わたしは当日、昼には東京に戻って出社しなければならなかった。
タイムアップ、時間切れだ。
玄関に行って靴をはいた。
彼は見送りに来た。
とても心もとない顔をしていた。
電車の時間が迫っている。
「多分今、ここで帰ったら、ここには来ない」
そうはっきり思った。
「リツコ…」
彼は、とてもとても寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
わたしは靴を脱いだ。
「話そう?」
もう一度居間に戻った。
いつもだったら、今まで付き合った人たちだったら、「もういい」で終わっていたと思う。
でも、わたしは彼に理解してもらいたいと思ったし、彼を理解したいと思った。
だから靴を脱いで、トランクを置いた。今話さないとだめだと思った。仕事はいい。遅れてもいい。
電車を遅らせた一時間、でもこれは重要な一時間だと思った。
二人で向かい合って座った。
「あのね、やめるか、って言われたとき、すごくショックだった。
わたしはいろいろなことを置いて、あなたのそばに来ようと決めた。
東京にいた4年間はたくさんの人とあって、たくさんのことがあって、そういう積み重ねとつながりを全部切って来ることなんだよ。
やめるか、なんて言うなら、最初から『ずっと一緒にいてくれ』なんて言わないで。」
酷なことかもしれない。だって、あの母じゃ、だれだって引く。
「…ごめんな、簡単に言って。悪かった。もう言わない」
「涙が出たのは、やめるかと言われたことと、お母様たちに迷惑をおかけすることがとてもつらいと思ったから。嫌な思いをさせてしまうだろうと思ったら、もうここには来られない、そう考えていたら涙が止まらなかったの」
脳裏に優しそうなお母様の顔が浮かんだ。不思議なことに、このお母様の顔が曇ることがとてもつらかった。
「だけどね、もうやめるなんて言うのはやめよう。
あんな母だから、破談にしてくれと言われても仕方ないと思う。
でもわたしの幸せはあなたのそばにあることしかないの。
だけどあなたがやめようと言うなら仕方ない。よく考えてほしい。」
彼は下を向いていたが、顔を上げた。
「俺はリツコと結婚できなかったら、ずっとひとりでいるよ。
だって、もう考えられないもん。リツコがいてくれないなら、ずっと独身でいる」
手を取ってくれた。
「ほんとにごめんな。こんなに泣かせて。」
そう言って抱きしめてくれた。
「絶対一緒になろうな」
それから私は東京に帰った。
駅まで送ってくれた彼は、お母様に電話して、リツコのことをとても気に入っているということを聞かせてくれた。直接お話しをさせてくれて、ご挨拶をした。
彼は考えられるいろいろな方法で、わたしを信じさせようとしてくれている。
そう感じた。
天国から地獄へ落とされたような一日だった。
でも、彼とわたしは次の段階に進んだ。そんな感じがした。
当人同士から、家族の理解を得るステージへ。
不思議と寂しくなかった。
前に好きだったとき、わたしは彼を知りたい、理解したいと思っていた。
これほど人を理解したいと思ったことはなかった。いつも彼の話を真剣に、逃すまいとして聞いていた。
なんでこの人を、そんなに理解したいと思ったのだろう?
自分でもよく分からない。
今、彼も私を知りたいと、理解したいと、分かりたいと言ってくれるし、そう行動してくれる。
お互いがそう思える確率は、どのくらいなのだろうか?
これからも彼を理解したい、分かりたいと思う。その欲望は、出会ってから9年になるが、尽きることはない。
タイムアップ、時間切れだ。
玄関に行って靴をはいた。
彼は見送りに来た。
とても心もとない顔をしていた。
電車の時間が迫っている。
「多分今、ここで帰ったら、ここには来ない」
そうはっきり思った。
「リツコ…」
彼は、とてもとても寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
わたしは靴を脱いだ。
「話そう?」
もう一度居間に戻った。
いつもだったら、今まで付き合った人たちだったら、「もういい」で終わっていたと思う。
でも、わたしは彼に理解してもらいたいと思ったし、彼を理解したいと思った。
だから靴を脱いで、トランクを置いた。今話さないとだめだと思った。仕事はいい。遅れてもいい。
電車を遅らせた一時間、でもこれは重要な一時間だと思った。
二人で向かい合って座った。
「あのね、やめるか、って言われたとき、すごくショックだった。
わたしはいろいろなことを置いて、あなたのそばに来ようと決めた。
東京にいた4年間はたくさんの人とあって、たくさんのことがあって、そういう積み重ねとつながりを全部切って来ることなんだよ。
やめるか、なんて言うなら、最初から『ずっと一緒にいてくれ』なんて言わないで。」
酷なことかもしれない。だって、あの母じゃ、だれだって引く。
「…ごめんな、簡単に言って。悪かった。もう言わない」
「涙が出たのは、やめるかと言われたことと、お母様たちに迷惑をおかけすることがとてもつらいと思ったから。嫌な思いをさせてしまうだろうと思ったら、もうここには来られない、そう考えていたら涙が止まらなかったの」
脳裏に優しそうなお母様の顔が浮かんだ。不思議なことに、このお母様の顔が曇ることがとてもつらかった。
「だけどね、もうやめるなんて言うのはやめよう。
あんな母だから、破談にしてくれと言われても仕方ないと思う。
でもわたしの幸せはあなたのそばにあることしかないの。
だけどあなたがやめようと言うなら仕方ない。よく考えてほしい。」
彼は下を向いていたが、顔を上げた。
「俺はリツコと結婚できなかったら、ずっとひとりでいるよ。
だって、もう考えられないもん。リツコがいてくれないなら、ずっと独身でいる」
手を取ってくれた。
「ほんとにごめんな。こんなに泣かせて。」
そう言って抱きしめてくれた。
「絶対一緒になろうな」
それから私は東京に帰った。
駅まで送ってくれた彼は、お母様に電話して、リツコのことをとても気に入っているということを聞かせてくれた。直接お話しをさせてくれて、ご挨拶をした。
彼は考えられるいろいろな方法で、わたしを信じさせようとしてくれている。
そう感じた。
天国から地獄へ落とされたような一日だった。
でも、彼とわたしは次の段階に進んだ。そんな感じがした。
当人同士から、家族の理解を得るステージへ。
不思議と寂しくなかった。
前に好きだったとき、わたしは彼を知りたい、理解したいと思っていた。
これほど人を理解したいと思ったことはなかった。いつも彼の話を真剣に、逃すまいとして聞いていた。
なんでこの人を、そんなに理解したいと思ったのだろう?
自分でもよく分からない。
今、彼も私を知りたいと、理解したいと、分かりたいと言ってくれるし、そう行動してくれる。
お互いがそう思える確率は、どのくらいなのだろうか?
これからも彼を理解したい、分かりたいと思う。その欲望は、出会ってから9年になるが、尽きることはない。
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