
 窮乏により家庭は崩壊寸前となり、最後の頼みの綱として生命保険の勧誘員となった彼らが見たのは、さらに絶望的な戦後日本の現実だった。生きるため、家族を救うため、追い詰められた人々はついに犯罪の牙をむく。

おもなスタッフ
監督・脚本 …… 新藤 兼人(43歳)
製作 …… 絲屋 寿雄(46歳)、山田 典吾(39歳)、能登 節雄(47歳)
音楽 …… 伊福部 昭(41歳)
制作 …… 近代映画協会

おもなキャスティング
矢野 秋子  …… 乙羽 信子(30歳)
矢野 義登  …… 松山 省二(現・政路 8歳)
吉川 房次郎 …… 菅井 一郎(48歳)
吉川 たか  …… 英 百合子(55歳)
吉川家の居候・高橋 …… 下元 勉(37歳)
三川 義行  …… 殿山 泰司(39歳)
三川 文代  …… 菅井 きん(29歳)
藤林 富枝  …… 高杉 早苗(36歳)
原島 元男  …… 浜村 純(49歳)
原島 智子  …… 坪内 美子(40歳)
東洋生命新宿西部支部桜部長・橋本 …… 小沢 栄太郎(46歳)
東洋生命新宿西部支部梅部長・町田 …… 北林 谷栄(44歳)
東洋生命新宿支社長・神森     …… 東野 英治郎(47歳)
東洋生命新宿支社西部支部長    …… 御橋 公(60歳)
東洋生命丸ノ内本社営業部長    …… 清水 将夫(46歳)
郵便車の輸送員・岡野 …… 柳谷 寛(43歳)
山本 秀夫    …… 信 欣三(45歳)
洗濯屋の主人   …… 左 卜全(61歳)
押し売りの男   …… 高原 駿雄(32歳)
春日 さゆり   …… 曙 ゆり(?歳 当時の松竹歌劇団スター)
和田医師     …… 宇野 重吉(40歳)
踏切の警官    …… 下條 正巳(39歳)
十二号室の看護婦 …… 奈良岡 朋子(25歳)
病院の事務員   …… 佐々木 すみ江(27歳)




≪すっごく……重たいです。本文マダヨ≫
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こんなんでいいじゃん!レトロ感たっぷりのひらきなおりエンタメ ~『黒蜥蜴』2024エディション資料&メモ~

2024年10月15日 22時18分33秒 | ミステリーまわり
 え~、どもども! そうだいでございます。いよいよ秋めいてきましたね~。

 あのですね~、先日ついに、我が『長岡京エイリアン』でもこの秋注目大本命と目していた『黒蜥蜴』2024エディションが堂々放送されたわけなのでございますが……

 すんません、録画した作品を本腰すえてチェックするまでに、え~らい時間かかっちゃった!
 いやあの、今年に限った話でもないのですが、秋はいろいろ忙しいのよ! その上、週末は必ず映画館に行ってる感じでなんかしらの新作品を観てるし、『黒蜥蜴』の感想をぐだぐだ言ってる余裕はなかったんですよね……

 でもまぁ、だからと言って記事にもせずにスルーするなんていう選択肢などあるわけもないですし、しかも今回の2024エディションは、あの白本彩奈さんがヒロイン枠で出演しているということですので、だいぶ放送から遅れてはしまいましたが、覚悟を決めて感想を述べる記事を作らせていただきたいと思います! ま、遅れたって誰も待ってないから問題ないだろうし☆


ドラマ『江戸川乱歩原作 名探偵・明智小五郎 黒蜥蜴』(2024年9月29日放送 92分 BS-TBS)
 『江戸川乱歩原作 名探偵・明智小五郎 黒蜥蜴』は、『黒蜥蜴』の11度目の映像化作品(三島由紀夫による戯曲版の映像化も含める)。
 本作は、昭和四十年(1965年)頃の雰囲気と現代を織り交ぜた架空の時代を舞台に設定している。

