日本製鉄は21日、定時株主総会を開いた。2兆円規模で米鉄鋼大手USスチールの買収を計画するが、バイデン米大統領が慎重な姿勢を示すなど完了までの道のりは不透明のまま。
総会に参加した株主からは買収計画について懸念の声も聞かれた。一方、日鉄幹部は勝負どころは大統領選後とみる。膠着状態が続くが、従業員や地元関係者との対話などで買収機運を醸成する。
「企業文化の異なる会社を買収して業績を上げられるのか」。東京都千代田区のホテルで開いた総会では株主からUSスチール買収の効果を問う質問があった。
買収責任者の森高弘副会長兼副社長は「我々も当初は問題が出ないかを考えた。ただ何度も訪問し我々の技術を入れれば乗り越えられると考えた」と答えた。
日鉄は総会でUSスチールについて、高炉と電炉という2つの種類の製鉄工程を持つ上、鉱山権益も保有しており、さらに強固な顧客基盤とブランド価値があると説明。
橋本英二会長兼最高経営責任者(CEO)も「世界一の鉄鋼メーカーになるにはどうしても米国で事業をやる必要がある」と強調した。
総会に訪れた株主からは「(米国側に)買収阻止されるという話もあるが、日鉄経営陣には頑張ってもらいたい」「本当に買収が完了できるのかが不安だ」などという声も聞かれた。
総会は前年より25分長い1時間37分で終了し、690人の株主が参加した。USスチール関連に加えて脱炭素の展望を問う質問など計10問の質問があった。
日鉄のUSスチール買収計画は膠着状態にある。2023年12月に計画を発表し、24年4月にはUSスチール株主から買収の賛同を得た。
対米外国投資委員会(CFIUS)と米司法省の審査が通れば買収は成立するが、当局の審査は長引いているうえ、全米鉄鋼労働組合(USW)の幹部が反対している。
「大統領選後、落ち着いた議論」
USWの反対はバイデン米大統領による買収への慎重姿勢の表明にもつながった。
トランプ前大統領が買収に反対することで労組票の獲得を狙っており、バイデン氏としても支持基盤の労組への配慮が必要なためだ。こうした大統領の意向が米当局の審査の長期化と関係しているとの指摘もある。
裏を返すとUSWが存在感を発揮できるのは11月の大統領選までとも言える。
森氏は「大統領選が終われば政治性はなくなるので、落ち着いた議論ができる可能性がある」と話す。
別の日鉄幹部も「どちらの候補者が大統領になっても、選挙後には米国への大型投資を冷静に捉えるのではないか」とみている。買収が動き出すのは大統領選後と備える。
日鉄とUSスチールは24年末までの買収を目指すと公表しているものの、この日程は必達の期限ではない。
買収契約では25年6月までに規制当局の承認が得られず買収できていないといった場合に違約金として5億6500万ドル(約900億円)を日鉄がUSスチールに支払う可能性が記載されている。
大統領選の終了から半年以上あり、「大統領選による混乱も見据えて長めに設定した」(日鉄幹部)。
従業員と直接対話
USW幹部は日鉄との面会を拒否しているが、それ以外のステークホルダーの理解を得る取り組みには余念がない。
森氏は5月下旬と6月上旬に訪米し、USスチールの本社地域(ペンシルベニア州)とモンバレー製鉄所(同州)、ゲーリー製鉄所(インディアナ州)を訪ねた。それぞれ100人規模の従業員ら向けに直接説明の機会を設けたとみられる。
米USスチールの工場=2月、ペンシルベニア州(AP=共同)
説明時には11年に日鉄(当時は住友金属工業)と住友商事が買収した米スタンダードスチール(ペンシルベニア州)を引き合いに出す。
同社は買収前には赤字だったが、日鉄の技術供与と設備投資で13年に黒字転換。その後も黒字が続く。森氏は「規模は異なるがUSスチールでやろうとしていることの生きた事例だ」と話す。従業員の反応は上々だという。
ある日鉄幹部は「USスチールの従業員とUSW幹部との間に乖離(かいり)を感じる」と漏らす。USWは組織名に「鉄鋼」を冠すものの製紙や林業など広範な業界の組合員85万人で構成される。
そのうちUSスチールの従業員は1万人ほどで、買収計画に反対する競合の鉄鋼メーカーの従業員も含まれる。直接USスチールの従業員に買収効果を訴えることで切り崩しを図る。
日鉄は「関係する方たちに考え方を直接伝えることに引き続き注力する」とコメントした。
膠着状態の中、無理な交渉はせず、大統領選後を見据えて買収に向けた機運を地道に醸成していく方針だ。
(大平祐嗣、細田琢朗)
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日経記事2024.06.21より引用