落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (63)複雑な関係?

2015-12-03 12:20:01 | 現代小説
農協おくりびと (63)複雑な関係?



 「まさか!」ちひろが、顔を青ざめて立ち上がる。
2人の中学生は、もうひとりのちひろが10代の時に産んだ、光悦の子供!。
そんな直感が、ちひろの頭の中を駆け抜けていく。



 「おあいにく様、それは外れだと思います。
 ただし。光悦クンが、双子を産んだちひろのために働き始めたのは事実です。
 寺を継ぐはずだった光悦クンが、県都で消防士になったのはそのためです」


 「なんで知ってんの、そんなことを、あんたが。
 あんた。転校したあと、ずう~と東京に住んでいたはずでしょ。
 そんなあなたが、光悦の事を知っているはずがないわ」



 「それも外れです。
 母が離婚したため、18のとき、県都の前橋へ越してきたの。
 光悦クンと出会ったのは、年齢を誤魔化して、市内のスナックで働いていた時。
 べろべろに酔っぱらった光悦くんから、仔細を聞き出しました」



 「その仔細を聞かせてよ。
 なにがどうなって、いま、こんな風になっているのさ」


 
 「それもおあいにく様。
 職業上、知りえた個人の情報は、口外いたしません。
 水商売に生きる女は、口が堅いのよ。残念でしたねぇ、諦めてくださいな」



 「さっき。全部、話すと言ったばかりじゃないの!」


 「言葉の綾です。口の堅い女は、墓場まで秘密を持っていくのよ」



 女将のちひろが、ごくりと喉を鳴らしてビールを飲みこむ。
これ以上、何を聞いても無駄ですよと、鼻で笑う。
すべてが明らかになる。そう思い込んでいたちひろが、がっくりとうなだれる。


 「真実なんて、知らないほうが幸せよ。
 男と女のドロドロした、どうしょうもない話だもの。
 何も知らず、ただの幼なじみとして生きていった方が、お互いのためだよね。
 と、わたしは思います」



 カウンターから出てきた女将のが、うなだれているちひろの隣に腰をおろす。
「焼け酒でも呑む?。光悦クンのおごりで?」女将の目が、悪戯っぽく笑う。
予期せぬ重大事態の発生だ。とてもでないが、呑みたい気分にはなれない。
だがその反面。呑まずにいられない心境もどこかに潜んでいる。



 「ウィスキー。ダブルで」 



 「どっかのジジィと同じだよ。
 ウィスキーのダブルなんて、古臭くて野暮すぎます。
 サワーで割った、ハイボールがおすすめなのよ。
 はい。そう思って準備しておきました、あなたのためのハイボール」



 「こういう展開になることを、最初から分かっていたのね、あなたは」



 「この道、13年目の大ベテランです、あたしは。
 光悦クンが通夜にやって来た時から、荒れるな今日はと、確信していました。
 あなたが到着する少し前。もうひとりのちひろから、電話がかかってきたの。
 よく考えてごらん。
 檀家でもない通夜に、修行中の僧侶がわざわざ顔を出したのよ。
 それだけでも、おかしいと思うでしょ。
 もうひとりのちひろと、実は、のっぴきならない関係にある。
 そう考えるのが自然でしょ?」



 「やっぱり、双子の父親は光悦でしょ。
 あなたは否定したけど、わたしはそう思えてなりません。
 だから、通夜にも顔を出したんだ。
 ショックだなぁ・・・わたしの光悦に隠し子がいたなんて。
 それも双子だなんて」



 「まだ決まったわけではないでしょう。先走りし過ぎよ、あなたは」



 「打ちのめされたなぁ、今日は・・・こんなときは呑むしかないなぁ。
 女将さん。ウイスキーダブルで、お替わり!」



 「よしなさい。酔っぱらったジジィのような注文は。
 ハイボールが主流なのよ。スマートに、サワーで割ってと言いなさい」


 
 「じゃ、ダブルをサワーで割ってください。
 それなら何の問題もないでしょう。オーダーの仕方に」



 (64)へつづく

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