 『黒蜥蜴(くろとかげ)』は、江戸川乱歩の長編探偵小説。「明智小五郎シリーズ」の第7長編で、1934年1月~12月に連載された。
 本作、もしくは本作を原作とする三島由紀夫による戯曲(1961年発表)を原作として、これまで映画2本・TVドラマ9本(2024年版を含む)・ラジオドラマ2本が制作された。なお、コミカライズも4回されている(舞台化作品に関しては、多すぎてカウントできず)。


あらすじ
 大富豪で宝石商の岩瀬庄兵衛のもとに、一人娘・早苗の誘拐と、大宝玉「エジプトの星」の強奪をほのめかす予告状が届き、岩瀬は名探偵・明智小五郎に警護を依頼する。明智は、部下である小林芳雄と木内文代と、警視庁捜査一課の浪越警部と共に警備にあたるが、混乱のなか早苗が誘拐されてしまう。
 明智は、岩瀬宝飾店の常連客でもある緑川夫人が犯人の女賊・黒蜥蜴であると確信し追い詰めていくが、互いに心の内を探るうちに二人は惹かれあっていく……

おもなキャスティング
21代目・女賊黒蜥蜴 …… 黒木 瞳(63歳)
84代目・明智小五郎 …… 船越 英一郎(64歳)
42代目・小林芳雄  …… 樋口 幸平(23歳)
19代目・浪越警部  …… 池田 鉄洋(53歳)
14代目・木内文代  …… 唯月 ふうか(28歳)
岩瀬 早苗     …… 白本 彩奈(22歳)
岩瀬 庄兵衛    …… 大河内 浩(68歳)
雨宮 潤一     …… 古屋 呂敏(34歳)
松吉        …… 諏訪 太朗(70歳)
黒蜥蜴の手下(年長)…… 渡辺 隆二郎(56歳)
黒蜥蜴の手下(調理)…… 五明 紀之(52歳)
黒蜥蜴の手下(新人)…… 工藤 秀洋(48歳)
浪越警部の部下   …… 川手 祥太(33歳)
岩瀬家の家政婦   …… 小柳 友貴美(66歳)
遊覧船乗り場の受付 …… 山野 海(59歳)
美青年の剥製    …… 志生(じお 32歳)
※浪越警部は原作小説における「波越警部」、木内文代は原作小説における「明智文代」としてカウントしています。

おもなスタッフ
演出 …… 本田 隆一(50歳)
脚本 …… 入江 信吾(48歳)
制作 …… ホリプロ


 と、まぁそう思いまして、ついにリビングでハリボーグミをかじりながら本作を観てみましたのですが、視聴中に気になったポイントをちょいちょいメモしていきましたらば、なんと以下のように即時的なつぶやきだけでけっこうな文量になってしまいましたので、全体を見通した上での感想文は、また次回にちゃちゃっとまとめようかと思います。長くなって申し訳ない!って、いつものことですか。

 いや、この作品はテイストから言いましても、そんなに長く引っ張ってくどくど申し立てるようなものでもないと思うんですけど……頭をからっぽにして楽しんで、面白ければそれでいいじゃないかという娯楽作ですよね。


