貸金庫での窃盗事件について記者会見で頭を下げる三菱UFJ銀行の半沢淳一頭取(左から2人目)ら(16日、東京都千代田区)
金融業界を舞台とした不祥事が相次いでいる。重要情報を入手しうる中枢部門の職員が関わるインサイダー取引、貸金庫からの窃盗、そして強盗殺人未遂事件――。
背景には昭和時代から続く組織体質の死角を突かれ、環境変化に追いついていない現実が浮かび上がる。ビジネスモデルの根幹である信頼が揺らぎ、個人犯罪と割り切れなくなってきた。
12月16日、40歳代の支店長代理だった元行員が貸金庫から時価十数億円を盗んでいた事案を受け、三菱UFJ銀行の半沢淳一頭取が開いた謝罪記者会見。一つだけ不自然なやりとりに終始したテーマがあった。
「顧客から申告はなかったのか」という記者の質問に対する答えだった。「顧客本人から貸金庫を確認したいという申し出があったが、(元行員が)『忘れ物がありました』と言って無事に終わらせ発覚を遅らせる行為が数件あった」(向井理人・執行役員カスタマーサービス推進部長)
三菱UFJ銀行は最後まで「忘れ物とは何か」を明示しなかった。明示できなかったという方が正しいかもしれない。
「忘れ物」は「現金」を指す。全国銀行協会がひな型をつくる貸金庫規定は現金を対象外にしており、不正常な取引にあたるためだ。
4年半もの間、発覚を免れてきた核心部分がこの「忘れ物」を巡るやりとりに含まれている。
複数の関係者によると、被害のあった100程度の貸金庫のうち多数に現金が格納されていた。銀行員は顧客が貸金庫に物を保管する際に立ち会わないルールとなっており、現金の存在に気づいていなかった。
これが窃盗を可能にする土壌となった。元行員は顧客の来訪時期を精密に記録し、行動パターンを正確に把握していたとみられる。
どこに現金があるか把握し、他の銀行員の目を逃れながら巨額の資金を金庫間で移し替えて発覚を逃れていたと推察できる。
企業の資金繰り表を作ったりする銀行員なら誰でもできる芸当だが、それでも詰めが甘く、発覚しそうになった際に繰り出したのが「忘れ物発言」の意味だ。
今回の被害額を60人で割れば、1人2000万円超。三菱UFJ銀行は全国300拠点で約13万人と契約していた。3種類の貸金庫のスペースから計算すると1庫当たり3000万〜7000万円程度の現金を収容できる。仮に半分の7万人が現金を1000万円ずつ預けていたとしても、三菱UFJ銀行全体で7千億円のお金が眠っている計算だ。
まさにここがパンドラの箱となっている。
一つは銀行法との関係だ。付随業務として貸金庫を認めているが、あくまで「有価証券、貴金属その他の物品の保管」。ここに現金が書かれていないのは「預金」となってしまうからだ。
貸金庫は預金口座を持つ人が対象で、もともと現金を格納すると想像していなかった。「相続税の隠し場所に使われるケースは少なくない」(金融に詳しい弁護士)。
三菱UFJ銀行の場合、年間利用料が1.5万〜3万円と安価で、一般市民の脱税に悪用されていないと言い切るのは難しい。
犯罪収益移転防止法との関係も難しいテーマだ。マネーロンダリング(資金洗浄)につながる犯罪資金の隠し場所として使われていれば、弁明できなくなってしまうからだ。
「だまし取った約束手形を換金し、その現金の一部を親族が契約した銀行の貸金庫に保管した」。
国家公安委員会が毎年発刊する「犯罪収益移転危険度調査書」は、貸金庫が過去に犯罪で使われたケースを示している。
実際、政治家が警察の捜査を受けて地方銀行の貸金庫に裏金が隠匿されていたことが判明した事件もある。
三菱UFJ銀行の場合、貸金庫の出し入れをのぞくことができる監視カメラも設置していなかったので、出し入れしても銀行が知る術はない。内部管理体制に不備がある実態がつまびらかになれば、銀行の管理責任と背中合わせになってしまう。
金融庁は12月16日、長官名で三菱UFJ銀行に報告徴求命令を出した。そこには25年1月16日までに報告を求める3つの事項が記載されていたが、肝心要の「内容物の確認」は入っていなかった。金
融庁幹部は「一言で言えば『管理体制』を見ることだ」と解説するが、公権力を使ってパンドラの箱を開けるつもりはないという意思表示が透けて見える。
とはいえ、ブランドが大きく傷ついた代償は見過ごせない。昭和時代のビジネスモデルを時代や環境、特性に応じてゼロベースで見直してこなかったツケでもある。
「自宅の狭い日本では火事や窃盗のリスクを考えれば、銀行の貸金庫に預けた方が安全」と擁護する声もあるが、「金融犯罪の温床に使われる最後の聖域」と言う弁護士もいる。
「大きな声では言えないが、いつまでこんなリスクを抱え続けるつもりなのか……」。金融庁の別の幹部が漏らした本音は、一個人の犯罪と割り切れない奥深さを映し出している。
本音と建前が同居する世界をいつまで続けるつもりなのか。対症療法では解決できない難しさがある。
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日経記事2024.12.20より引用