極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に有権者の支持が集まる
(独東部マクデブルクでの集会)=ロイター
「反ナチス」を国是としてきたドイツで極右政党が有権者の支持を急速に集めている。
歴史的なインフレや拙速な環境規制案がショルツ政権への反発を招き、不満の受け皿となる構図だ。ナチスの台頭を許した教訓を持つはずのドイツ社会は右傾化しているのか。実情に迫った。
「何百万、何十億ユーロというカネが外国のために浪費される。ドイツ人は落ちこぼれてしまうぞ」。
東部ブランデンブルク州で暮らす会社員ナーゲルさん(60)は政治への不満を矢継ぎ早に口にする。既存の主要政党を否定し、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を支持する一人だ。
ドイツ政府によるウクライナへの軍事支援にも猛反対する。
「ウクライナ人がどうしたというんだ。彼らは私の敵でも友人でもない」。移民の流入を巡っては「定職を持って納税する外国人に恨みはないが、社会的な寄生は許さない」とまで言い放つ。
AfDこそがドイツ国民に寄り添う政党であり、支持へ突き動かしたのはショルツ政権だ――。そんな不安や怒りの感情に揺れるドイツ国民は着実に増えている。
公共放送ARDがまとめた8月の世論調査によると、政党支持率は国政最大野党で中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)が27%と首位にある
。次いでAfDが21%と差を縮め、ショルツ首相が率いてきた中道左派のドイツ社会民主党(SPD)は17%とAfDに逆転を許したままだ。
ショルツ政権で連立を組む環境政党「緑の党」は15%、自由民主党(FDP)は7%どまり。政権満足度が2割ほどと最悪水準に沈むのとは対照的に、AfDの支持率は前回の国政選挙があった2021年以降で最高水準だ。
危機に乗じて支持伸ばす
AfDは「ドイツのための選択肢」を意味する「Alternative für Deutschland」の頭文字からこう呼ばれるが、文字通り既存政党への不満が受け皿になる構図が浮かぶ。
慎重なショルツ首相はウクライナへの軍事支援や物価高対策などで国民から指導力不足とみられがちだ=AP
実際、ショルツ氏の政権運営には迷走も目立つ。ロシアの侵攻が続くウクライナへの軍事支援を巡り、重火器や主力戦車の供与が遅れたとして国内外から度々批判を浴びた。
流入が続く移民への反発がくすぶるなか、歴史的なインフレで物価高対策が不十分との不満も高まる。慎重居士のリーダーは指導力不足と映りやすい。
致命的だったのが新たな環境規制を巡る混乱だ。24年1月から新設の暖房システムで再生可能エネルギーの利用を義務付ける法案をまとめたが、設備投資の負担をただちに強いられるとしてインフレ下で国民の不満が爆発した。
環境意識が高いはずのドイツで、政権の屋台骨として政策を主導した緑の党の支持率が急落する事態になっている。
逆に、AfDは危機に乗じて支持を伸ばしてきた。歴史的な転機は大きく3つあった。
13年に結党するきっかけになった欧州債務危機、シリア内戦で100万人規模の難民が押し寄せた15年の難民危機、そして現在のウクライナ危機だ。分断を巧みに利用し、揺れる有権者を誘い込む。
結党の当初から掲げてきた「反ユーロ」を旗印に、反移民という排外主義の思想を帯びながら右派ポピュリズム政党として裾野を広げる。
独ロストク大学のウォルフガング・ムーノ教授は「大きな不確実性こそが、AfDが支持を集める潜在的な要因になっている」と分析する。
AfDは「根本的に欠陥のある設計」として単一通貨ユーロからの離脱を主張するほか、ロシアとの関係改善や兵役義務の復活、大量移民の制限を訴える。
「イスラム教はドイツに属さない」として多文化主義も否定。このためドイツの情報機関である連邦憲法擁護庁が監視対象下に置いたことも判明している。
欧州議会選や国政選挙も視野
今夏にかけてドイツ社会では地方での選挙結果に衝撃が広がった。
6月下旬には中部チューリンゲン州のゾンネベルク郡でドイツ初のAfD郡長が誕生。7月にも北部ザクセン・アンハルト州ラグーン・イェスニッツの町長選挙で勝利した。
高い支持率が裏付けるように選挙で躍進を続け、実際に政治家を送り出すようになった。
AfDは旧西ドイツより所得水準が低い旧東ドイツに強い支持基盤を持つのが特徴だが、現実は複雑だ。単なる経済問題ではなく、地方の過疎化の問題なども密接に絡む。
ドレスデン工科大学のハンス・フォアレンダー教授は「(東西ドイツが統一した)1990年以降、東部は社会、経済、政治、そして人口の変化によって揺さぶられてきた」と指摘する。
「職を求めて東ドイツを離れる人が増えた一方、東部では低賃金の仕事が多く残っている」。反ショルツ政権という批判こそ単純だが、そこに至る感情の底流には複雑なものがある。
「反戦」を訴えるデモ行進(手前)と、道端から国旗を振ってウクライナ支援を呼びかける人々
(2月、ミュンヘン)
既存政党もAfDの党勢を無視できなくなった。
CDUのメルツ党首は独メディアとのインタビューで「地方議会は街づくりで協力する方法を模索しなければならない」と一定の譲歩を示唆。
党内外から厳しい批判を浴び、一転して「AfDとの協力はない」と釈明に追われた。
メルツ氏の「失言」は2025年に控える次回の国政選挙で政権奪還をめざす焦りとも映るが、肝心の有権者の意見も割れる。
ARDの世論調査では、CDUがAfDと協力しない決定は「正しい」との回答が64%で「正しくない」の29%を大幅に上回った。だがドイツ東部では「正しい」が47%で「正しくない」の46%とほぼ拮抗する。
今後の焦点は24年の州議会選挙だ。事実上の中間選挙に相当する23年10月の南部バイエルン州議会選を経て、24年秋にはザクセン州やチューリンゲン州、ブランデンブルク州で予定される。
いずれも旧東ドイツ地域で、AfDが第1党になる可能性がある。
さらに24年6月には欧州連合(EU)で欧州議会選挙を控える。
「我々はチューリンゲン州やザクセン州で最強の勢力になれるだろう。さらなる準備はできている」。
7月下旬に東部マクデブルクで開いた党大会で、AfDのクルパラ共同党首は欧州議会選も視野に自信を示した。その次には25年の国政選挙、独連邦議会選がいよいよ迫る。
「AfDは極右ではない。私はドイツ国民の幸福を願うだけだ」。支持者は純粋な胸中を語る。
積極的な熱狂というより、いまはまだ不安に駆られた消去法での支持が多いようにみえる。時の経過と共に極右思想に傾倒する恐れはないか。
ドイツ社会で極右政党と切り捨てようにも看過できなくなった現実こそ重い。
日経記事 2023.08.28より引用