日米中銀が2024年最後の金融政策決定会合を終えた。
米国は利下げ、日本は金利据え置きという結果は市場予想通りだったものの、外国為替市場では円売り・ドル買いの勢いが増す。
日銀の植田和男総裁の記者会見中に円が急落した様子からは1ドル=160円台をつけた4月の記憶がよみがえる。
「これまでは1ドル=160円がレンジの下限だとみていたが、そうではなくなってしまったなという印象。(160円は)通過点になる可能性が出てきた」。
三井住友銀行市場営業部為替トレーディンググループで為替ディーラーを務める納谷巧グループ長は静かに円相場の空気感の変化を感じ取った。
20日の外国為替市場で円相場は一時1ドル=157円90銭台と7月中旬以来5カ月ぶりの円安・ドル高水準まで下落した。
8月に投機筋が低金利の円を調達して高金利通貨で運用する「円キャリー取引」を一斉に解消し、急速な円高・ドル安が進んで以降の最安値だ。
米連邦準備理事会(FRB)は18日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.25%の利下げを決めた。
日銀は19日まで開いた金融政策決定会合で政策金利を据え置いたが、日米の金利差自体は縮小した。
利下げは通常その国の通貨安の材料となるのに、なぜドルが上昇して円が下落したのか。
金融政策決定会合後、記者会見する日銀の植田総裁(19日、日銀本店)
今回の円安進行は2人の中銀トップ会見が生み出した合わせ技に見える。先に会見を開いたのはFRBのパウエル議長だ。
パウエル氏は18日の記者会見で「(利下げの)プロセスは新たな段階に入った」と明言し、今後の利下げは慎重に進めていく姿勢を示した。
同日にFRBが発表したFOMC参加者の政策金利見通し(ドットチャート)では、25年の利下げは0.25%が2回になると示唆した。
FRBが年4回公表する政策・経済見通しに含まれるもので、前回9月時点の4回という予想から半減。市場はタカ派と受け止め、ドル指数は2年ぶりの高値をつけた。
市場からは米利下げ局面の終了を警戒する声も上がる。ふくおかフィナンシャルグループの佐々木融チーフ・ストラテジストは「今回のFOMCが利下げ終了や先々の利上げが意識されるきっかけになった可能性がある」と指摘する。
このドル高・円安を「円安・ドル高」に変えたのが、パウエル氏の会見から11時間後にあった日銀の植田和男総裁の記者会見だ。
キーワードになったのが「もうワンノッチ(1段階)ほしい」。植田氏が利上げ判断に至るまでに米トランプ次期政権の政策の影響や春季労使交渉(春闘)に向けたモメンタム(機運)など今後の賃金の動向を見極めたい考えを強調した際に出た言葉だった。
25年1月の追加利上げもないのではないか――。植田総裁の追加利上げへの慎重さを感じ取ったヘッジファンドなどが円売りに動いた。
植田総裁の会見が始まる直前に1ドル=155円台で推移していた対ドルの円相場は会見後の午後5時には157円台まで下落。ソニーフィナンシャルグループの尾河真樹チーフアナリストは「日米金利差がこれまで織り込んでいたよりも縮まらないとの見方から円売り・ドル買いの動きが加速した」と分析する。
この状況には既視感がある。日銀の植田総裁は4月26日、金融政策決定会合後の記者会見で、円安について「足元の基調的な物価上昇率への大きな影響はない」と発言した。
影響について現時点で無視できる範囲にあるかとの問いに対しても「はい」と肯定。日銀は積極的には円安に対応しないと受け止められ、日本が祝日にあたる4月29日の海外市場で円売りをしかけられ、1ドル=160円台をつけた経緯がある。このときは政府・日銀は6兆円弱を投入する円買い介入を余儀なくされた。
4月はゴールデンウイークだったが、今回は年末年始と市場参加者が休暇に入って流動性が減るタイミングである点が共通する。
野村証券の後藤祐二朗チーフ為替ストラテジストは「当局の反応をにらみつつ、流動性が薄い中で年始にかけて再び1ドル=160円を探る展開も十分考えられる」とみる。
20日には加藤勝信財務相が閣議後の会見で「足元で一方的、急激な動きがみられる」と指摘し「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映し、安定推移が重要」と述べた。口先介入で円相場は対ドルで157円前後まで押し戻された。
ただ口先介入には限界がある。りそな銀行で為替ディーラーを務める広兼千晶クライアントマネージャーは「市場では160円を超えるまでは当局も介入してこないと見て円売り圧力が強まっている」と指摘する。売りやすくなった円に通貨当局が神経をとがらせる年の瀬を迎える。
(神山美輝、生田弦己)
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