≪毎度おなじみ視聴メモでございやす≫
・冒頭から、小林少年との息の合った連係プレイで、なんか死体の上にバラの花びらを散らばす連続殺人犯の逮捕に貢献する明智探偵。定番の滑り出しだが、渋い黒コートに身を固めた船越さんと、ひょろっとしてどことなく頼りない幼さのある樋口くんとの対比がなかなか面白い。がんばれ、ドンモモタロウ!
・事件解決後、探偵事務所のある建物の中でタモさんか古畑任三郎のように視聴者に直接語りかけてくる明智探偵。これはおそらく、あのレジェンド天知小五郎の「あけましておめでとうございます、明智小五郎です。」(『天国と地獄の美女』より)を意識した演出かと思われるのだが、「善悪」と「美醜」を別の問題としてとらえているという視点が、けっこう明智っぽくて興味深い。顔は船越さんなんだけどね……
・宝石商の岩瀬庄兵衛が読む犯行予告状の、「黒蜥蜴」という署名と紋章が画面に映るときに、今どきギャグアニメでも聴かないような中華ドラの「ぼわ~ん!!」という効果音が鳴り響くのが、視聴者の不安感をいやがおうにも高ぶらせてくれる。真剣に演じている大河内さんと白本さんの立場が……
・タイトルロールの前に、ステンドグラスから光の射しこむ教会の礼拝堂のような場所で、金銀財宝や動物の剥製、いかにもな球体関節人形たちに囲まれ、原作通りの「美青年の剥製」を見上げて恍惚とした笑みを浮かべる女賊・黒蜥蜴がさっそく登場! さすが、演じる黒木さんは還暦を超えているとは思えない美貌なのだが、同時に自分の愛するものに夢中になる幼さも持っている、ちょっと脇の甘そうな黒蜥蜴である。
・軽快なジャズのリズムに乗って始まる本作のタイトルロールなのだが、眼帯をしてナイフを持つ諏訪太朗さんがクレジットされた時点で、「あぁ、そういうドラマなのね。」と腹をくくらせてくれる親切設計なのがうれしい。肩の力ぬいて観ようか!
・本作のタイトルの字体が、ハサミで切り取ったようなおどろおどろしい形になっているのが、明らかに天知小五郎の「美女シリーズ」を意識しているようで面白い。調べてみたら、1962年の京マチ子版も、68年の丸山明宏版もタイトルの字体は違うんですよね。どれも違ってどれもいい!
・タイトルロールの終わった瞬間に見えるのが、「東洋のモナコ」こと静岡県熱海市に実在するホテル・ニューアカオなのが素晴らしい。タイアップロケ全盛の TVサスペンスドラマへのハンパないリスペクトがあふれてるぞ! でも……「昭和四十年頃の雰囲気と現代を織り交ぜた架空の時代」っていうか、もろリアルタイムの今なんじゃないの? ニューアカオは昭和四十八(1973)年開業なので四十年ごろにはないし……
・なんで庄兵衛の大事な仕事の商談に娘の早苗がいるんだ……と思ってたら、宝石を着けるモデルとして連れてきてんのか! 単なる親バカではなく、モデル社員を雇わずに家族で代用している庄兵衛のケチ臭い商魂が垣間見える。ま、そんなに美女だったら使いたくもなるでようけどね。
・細かいことを言うようで申し訳ないのだが、黒蜥蜴こと「緑川」夫人が紫色の着物を着ていて、対する早苗が「緑色」のワンピースを着ているという構図がなんだか非常に気になる。いや、別に意味はない偶然なのだろうが、せっかくどっちもステキな衣装なのだから、役の名前にも配慮した配色にしてほしいのですが……
・早い段階で明智探偵と対面する緑川夫人なのだが、本作では船越さんが意外と長身(181cm )だし、居合わせている大河内さん(178cm )と白本さん(170cm )よりも小柄な黒木さん(163cm )のこぢんまり感がチャーミングな方にはたらいている。この時点で出す必要はないのでいいのだが、大犯罪者らしいすごみが全然ないんですよね。ま、仮の姿なんだからまだいいけど。
・まともなセリフなど一言も発していないのだが、父親である庄兵衛にいいようにこき使われて「私(庄兵衛)の命の次に大事なもの」の座も大宝玉「エジプトの星」に奪われてしまっている早苗を演じる、白本さんの表情のかげりの演技がさすがである。いや~、今作でも嘆きの「ハ」の字まゆがいい味だしてるねぇ!! 22歳のみそらででっかい水玉のリボンをつけても許されるのは、白本さん級の美女の特権ですな!
