ベッセント氏㊨がトランプ次期米政権でどれだけ影響力を発揮できるかに市場は関心(8月、ノースカロライナ州)=AP
【ニューヨーク=斉藤雄太】
トランプ次期米大統領が財務長官に投資家のスコット・ベッセント氏を指名し、25日の米金融市場では金利低下と株高が進んだ。
中期的な財政赤字の縮小を訴える同氏の登用で、財政悪化による金利上昇を回避できるとの期待が出ている。トランプ氏が望む株高につながる政策への思惑も浮かぶ一方、ドル高是正にどこまで踏み込むかが焦点になる。
22日夜のベッセント氏の財務長官指名から週末をまたいだ25日の米債券市場では、中長期の国債利回りが軒並み低下した。長期金利の指標になる10年物国債利回りは一時4.26%台と前週末から0.15%ほど下がり、約3週間ぶりの低水準になった。
米金利「5%超え」阻止の見方
米金利の低下を基点にドルは主要通貨に対して売られ、米株は買いが先行した。ニューヨーク外国為替市場で対ドルの円相場は一時1ドル=153円台半ばまで上昇し、前週末比で1円以上の円高・ドル安進行となった。
株式市場ではダウ工業株30種平均の上げ幅が500ドルを超える場面があり、終値は最高値を更新した。
米財務長官の主な役割の1つは、財政運営の根幹として、10月時点の発行残高が28兆ドル(約4300兆円)と世界最大の金融商品でもある米国債市場を管理することだ。
米メディアによると、ベッセント氏は国内総生産(GDP)比の米財政赤字を足元の6%台から2028年までに3%に縮小するようトランプ氏に進言している。市場では財政規律を重視する「財政タカ派」(ドイツ銀行)との見方があり、この日の国債買いにつながった。
米長期金利はここ2カ月ほど、トランプ氏の減税延長・拡大などの経済政策を織り込む形で急ピッチで上昇していた。15日には一時4.5%台を付け、9月半ばから0.9%高くなっていた。こうした金利上昇の流れにいったん歯止めがかかった形だ。
調査会社ローゼンバーグ・リサーチのデビッド・ローゼンバーグ氏は「ベッセント氏は穏健派とみられ、米国の経済政策が深い未知の領域に向かっているという投資家の懸念は和らいだ」と指摘する。
ベッセント氏と旧知の日本のヘッジファンド運用者も「市場の考えを熟知する」という同氏の選出に安心感を覚えた一人だ。
「インフレ再燃や財政悪化のリスクで米長期金利が5〜6%を目指せば、確実に株価の重荷になる。ベッセント氏は金利を4%台に抑えることを意識して政策を運営するのではないか」と読む。
米金融業界で長くキャリアを積み、財務長官に転じるのはいずれもゴールドマン・サックス出身のルービン氏(クリントン政権)、ポールソン氏(ブッシュ政権)、ムニューシン氏(トランプ前政権)に続く動きだ。
ただ1990年代前半から著名投資家ジョージ・ソロス氏のヘッジファンドで運用経験を積み、その後に自身の投資会社を経営するなど、ほぼ「バイサイド(投資家側)一筋」の財務長官はベッセント氏が初めてだ。
大統領選でトランプ氏が勝利した後、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に寄稿したベッセント氏はトランプ氏の経済政策を連名の書簡で批判していた計23人のノーベル経済学賞受賞者に反論した。
選挙後に株高やドル高で反応したことを踏まえ、市場はトランプ氏を高く評価していると主張した。
トランプ氏は前政権時代から経済の好調ぶりを測る尺度の1つとして株価に言及することが多い。市場ではベッセント氏が歩調を合わせて株価に配慮した政策運営を進めることへの期待感がある。
「ドル高是正」の対応焦点
市場では通貨政策も担うベッセント氏のドルの「相場観」にも関心が向かう。
同氏は10月、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に「米国が優れた経済政策を進めれば自然とドル高になるだろう」と語った。人為的なドル安誘導には慎重と取れる発言だ。25日公開のWSJの同氏のインタビューに基づく記事でも「世界の基軸通貨としてのドルの地位を維持する」と述べている。
トランプ氏もドル基軸は維持する意向をかねて示している。ただ、米製造業の輸出競争力をそぎかねないドル高には否定的で、選挙戦では円安や人民元安を批判する場面があった。
経済政策の主導権争いも
ベッセント氏は選挙戦の段階からトランプ氏勝利時の財務長官候補として浮上していた。だが選考過程では最終的に商務長官に指名された実業家のハワード・ラトニック氏や、同氏を財務長官に推した起業家のイーロン・マスク氏との溝も浮き彫りになった。
市場では人事抗争で生じた対立が尾を引かないかを不安視する向きもある。
関係者によると、ベッセント氏は安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」で進んだ円安に賭け、巨額の利益を得るなど日本との接点もある。
13〜18年ごろは年に複数回来日し、官民のアベノミクスを担ったメンバーと交流する場があったようだ。ベッセント氏が通貨を含む経済政策面で日米関係の要になる可能性もある。
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ベッセント氏による「3・3・3の経済政策」推奨、中でも28年(事実上のトランプ2.0最終年)までに財政赤字をGDP比3%に減らすよう主張してきた点は、「トランプ減税」延長・拡充などで財政赤字が一段と膨らむことが危惧されてきただけに、米債券市場に一定の安心感をもたらした。
25日は東京市場の取引時間帯から米国債が買い進まれ、米国市場で10年債利回りは一時4.26%(前日比▲0.14%ポイント)まで急低下した。
ここまでは、市場からの前倒しの「ご祝儀」と言えそうである。
問題は、実際にベッセント氏の思い通りになるかどうか。政権内での発言力に加え、歳出抑制、経済成長による税収増の実現性などが問われてくる。