ウクライナ出身の起業家が立ち上げた新興企業、ZenGroup(ゼングループ、大阪市)が越境EC(電子商取引)で日本の商品を世界各国に広めている。ロシアによるウクライナ侵攻や新型コロナウイルスの感染拡大など危機に直面したが、4人の最高経営責任者(CEO)が乗り越えてきた。ベンチャーキャピタル(VC)から資金調達しない独自の資本政策をとりながら、世界に「日本」を売り込んでいる。
ゼングループのCEOは3人がウクライナ出身で、1人がロシア出身だ。日本の大学や大学院で同期だったつながりで、2014年に会社を設立した。CEOの一人、スロヴェイ・ヴィヤチェスラヴ氏はウクライナで生まれ、国立キーウ大学で日本語を学んでいた
同じCEOのソン・マルガリータ氏はロシア生まれで、富山大学や東京大学に留学するまでロシアに住んでいた。スロヴェイ氏の妻でもある。
ロシアへ出荷停止
売上高の9割以上を占めるのは、日本の通販サイトの商品を代理で購入し、海外の顧客に配送する越境ECサービスの「ゼンマーケット」だ。
そのなかでロシア向けの売上高は1億円程度だが、出荷数ベースでは全体の12%ほどを占めていた。だが22年2月、ロシアのウクライナ侵攻で状況は一変した。
「生まれてからこんなことは経験したことがない。キーウが攻撃されるなんて」。
スロヴェイ氏は大阪のオフィスでウクライナ侵攻のニュースを耳にした。侵攻によりロシアへの配送手段がなくなり、ロシアからの支払いもすぐに停止された。「ロシアへの出荷はゼロになった」(スロヴェイ氏)
ウクライナに住む従業員への対応にも奔走した。ゼンマーケットを通じて商品を購入した消費者への問い合わせに対応するカスタマーサポート(CS)を中心に、現地には20人近くの従業員がいた。停電で仕事にならない人や移住してしまった人もいた。
1年半が経った今でも、ロシアのウクライナ侵攻は続いている。スロヴェイ氏は「こんなに長期化するとは信じたくなかった」と肩を落とす。それでもウクライナ向けの出荷が侵攻開始時よりも増えるなど、事業への影響はやわらいできた。
ウクライナ侵攻にも動揺が少なかったのは、新型コロナウイルスの感染拡大という危機も乗り越え着実に業績を伸ばしていたからだ。
独自の配送網
配送を頼っていた業者が新型コロナで機能しなくなった後、ゼングループは独自の配送網の構築に動いた。例えば日本から香港まで配送する業者を見つけ、そこからさらにヨーロッパまで運送する業者を見つける。
ヨーロッパからは陸送するトラック業者を手配するといった具合だ。スロヴェイ氏は「物流は未知の世界だったが、自力で何とかすることができ、刺激になった」と振り返る。
自社で海外配送網を築いたことで、20年の夏以降は徐々に出荷量が回復した。21年6月期の売上高は72億円と過去最高となった。
その後も着実に収益を積み上げ、22年6月期に102億円、23年6月期に120億円と成長を続ける。24年6月期は前期比5割増の180億円を目指す。内部留保はせず新規事業やマーケティングに投資を続けているため少額だが、最終損益は黒字を続ける。
ゼングループの次の課題は事業の多角化だ。現在は売上高の9割以上がゼンマーケットと一つの事業に集中する。
新事業は4つある。1つ目は日本のお菓子などをボックスに詰め、海外の消費者に定期的に配送するサブスクの「ゼンポップ」だ。2つ目は小売事業者が出店するECサイト「ゼンプラス」で、3つ目は日本のブランドの海外展開を支援するコンサルティング事業「ゼンプロモ」だ。
23年にもスタートしたいと考えるのが航空・海運会社などから貨物スペースを仕入れ、荷主に提供するフォワーディング事業だ。独自の海外配送網を生かし、他社の荷物を海外に届ける。
例えば自社のECサイトを持っているが、海外の消費者への配送能力がない小売事業者の配送を肩代わりすれば、顧客を広げられる。
フォワーディングを含めた新規事業の成長で、約3年後に売上高に占めるゼンマーケットの比率を5割程度まで引き下げる考えだ。
「アニメや漫画など、日本のブランドが発信しているメッセージは強い。食品もユニークで、ファッションも電化製品もなんでもそろっている」とスロヴェイ氏は語る。世界の越境EC市場における日本の市場規模は5%程度とされるが、「20%のポテンシャルがある」と指摘する。
出荷量半減を経験