・庄兵衛を囲む食後のコーヒーの席で、なにげなく出したアレキサンドライト「白夜の森」の話をエサに見事に緑川夫人にかまをかける明智探偵! この小ズルいやり口が実に明智らしい。こいつ、出会った瞬間に犯人の目星をつけやがったな!
・白本さんが美人であることには異議の申し立てようもないのだが、やはり物語の流れ上、黒蜥蜴にとりこにされる令嬢が黒蜥蜴よりも大柄というのは、ちと不思議な感じもする。黒木さんもそんなに小さいわけでもないはずなんですけどね……
・これは本作の内容自体からは切り離すべき話なのだが、本放送時にひっきりなしに流れる石破内閣の組閣人事のニュース速報と、CM でバンバン流れる船越さんと黒木さんが共演する本作向け特別仕様の「にしたんクリニック」コマーシャルがものすんごく気にさわる。まぁ、にしたんさんは「このドラマはこういう楽しみ方をしてください」というガイドなので甘受するしかないのだが……TV ドラマって、こういう雑味が入るもんなのよねぇ。のちにソフト商品で観るのとは全然違う印象になりますね。
・犯行予告時刻までサシで酒を飲む明智探偵と緑川夫人との会話が、いかにも同世代の名優同士の演技合戦という感じで魅せるものがある。距離感ちかいな~!
・「人間の闇です……僕は、その闇を暴くことに、たまらない愉悦を感じるんですよ。」という明智探偵のアブない告白に、「はぁ……」と眉をひそめて本気でドン引きする緑川夫人。いや~、本作の黒蜥蜴はほんとに等身大というか、かわいらしいですね。乱歩キャラらしくないな~。
・「僕に言わせれば、黒蜥蜴のやっていることなど、もう滑稽でしかない。どんなに美しいものを集めても、どんなに美しいものに囲まれても……人間本来のドス黒さは薄まりません。そうでしょう?」と、緑川夫人をあおりにあおりまくる明智探偵! う~む、今回の明智小五郎は、見た目は完全に船越さんなんだけど、中身はかなり仕上がってるぞ。いいね!
・寝ているはずの早苗がクッションとマネキン人形の首にすり替えられているというのも、天知小五郎シリーズへのオマージュだと思われる。ベタだな~! でも、そこがいい。でも、エジプトの星を守る庄兵衛はしょうがないとしても、犯罪者の一団が襲撃してくるかもしれない部屋で早苗がグースカ寝ているというのは、どんなもんなのだろうか。余裕ありすぎじゃありませんこと?
・黒蜥蜴のさしがねで早苗を誘拐しようとする雨宮をなんとか阻止する小林と文代の助手コンビだが、本作ではちょっとまぬけな小林と気丈で格闘術にも長けた文代という感じにキャラ分けがはっきりしているのが面白い。小林の方は天知小五郎シリーズでもコメディ要員な感じだったので伝統なのだが、文代がパワー系になっているのは、いかにも令和っぽいアレンジである。
・早苗に変装する黒蜥蜴の描写が精密な CG処理になっているのも令和っぽいのだが、だとすると、明智探偵は黒蜥蜴の変装を見抜けなかったということになってしまう。まぁ、あえて泳がせていたと言われればそこまでなのだが……あと、明智の前に現れた時に早苗(に変装した黒蜥蜴)がエロいバスローブを着ていたのも、紳士たる明智にガン見させず目をそらさせるための作戦だったのかもしれない。やるな黒蜥蜴! 男心をよくわかっとる。
・サスペンスドラマあるあるだと思うのだが、女優さんが男装すると体型がめちゃくちゃ貧相に見えることが多く、今回も黒木さんが扮する老紳士が枝みたいな手足の細さで思わず心配になってしまう。女優さんって大変なんだな!
・黒蜥蜴一味による岩瀬早苗誘拐未遂事件から一夜明けた、明智探偵事務所での明智・小林・文代の天知小五郎シリーズいらい伝統のダベりシーンなのだが、事務所の入っているビルの外観が、まんま東京都中央区日本橋茅場町にある実在の「第2井上ビル」である。このビルは関東大震災からの帝都復興計画の最中、昭和二(1927)年に建設されたコンクリート建築で、非常に貴重な歴史的建造物なのである。いかにも明智探偵事務所がありそうなビルでけっこうなのだが、「架空の時代」とかいう設定はどこへ……?
・黒蜥蜴の異常なまでの美術品収集への執着に興味を深めた明智は、小林助手に過去の黒蜥蜴の被害に遭った強奪品のリストアップを命じる。ここらへんから、明智が原作小説とは全く違うアプローチで黒蜥蜴の正体に迫ろうとする本作オリジナルの展開が始まってきて面白い。緑川夫人が来ていた和服の帯の産地(群馬の桐生織)から、黒蜥蜴のルーツを探ろうとするとは……いかにも、日本全国を駆け巡る旅情サスペンスドラマでキャリアを積んできた船越さんらしい捜査法である。やっるぅ!
