トランプ次期米大統領が認めた「つなぎ法案」も米議会を通過できず、調整は難航している=ロイター
【ワシントン=高見浩輔】
米国の政府機関が閉鎖に追い込まれる可能性が再び高まっている。予算執行を続けるための「つなぎ予算」の期限は12月20日夜に迫るが、米連邦議会下院は19日夜、延長法案を否決した。
議会指導部の与野党合意がトランプ次期米大統領らによる介入で翻り、混乱が続いている。
- 【関連記事】米下院、つなぎ予算案を否決 政府閉鎖の懸念強まる
米議会は2025会計年度(24年10月〜25年9月)の予算案を策定できておらず、10月からつなぎ予算で前年度並みの予算執行を確保している。議会指導部は17日、これを25年3月14日まで延長することで合意した。
国民生活に影響の出る政府閉鎖は、政治の責任論に発展する。一方で妥協が早すぎれば相手に有利な内容の法案となり、党内から批判が出る。このため米議会では期限直前まで与野党が盛り込みたい予算措置を巡って攻防を繰り広げる「チキンゲーム」が常態化している。
今回は議員らがクリスマス休暇前の早期決着を目指したが、それが裏目に出た。次期政権で政府効率化省(DOGE)を率いる起業家のイーロン・マスク氏がX(旧ツイッター)への大量投稿で民主党寄りの内容に批判を展開し、党内で批判が強まった。
18日午後にはトランプ氏がSNSで、法案への賛成は「我が国への裏切り行為だ」と反対を表明し、合意はほごにされた。米保守系テレビ局フォックスは多くの議員が18日夜の時点で「政府閉鎖になる可能性は高く、クリスマスまで続く可能性があると認識している」と報じている。
背景に下院議長の更迭論
つなぎ予算案の調整は共和の下院トップ、ジョンソン下院議長の判断に委ねられる部分が大きい。与野党の指導部が再び合意できれば、共和の保守強硬派から反対票が投じられても賛成多数で法案は可決するためだ。
11月の選挙の結果を反映した新たな議会は25年1月から始まる。いまはまだ上院を民主、下院を共和が過半数を握る「ねじれ議会」だ。トランプ氏はまだ民間人の立場で、議会を通過した法案を署名して成立させるのはバイデン大統領となる。
今回、与野党合意がひっくり返ったのは、ジョンソン氏が党内強硬派による「更迭論」を無視できなくなったためだ。新議会は1月3日に下院議長の続投を採決する。
新議会の下院でも共和の優位は僅差で、保守強硬派の一部が反対すれば更迭が実現する。米フォックスは議長の再選に反対票を検討する共和議員らの声を報じていた。
共和党のジョンソン下院議長は党内の保守強硬派から批判を受けている=AP
ジョンソン氏の前任にあたるマッカーシー前下院議長はつなぎ予算の与野党合意などで批判され、23年10月に党内の保守強硬派の主導で解任された。
下院議長の解任は史上初だった。その後は議長のなり手が見つからずに議会が空転し、ジョンソン氏に白羽の矢が立った経緯がある。
そのジョンソン氏にも党内の保守強硬派の不満がたまりつつあった。9月に成立した1回目のつなぎ予算では、トランプ氏の反対を押し切って与野党合意を進めた。
トランプ氏は当時、大統領選を控えて有権者登録の際のチェックを厳しくする法案を合わせて通すよう要求し、政府閉鎖もやむなしと主張していた。
今回の法案は1500ページ以上あり、議員らが法案を読み込む時間的な余裕も少なかった。
マスク氏の批判投稿で注目が高まり、法案のなかに民主側の要望が多く含まれることが相次ぎ判明して保守派の不満は一気に強まった。
トランプ氏は債務上限の解決要求
トランプ氏は政府閉鎖回避の条件として、民主が盛り込んだ個別事業の予算措置の撤廃に加え、法案とは無関係の政府債務の法定上限の引き上げ・撤廃を要求した。
政府債務上限はトランプ次期政権の「アキレス腱(けん)」になると目されていた。債務上限は25年1月から効力が復活するため、米国債の元利払いができなくなる同年半ばごろまでに引き上げなければ、史上初の債務不履行(デフォルト)に陥る。
共和の議員らはバイデン政権が23年に上限を引き上げようとした際に強硬に反対したが、今度は攻守が入れ替わる。トランプ氏の公約は減税など財政悪化につながるものが多く、大幅な引き上げが必要だ。
引き上げ法案には党内調整が必須で、年度に原則1回しか使えない財政調整措置と呼ばれる手法で議会を通過させる必要もある。
トランプ氏は18日のSNSで、債務上限の引き上げや撤廃をバイデン政権のうちに実施すべきだと主張した。同日の米NBCテレビとの電話インタビューでも完全な撤廃が「議会が成し得る最も賢明なことだ」と述べた。
民主側は反発しているが、中には意外な反応も出ていた。急進左派のウォーレン上院議員は19日朝、Xで「トランプ氏の意見に同意する」と表明した。「債務上限を撤廃し、二度と『人質』をとるようなやり方をすべきではない」と説明した。
債務上限は国内総生産(GDP)比ではなく実額で法律に規定される。このため経済成長や物価上昇によって常に引き上げ続けなければならない。
バイデン政権は23年5月に「上限に近づくだけでも(債務不履行のリスクによって)金融市場に大きな混乱が生じ、家計や企業が直面する経済状況に悪影響を及ぼす」と危険性を強調していた。
政府閉鎖、短期間なら影響軽微に
ジョンソン氏は19日午後、民主の要望を削ってスリムにしたうえで、債務上限の無効化を27年1月30日まで延長することを盛り込んだ新たな案を提示し、下院での採決に臨んだ。
トランプ氏はSNSへの投稿で、法案を高く評価して「今夜、すべての共和議員、さらには民主議員も賛成票を投じる必要がある!」と述べた。
ところが採決は共和の強硬派からも反対票が投じられて否決された。引っかかったのは皮肉にもトランプ氏が押し込んだ債務上限問題だ。
これまで財政規律の回復を声高に訴えてきた保守強硬派のチップ・ロイ下院議員は採決前、議場で「法案のページ数が短くなったと自画自賛し、5兆ドルも債務を増加させるというのは馬鹿げている」と身内に食ってかかった。
下院の過半数を握り、次期大統領からの支持を得ながらも、法案を通せなかったジョンソン氏はさらなる求心力の低下に直面する。
今後の調整も失敗した場合、米政府は21日午前0時1分から予算が失効することになる。21〜22日は土日のため影響は軽微にとどまるが、長期化すれば低所得層向けの食料支援や災害対策の基金が枯渇するなど、深刻な影響が広がる。
2000年以降の政府閉鎖は、13年と18〜19年に起きた。後者はトランプ政権で、歴代最長となる5週間に及んだ。
米議会予算局(CBO)は政府支出の遅れで18年10〜12月期のGDPが全体の0.1%程度、19年1〜3月期に0.2%程度押し下げられたと試算する。
警察や空港業務、郵便、ビザの発給など日常生活に必要不可欠な機能が止まるわけではない。ただホワイトハウスは「過去のケースでは空港での待ち時間が長くなった」と指摘した。
クリスマス休暇の旅行などに影響が出る懸念もある。