落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (50)南京錠と愛の橋

2015-11-20 11:11:09 | 現代小説
農協おくりびと (50)南京錠と愛の橋




 良寛記念館の見学は、20分ほどで終わる。
満足した男女8人が、ひとかたまりでぞろぞろと駐車場へ戻っていく。
ひとかたまりの中で、祐三と妙子の距離だけが妙に近い。
後ろを歩いていく4人は、それぞれの距離をお互いに守っている。
最後尾を歩いている松島と圭子の距離が、8人の男女の中で、もっとも遠い。
圭子と離れ、トボトボと歩いている松島が先頭を行く祐三を、「あのう~」
と呼んで、呼び止める。
 「なんだ。もう腹が減ったのか?。
 昼飯を予定している寺泊まで、車を飛ばせば10分でたどり着く。
 我慢できるだろう、それくらいの時間なら」



 「あ、いえ、そういうことじゃなくて・・・せっかくの美しい景色です。
 もう少し時間をとって、海辺のあたりを散策したいのですが・・・。
 できたら俺たち、2人きりで・・・」



 「なんだ。まだ歩きたりないのか、お前たちは。
 ん。ちょっと待て。俺たち2人だけで、海辺を歩きたいと言ったな。
 何か特別なものでもあるのか。こんな辺鄙な海岸に?」



 「いいえ。特に、何も有りません。
 でも見るからに綺麗な海です。
 できたら恋人気分でもう少し、2人で海辺を歩きたいと考えています」



 「解せんなぁ・・・。何を考えているんだ、お前らは。
 美しい海なら、丘の上から充分過ぎるほど満喫してきただろう。
 ははぁ、さては何か隠しているな、お前たち。
 美しい音色で鳴る、海に沈んだ鐘でも見つけ出す方法でも発見したか?」



 「海に沈んだ鐘?。それはなんの話ですか、先輩。
 俺たちはただ、南京錠をもって、海に突き出た橋を渡りたいだけです」



 「南京錠をもって、海に突き出た橋を渡る?。
 初耳だな。聞いていないぞ、そんな話は。
 だが面白そうな話じゃないか、松島クン。では、詳しく説明してもらおうか。
 ことと次第によっては俺たちも同行する。
 白状しろ。何をたくらんでいるんだ、お前たち2人は?」



 「あっ」余計なことを言いすぎたと、松島が手で口をふさぐ。
だが時すでに遅し。祐三は、松島がポロリとこぼしたひことを聞き逃さない。
祐三が、ぐるりと周囲を見回していく。
眼下に越後出雲崎天領の里が有るのを、見つけ出す。
「なんだ。道の駅じゃねぇか。道の駅なら珍しくはねぇ。何処にでもある・・・ん、
なんだぁ、海に突き出た橋が見えるな。なんだあれは?」
広場の突端から、木製の橋が海へ突き出している。



 「あれか。あそこに見えている橋が、お前さんたちが行きたいという橋なのか?。
 で、どこにでもあるような道の駅の、どこにでもあるような木の橋の先に、
 いったい何が有るというんだ。松島クン」



 「夕凪の橋と言って、恋人たちの橋と呼ばれている、恋愛の聖地です。
 100mほどの橋を渡り、先端の欄干に南京錠の鎖をむすんで、鍵をかける。
 そのあと、南京錠のカギを海に投げ捨てる。
 そうすると、恋が叶うと言われています。
 まいったなぁ。全部、白状しちゃったよ・・・。
 隠し通すことが出来ねなぁ、やっぱり、祐三さんには・・・」



 「まだ恋人同士でもねぇお前たちが、木の橋を渡って南京錠をかける。
 面白そうな話じゃねえか。
 実に偶然のことだが、ここに同数の男子と女子がいる。
 そういうことなら全員で参加して、あの橋を渡ってみょうじゃねえか」



 そういうことだから早速、お前らもカップルをつくれ、と4人を指さす。



 「瓢箪から駒が出ることもある。嘘から出た誠ということわざも有る。
 これがきっかけで、交際に発展するかもしれねぇ。
 行き遅れているちひろも磯崎さんにも、願ってもないチャンスの到来だ。
 みんなでいこうぜ。
 どでっかい南京錠をぶらさげて、恋の成就をきっちりと祈願しようぜ!」

 どうした早くカップルをつくれと祐三が、背後の4人をじろりと睨む。

  
(51)へつづく


新田さらだ館は、こちら