・明智のいじわるなディスり発言が確実にボディにきいてきて、ついには自分のこしらえた美青年の剥製が動き出してののしってくるという幻覚にすら悩まされる黒蜥蜴。メンタル弱すぎでしょ!
・いや~、諏訪太朗さんが出てくるとほんとに安心するなぁ。しかも今回は、せむしでびっこをひいて顔半分はやけどで眼帯という、そうとうにデンジャラスなよくばりスタイルだ! バカバカしいな~、だが、そこがイイ!!
・人前では平静な様子を装っているが、明らかに常軌を逸した執念で明智への復讐計画を練る黒蜥蜴に、今までの彼女らしからぬ乱心を感じ取って浮かない顔をする松吉。ここらへんから、松吉が他の雨宮などの手下たちとは全く違う、黒蜥蜴にもっと親密な関係にある人物であることが垣間見えてくる。こういったあたりをセリフでなく諏訪太朗さんの無言の表情で暗示してくる演出が非常に素晴らしい。諏訪さんのポテンシャルをわかってる采配だね~!
・本作は船越&樋口ペアが初めてタッグを組む作品なので仕方がないのかも知れないが、明智と小林の会話がやや堅く、若干パワハラ気味のきつい口調で明智が小林に接しているのが気になる。ここはもうちょとコミカルな感じでもいいと思うのだが……少なくとも今作では、原作小説でただよってくるような倒錯気味なただれた関係なぞ微塵も感じられない、極めてドライな上司と部下の関係である。小林君、辞めないといいんだけど……
・黒蜥蜴に誘拐されかけたあたりから早苗を演じる白本さんの演技が徐々にオーバーになってきて、父・庄兵衛への屈折した感情もあいまって楳図かずおのマンガみたいな顔になっておびえるのが大げさすぎて面白い。白本さんも、わかってんね! それにしても、早苗(22歳)はでっかいリボン好きだな~!!
・ピアノを演奏するタッチが違うことに気づき、早苗の得意だったテニスの話題をエサに黒蜥蜴の変装を見破る明智。いやいや黒蜥蜴さん、また明智の口車に乗って正体ばれちゃってるよ……バカなの? それにしても早苗さん、もしかして通ってた中学校は「ゆめの風中学校」で、そこのテニス部で「お蝶夫人」とか呼ばれてブイブイ言わしてたときに、遠藤憲一さん率いる邪魔邪魔団の魔手に堕ちて怪人になってませんでした? あれからもう6年が経つのか……人に歴史あり!
・二度目の挑戦にしてついに早苗誘拐に成功した黒蜥蜴が、エジプトの星との交換に選んだ場所は、作中では「あおば湖西公園」と指定されているのだが、景観はまんま、神奈川県相模原市の相模湖である。熱海に相模湖と、本作はロケーションもなかなかレトロですばらしい。このこぢんまり感、あぁサスペンスドラマだな~って感じですね。
・唐突に挿入される、謎の少女が児童養護施設の前で同年代の子ども達に「トカゲ!トカゲ!」と呼ばれ忌み嫌われるセピア色の記憶。本作で最も独自力の強い「黒蜥蜴の過去」を象徴するシーンなのだが、少女を罵倒する3人の昭和っぽい恰好をした子ども達のうち、2人目のセーラーの冬服を着た女の子のはやし方が、両手を片方ずつテンポよく「 Yo!Yo!」みたいに突き出して指さすスタイルなので、戦後間もない日本の子どもにしておくには惜しすぎるリズム感覚の持ち主である。生まれるのが年号1、2コぶん早い!!
・ちなみに、現実世界の日本で保護者のいない子どもを主に擁護する施設に「児童養護施設」という名称が使われるようになったのは1998年の改正児童福祉法の施行からであり、それまでは戦前は「孤児院」、戦後は「養護施設」という名称が一般的であった。でもま、架空の時代なんだから、いっか。
・『黒蜥蜴』の映像化作品のご多分に漏れず、紫の着物、どピンクのワンピース、全身黄色コーデのセットアップ、純白のネグリジェと華麗な衣装の七変化を見せてくれる黒木蜥蜴なのだが、明智をとっつかまえたと勝ち誇るアジトでの気合の入った衣装がヒョウ柄のコート風シースルーワンピースなのは、トカゲとしてさていかがなものか。それともこれは、登場する連続殺人鬼の名前が「青蜥蜴」なのに作品のタイトルが思いッきり『夜の黒豹』になっている横溝正史先生へのオマージュなのか? 乱歩なのに!? いや、ここは私としては、船越小五郎シリーズの第2弾が、今まで一度も映像化されたことのない(舞台化はあるけど)、乱歩作品でもとびっきり不遇なあの異色すぎる長編になるゾという隠し予告メッセージであるという説を採りたい! 期待してますぞ!! 文代さん大活躍!!
