落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (64)つがいのカップル   

2015-12-04 11:43:05 | 現代小説
農協おくりびと (64)つがいのカップル 


 
 2か酔いで出勤したちひろを、試練が待っていた。
ちひろにとっていま、いちばん顔を見たくない相手がもうひとりのちひろだ。
そして中学生の双子の男の子と、女の子の顔。
しかし、運命は皮肉だ。


 午前11時。
もうひとりのちひろとともに故人を見送る、本葬がやってくる。
嫌でももう一度。もうひとりのちひろと、2人の双子の顔を目の前に見る。
そう考えただけで、朝から憂鬱だ。気分が重い。
綺麗に整えた髪が、いつの間にかくしゃくしゃになっている。
そんなちひろの様子を見かねて、先輩が、心配そうな顔で飛んできた。



 「あんたが2か酔いとは、珍しい。
 式が始まる前に、とりあえず、その頭をなんとかしなさい。
 あ・・・昨日のピヨピヨ事件が解明されました。
 誰かが小鳥の下に、身体を暖める簡易カイロを置いたのよ。
 手のひらの上に置いたのと、おなじくらい暖かいでしょ。
 カイロのせいで、ずっと鳴いていたの。
 きっと誰かの悪戯だったと思うけど、犯人は、見つからず終いです」



 「ねぇ、本当に大丈夫?」もう一度、先輩がちひろの顔を覗き込む。
ぜんぜん大丈夫ではない。胃がむかむかする。
頭の中で象さんが、足を踏み鳴らして乱暴に踊り狂っている。



 結局。双子の父親が誰であるのか、判明はしなかった。
いくら聞いても女将のちひろは、それ以上は闇の中ですと真相を明らかにしない。
「知らないほうが、幸せななことも有るのよ」と素っ気ない。



 2時間後。居酒屋を出たちひろが、携帯を取り出す。
光悦の番号を指先で探す。
意固地になっている自分が居る。光悦が、電話に出なくても構わない。
本人の口から真相は明かされないだろうが、それでも真相を聞きたい自分が居る。
(嫌味な女になっているかもしれないな、あたしは・・・)
数秒間呼び出しの音がつづく。
出ないかもしれないな。そう思った瞬間、「もしもし」と呑気な声で、
光悦が電話口に出た。
つながったことに、逆にちひろのほうが面食らう。



 「そろそろ、かかってくるだろうと思っていた。
 いま東京駅の高速バスの前だ。
 なんだよ。自分から電話をかけてきたくせに、いきなりの無言かよ。
 聞きたいことがあるんだろ。俺に。有るなら言え。
 いまさら遠慮なんかしないで」



 遠慮しているわけではない。
すぐ電話に出たことに、軽い驚きを覚えているだけだ。
まるで『別に、悪いことはしていないぜ』と態度で表明しているようだ。
聞きたいことは山ほど有る。
だが光悦の声を聴いた瞬間、なぜか頭の中が真っ白になってしまった。
『あたしたち、おさな馴染みだよねぇ』と口にするのが、精いっぱいだ。



 「気がついたらそばに居たな。俺たち。
 キスしたことは何度も有るけど、なぜかその先まではすすまなかった。
 なんでだろうな。お前のことが嫌いなわけじゃねぇ。
 ただそれ以上先へ、どうしてもすすめなかった。
 で・・・どうした。俺が店を出たあと、なんか有ったのか?。
 声が、妙に沈んでいるぜ」



 「あたしたち、つがいのカップルよね。
 今日の今日までそんな風に信じて、少しも疑ってこなかったんだ。あたしは」



 「つがいのカップルか、うまいことを言うねぇ。
 当たっているかもしれねぇな。
 で、そいつがどうした。
 いろいろ有り過ぎて、つがいのカップルが足元から崩壊したとでも
 言いたいのか?」


 
 「あのさ。キュウリ農家の山崎クンのこと、知っている?」



 「4つ歳下の高校球児だろ。
 県大会のベスト8まで行って、話題になった男だ。
 家は代々、うちの檀家の世話役だ。
 そいつがどうした?。付き合ってくれとでも言われたか?」



 光悦は、ちひろの心の中に素足で踏み込む。
曖昧な言い方を決してしない。それだけちひろのことを、知り尽くしている。
今日もスパッと言い捨てたあと、勝手に電話を切った。



 「俺の居ない1年の間。そいつと付き合うのは全然かまわない。
 だが修行が終って俺がそっちへ戻ったら、わるいけど山崎と別れろ。
 言いたいことはそれだけだ。上手に遊べばいいさ。
 お前自身を壊さない程度にな」


 (65)へつづく


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