ゼングループ(大阪市)にとって、ロシアのウクライナ侵攻に加えて甚大な影響をもたらしたのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。その経験がゼングループを強くした。
これは危機的な瞬間だ――。2020年4月ごろ、大阪の倉庫に3000個もの大量の段ボールが運び込まれてきた。海外の消費者向けに配送したはずの商品が、関西空港から次々と戻ってきた。
配送を担っていた日本郵便は3月に中国向けの国際郵便物の一時引き受け停止を通告すると、4月には引き受け停止の地域や、遅延の地域が増えていった。
新型コロナ禍で一時、大阪の倉庫に大量の荷物が積み上がった
大阪の倉庫のキャパシティーには限りがある。出荷できない大量の荷物が邪魔になると、出荷が可能な地域に配送するための作業が滞りかねない。
そこで最高経営責任者(CEO)のスロヴェイ・ヴィヤチェスラヴ氏は共同創業者のナウモヴ・アンドリイ氏とともに倉庫を訪れ、昼夜を徹して荷物を積み直した。深夜1時まで段ボールを運び続けていた日もあった。
海外向けの配送が滞ったことで、20年4月の出荷量は半減した。消費者の需要が一時的に冷え込み、一部地域は配送受付停止、配送できても新型コロナの特別料金が上乗せされて配送費用がかさむという三重苦の状態だった。
スロヴェイ氏は会社のかじをとるため、社員を鼓舞した。ゼングループは出社が原則だが、4月からリモートワークに切り替えていた。
不安を募らせる社員に、社内のビジネスチャットツールで飛行機の機長をイメージしてメッセージを送った。「乗客の皆さん、ごきげんよう。ただいま乱気流による機体の揺れが生じているため、シートベルトを締めて、お席を立たないようにお願いします」
新型コロナで業績の見通しが一時的に危うくなったときも、ロシアがウクライナに侵攻したときも、4人のCEOの連携で乗り越えることができた。「経営しているとストレスもたまるので、対等に話し合える相手がいるのはありがたい」(スロヴェイ氏)と話す。
株式は同数保有
4人の関係は対等で株式も同数ずつ持ち合う「四頭体制」だ。これまで社外の第三者に株式を割り当てて増資したこともない。
意思決定は4人の合議で行う。4人ともいつも出社し、仕事する部屋も同じだ。「毎日朝から晩まで一緒で外食も一緒。土日も旅行することがあるので、いつでも取締役会みたいだ」(同)
4人の役割分担はできつつある。スロヴェイ氏が楽観的なタイプで、新事業に積極果敢に攻めようとするのに対し、他のCEOは慎重に事業が成立する前提条件を問いただす。スロヴェイ氏は「ブレーンストーミングをしても、4人だとアイデアが出る。1人が行き過ぎているときは他の3人が止めてくれる。システムとして成り立っている」と指摘する。
4人のCEOは交流し「いつでも取締役会だ」
ゼングループは創業から数年が経過した17年ごろ、ベンチャーキャピタル(VC)からの出資を検討していた時期がある。面談の際、投資家からは口々に「4人もCEOがいると分かりにくい。
1人に絞ってくれないと投資できない」と告げられた。スロヴェイ氏は「我々は1人になってしまうとシステムがバランスを失ってむしろ危ない」と判断。VCからの資金調達をあきらめるほど、共同CEOへの信頼が厚かった。
IPOより新事業
とはいえ、商品を代理購入するというゼンマーケットのビジネスモデル上、運転資金の確保は必要だ。そこで救いの手を差し伸べたのが三井住友銀行だった。
17年、創業わずか数年の新興企業に8000万円近くの融資に踏み切った。「最初に融資してくれたのはありがたかった」(同)と振り返る。
VCのファンドは一般的に10年間で期限を迎えるため、投資先には新規株式公開(IPO)やM&A(合併・買収)を通じた持ち株売却(エグジット)の機会を求めることになる。VCから出資を受けていないゼングループにはこうしたプレッシャーがかからず、リソースを新規事業や売り上げの増大に費やすことができる。
スロヴェイ氏は「IPOにフォーカスすることでKPI(重要業績評価指標)に縛られるよりも、気軽に新しいことを実験して、いろいろと挑戦できるような環境に身を置きたい」と話す。国際情勢の先行きが依然不透明なだけに、ゼングループの挑戦はまだまだ続く。
(仲井成志)
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