・「人間ソファ」の中から聞こえる明智の声に勝利を確信し、ソファの上でキャハキャハいってはねたり、恍惚とした表情でソファにしなだれかかり「ねぇ、今どんな気分~?」と問いかけて悦に入る黒木蜥蜴還暦オーバー! この様子を早苗がどんな表情で観ていたのかが非常に気になる。なにやってんだ、こいつ……
・原作通りの展開で、ソファは黒蜥蜴団の手により海へと投棄される。でもシチュエーションが原作とは違うので、ピーカンの陽気の中でおだやかな波間にソファがぷかぷか浮かんでいる画がマヌケである。いや、そりゃ中に人がいたらほっときゃ死ぬんだろうけどさ、投げる前後にとどめとか刺さないの? 相手は明智だよ!? 優しいんだがずぼらなんだか……
・ソファを海に捨てた黒蜥蜴は、自分の心を見透かした唯一の男である明智を失った絶望感から自室で落涙する。そんな彼女に寄り添う松吉は優しくハンカチを渡すのだったが、そのとき屋敷中に鳴り響く非常ベルの音が。このシーンで、気を取り直して自室を出る黒蜥蜴の後に付き従う松吉が、一瞬背筋をぴんと伸ばして立ち上がりかけてから思い出したようにいつものせむしに戻る。ここの細かい仕草、遊び心がたっぷりでいいですね~! 原作を読んだことのある人だったらニヤリとする演出。いいぞ、諏訪太朗さん!
・本作の黒蜥蜴一味の構成は、黒蜥蜴、松吉、雨宮、手下3名(年長、新入り、料理番)の全6名のようである。あくまで黒蜥蜴のアジトに同居している人間の人数ではあるのだが、屋敷のデカさに対してかなり少ない違和感は残る。
・非常ベルを鳴らした犯人を捜して屋敷中を探し回る一味の中で、なぜかひとり早苗を開放して連れ出そうとする松吉。その正体は……? という展開が、まさしく天知小五郎シリーズの衣鉢を継ぐ本作の真骨頂といった感じなのだが、船越さんがつなぎを脱いで黒ずくめのスーツ姿に戻るとき、ちょっとだけ、つなぎが足元にまとわりついて時間がかかっているのが初々しい。まだまだだな~!
・あと、天知小五郎シリーズのテイストの復活を狙っているのならば、やはり「明智死亡!?」のくだりが、車の一台も爆発せずに悲しむ人間が出る暇もない忙しさでかなり淡白なのが、だいぶ物足りない。でも、「美女シリーズ」だって最初っからそういうパターンが定着していたわけでもないですからね。なんにしろ船越小五郎の第1作なんですから、寛大な心で楽しみましょう!
・ヅラだ! 諏訪太朗さんが回想シーンでヅラかぶってるぞ!! 加点6億点!!
・黒蜥蜴の美術品強盗の真の犯行目的は、黒蜥蜴の過去の秘密とともに本作オリジナルの新解釈なのだが、だとするのならば、礼拝堂の柱にこれ見よがしに貼り付けられていたちっちゃめのワニの剥製も、盗まれて心から悲しむ持ち主がいたのだろうか……いや、いても全然いいんだけどさ、もっと他になんかないの、命の次に大切な物がさ!?
・黒蜥蜴がふとももに隠し持っていたシルバーの上下二連装式小型拳銃は、あの峰不二子の愛銃のひとつとしても有名なレミントン・デリンジャーであると思われる。ベタだけど、そこはやっぱりデリンジャーですよね~。
・「すいません、抜いておきました……」も、明智小五郎を語る上で絶対にはずしてはならない特技中の特技である。ちゃんと映像化してますね、いいぞ~!
・クライマックスの大乱闘において、格闘能力のランクが明智・文代>雨宮>小林とはっきりしているのが面白い。文代さん強いな!
・エンドロール中の小林と文代との会話で、明智と小林は小林が少年だった頃からの付き合いであるが文代はその時期を知らないらしいということがわかる。少なくとも今回の黒蜥蜴事件ではほぼ手柄のない小林だったが、有能な文代よりも長く明智と組んでいる理由があるようだ……そこらへんは、是非とも第2作で明らかにしていただきたい! BS-TBS さま、なにとぞよろしくお願い致します!!
・ラストで明智が黒蜥蜴の幻影(?)とすれ違うのは、国重要文化財としても有名な神奈川県庁本庁舎の前である。昭和三(1928)年完成の、非常に画になる歴史的建造物なのだが、お役所の前で堂々と撮影できるなんて、やっぱ横浜はハイカラだずねぇ~。


