H3ロケットには機械、化学、素材、電機などの日本の技術が結集している
日本の新型基幹ロケット「H3」が17日、打ち上げに成功した。2023年3月の初号機での打ち上げ失敗を乗り越えて軌道に到達し、人工衛星も投入した。
成功を支えたのが日本の部品・素材メーカーだ。安全保障とも密接にかかわるロケット技術を国内で維持・向上していく必要がある。H3をテコにした日本の宇宙産業の底上げが課題となる。
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H3の打ち上げから5分3秒後、第1段エンジンが分離された。この分離を支えたバネを開発したのは、東海バネ工業(大阪市)だ。
ロケットは打ち上げ時に激しく振動し、低温から高温まで温度の変化幅が大きい。通常の部品の品質では不具合を起こしかねない。過酷な環境でも耐えられる材質や加工技術を開発し「宇宙品質」に磨きをかけてきた。
技術の極みに挑戦 あえて難路を選ぶ
東海バネ工業の担当者は「量産品であるバネの業界で、あえて他社が避ける注文を選んできた」と話す。自動車や家電向けの大量生産のバネでは勝負が難しい。
競合と技術力で差異化し、技術者のモチベーションを引き出すため、難度の高いロケット向けに挑む。
ヤマザキアクティブ(長野県坂城町)は珍しい形状のネジでゆるみにくい仕組みを実現した。六角の部分の下がドーム状に広がり空間が設けられている。
振動や衝撃が発生した場合でもドームの部分がバネの効果で元に戻り、ゆるみにくい構造になっている。
あらゆる機械に使われているバネやネジに象徴されるように、H3は日本の機械、素材、化学、電機などの技術が高度に擦り合わされた結晶だ。
軽量さと強靱(きょうじん)さが求められるロケットに素材を供給するのが東レだ。強みの炭素繊維は固体燃料の格納容器や燃焼室にあたる「モーターケース」に、さらに人工衛星を収納する「フェアリング」にも炭素繊維と樹脂の複合材シートを供給している。
UACJ鋳鍛(東京・千代田)は栃木県小山市に持つ鋳鍛工場で1万5000トンの国内最大級のプレスを使い、ロケットの構造体用の大型のアルミ材を鍛造する。
電機の分野では、日本航空電子工業がロケットを軌道に乗せるために方位や姿勢を測る慣性センサーユニットを手掛ける。
物体の回転速度を測るジャイロに必要な電源と回路を一体化して部品の体積を半分程度にし、演算部やセンサーを二重にして信頼性を高めた。
NECスペーステクノロジー(東京都府中市)は、温度や圧力などのデータを地上局に送る「テレメトリー送信機」を担う。
エンジン部品、成否を左右
「魔物が潜む」といわれるエンジンには、打ち上げの命運がかかる部品が多く詰め込まれている。
イーグル工業は気体や液体の漏れを防ぐ金属やカーボンなどでできた「シール」を手がける。H3でもエンジン内で水素と酸素が混ざらないようにするために製品を供給している。万一混ざれば爆発につながることもある。
シールは自動車のエンジンなどにも使われるが、航空宇宙向けは高精度で、複雑な加工を求められる。H3に使うシールはカーボンに回転する金属を押し当てる仕組みだ。
今後再使用ロケットが普及すればシールの耐久性向上が必要になる。現在はわずかに浮かせながら回転する仕組みを研究し、対応を図っている。
エンジンには配管や燃料タンクから生じる金属片が侵入してトラブルが発生する危険がある。ニチダイフィルタ(京都府宇治田原町)では、異物侵入を防ぐフィルターを製造している。
最大でH2Aの2倍の575トンと大型なH3では、フィルターでも従来の2倍と大きくする必要があった。ひずみが生じやすくなり、わずかな隙間から異物が侵入するため、真空度の高い状態で加熱・加圧する「拡散接合」という技術で克服した。
H3は1回あたりの打ち上げ費用を50億円と、H2Aの半分にする計画だ。「コストは設計次第」と語るのは中央エンジニアリング(東京・千代田)の防衛・宇宙技術部長、中村勝彦氏だ。H3の部品製造では3Dプリンターの活用が注目されている。複雑な構造の部品に使うことで製造コストを抑えられる。
中央エンジニアリングはロケットエンジンのバルブや配管に3Dプリンターを導入するのに一役買った。「一つとして同じエンジンはない」(中村氏)。
3号機以降でも改善を繰り返して国際競争力を高める考えだ。
ロケット供給網、宇宙ビジネスや安保の基盤
日本政策投資銀行によると、先代の基幹ロケット「H2A」では中小企業まで含めると約1000社の供給網が形成されていた。
高度な技術が求められる宇宙関連機器だが、多品種少量で採算の確保が難しく収益面の果実が小さい。
実際、日本の宇宙機器産業は低空飛行が続いている。日本航空宇宙工業会(東京・港)によると、飛翔(ひしょう)体・地上装置・ソフトウエアを合わせた宇宙関連事業の売上高は22年度に1991年度比で14%増の3032億円(予測値)にとどまる。30年以上、ほとんど成長していない。
停滞する日本を尻目に世界の宇宙機器産業は高成長を続けている。米モルガン・スタンレー・リサーチは、世界の宇宙機器(衛星打ち上げ、衛星製造、地上基地)の市場規模は40年に2321億ドル(約35兆円)と、17年比66%増になると予測する。
製品開発に多額の投資を要し、多品種少量で収益につなげづらい宇宙機器の構造は世界共通だ。米国や中国などは政府が宇宙開発に巨額の予算を付けて、民間の事業を下支えしている。
日本政府の宇宙関係の予算は24年度に8945億円と、10年前の3倍弱に増えたが、米中には大きく見劣りする。独調査会社スタティスタによると、22年に米国は日本の約13倍、中国は2.4倍の予算を充てている。新興勢のインドは日本の4割程度だが拡大のペースは日本よりも速い。
米航空宇宙局(NASA)は多額の予算を投じて、民間企業の技術力を
育成・強化して宇宙開発の国際競争力を高めている=AP
ロケット技術は今後、拡大が見込まれる惑星探査や人工衛星などのビジネスだけでなく、防衛通信や災害観測衛星を充実させるための基盤となる。
自前でロケットをつくり上げる供給網の維持・向上は、安全保障にも直結する。
H3に部品を供給するサプライヤー幹部は「今後打ち上げ頻度が高まれば量産ラインをつくれるかもしれないが現状では難しい。特殊な部品の会社はやはり国などの支援が必要」と話す。
H3は安定して年間6回の打ち上げを実現する目標を掲げる。日本政府は2月上旬、30年代前半に年30件とロケット打ち上げ能力を大幅に高める新たな目標を示した。部品や素材メーカーの量産体制の整備を支援する。
米国の宇宙産業では民間の産業活動に政府が一定の保証をしており、民間の宇宙産業が成長しやすい環境を整えている。
H3の成功で世界のロケット打ち上げ競争の土俵に日本は復帰を果たした。次は宇宙機器の供給網でも世界水準の強化策を官民で打ち出す必要がある。
(茂野新太、小西夕香)
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