 細かいメモはこんな感じで。それでは、まとめはまた次回に!
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ハリウッドへの名刺がわり? ヒッチコック第2のデビュー作 ~映画『海外特派員』~

2024年10月13日 13時19分19秒 | ふつうじゃない映画
映画『海外特派員』(1940年8月公開 120分 アメリカ)
 『海外特派員』(原題:Foreign Correspondent )は、アメリカ合衆国のサスペンス映画。アルフレッド=ヒッチコック監督のアメリカ・ハリウッドにおける2作目の作品である。

 1939年3月にアメリカに移住したヒッチコックは、翌4月からハリウッドの映画プロデューサー・デイヴィッド=O=セルズニックの映画会社セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズに所属した。1940年3月の『レベッカ』の完成後、セルズニックはしばらくプロデューサーとしての活動を停止し、契約した俳優や監督を他社に貸し出す方針をとったため、ヒッチコックも1944年まで他の映画会社に貸し出されて映画を制作することとなった。
 『海外特派員』は独立系映画プロデューサー・ウォルター=ウェンジャーの映画会社に出向して制作した作品で、1940年3月に脚本が完成し、同年夏まで撮影が行われたが、製作費はそれまでのヒッチコック作品の中で最高額の150万ドルとなった。本作は、第二次世界大戦の開戦直前のロンドンに派遣されたアメリカ人記者がナチスのスパイの政治的陰謀を突き止めるという物語であり、大戦への不安を抱いていたヒッチコックは、この作品であからさまにイギリスの参戦を支持し、エンディングではアメリカの孤立主義の撤回を求める戦争プロパガンダの要素を取り入れた。
 本作は同年8月にユナイテッド・アーティスツの配給で公開されると成功を収めたが、その一方でイギリスのメディアからは、祖国の戦争を助けるために帰国しようとせず、アメリカで無事安全に仕事を続ける逃亡者であると非難された。なお、実際に第二次世界大戦が開戦したのは本作公開の翌月の9月3日だった(イギリスとフランスによるナチス・ドイツへの宣戦布告)。
 第13回アカデミー賞の6部門にノミネートされた(作品賞、助演男優賞アルベルト=バッサーマン、脚本賞、撮影賞、美術賞、視覚効果賞)。

 オランダ人外交官ヴァン・メア卿を演じたドイツ人俳優アルベルト=バッサーマンは英語を全く話せなかったため、全てのセリフを音で覚えて演じた。
 新聞コラムニストのロバート=ベンチリーはステビンズ役を演じるにあたり、自分のセリフを自ら考えることを認められた。
 ヒッチコック監督は、本編開始12分35秒頃、ロンドンで主人公のハヴァーストックがヴァン・メア卿と初めて出会う場面で新聞を読みながら歩く通行人の役で出演している。
 日本では1976年9月に劇場公開されたが、それ以前にも TVでたびたび放映されていた。


あらすじ
 第二次世界大戦前夜の1939年8月中旬。ニューヨーク・モーニング・グローブ紙のパワーズ社長は、事件記者ジョン=ジョーンズに「ハントリー=ハヴァーストック」のペンネームを与え、ヨーロッパへの海外特派員としてイギリス・ロンドンに派遣した。
 ジョーンズの最初の任務は、昼食会でオランダの外交官ヴァン・メア卿にインタビューすることだった。ハヴァーストックはヴァン・メア卿とタクシーに相乗りして戦争が差し迫っている社会情勢について質問するが、ヴァン・メア卿は言葉を濁す。昼食会に出席するとハヴァーストックは、会議の手伝いをしていた、司会を務める万国平和党党首のスティーヴン=フィッシャーの娘キャロルに夢中になってしまう。フィッシャー党首は、講演する予定だったヴァン・メア卿が急用により欠席したと発表し、代わりにキャロルに講演をさせた。
 続いてパワーズ社長は、万国平和党の会議に出席するヴァン・メア卿を取材させるため、ハヴァーストックをオランダ・アムステルダムに急行させる。ハヴァーストックはヴァン・メア卿に挨拶をするが、なぜかヴァン・メア卿はハヴァーストックのことを憶えていない。すると突然、カメラマンを装った男が隠し持っていた拳銃でヴァン・メア卿を射殺してしまった!

おもなキャスティング
ジョン=ジョーンズ(ハントリー=ハヴァーストック)…… ジョエル=マクリー(34歳)
キャロル=フィッシャー   …… ラレイン=デイ(19歳)
スティーヴン=フィッシャー …… ハーバート=マーシャル(50歳)
スコット=フォリオット   …… ジョージ=サンダース(34歳)
ヴァン・メア卿       …… アルベルト=バッサーマン(72歳)
ステビンズ記者       …… ロバート=ベンチリー(50歳)
クルーグ大使        …… エドゥアルド=シャネリ(52歳)
殺し屋のローリー      …… エドマンド=グウェン(62歳)
パワーズ社長        …… ハリー=ダヴェンポート(74歳)

おもなスタッフ
監督 …… アルフレッド=ヒッチコック(41歳)
脚本 …… チャールズ=ベネット(41歳)、ジョーン=ハリソン(33歳)、ジェイムズ=ヒルトン(39歳)
製作 …… ウォルター=ウェンジャー(46歳)
音楽 …… アルフレッド=ニューマン(39歳)
撮影 …… ルドルフ=マテ(42歳)
編集 …… オットー=ラヴァーリング(?歳)、ドロシー=スペンサー(31歳)
製作 …… ウォルター=ウェンジャー・プロダクションズ
配給 …… ユナイテッド・アーティスツ


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