落合順平 作品集

現代小説の部屋。

農協おくりびと (82)プロのゴルファー 

2015-12-22 11:14:25 | 現代小説
農協おくりびと (82)プロのゴルファー 



 「なんか飲むかい?」
クラブを置いた山崎が、ちひろにつかつかと近づいてくる。
「あ・・・じゃわたしは、コーラーを」
「コーラ?。炭酸の利いた飲み物なんかガキが飲むもんだ、時代遅れだろう」
こっちがおすすめだと、山崎が缶コーヒーのスイッチを押す。



 「甘さ控えめで大人の味。しかもプレミアム仕様と来ている。
 なんでもかんでもプレミアムとつけて、似たか寄ったかの商品を売る時代だ。
 しかし、つい最近発売されたこいつは本物だ。
 おすすめだ。ひと口でいいから騙されたと思って、飲んでみな」



 「おすすめが有るのなら、何がいいなんて最初に聞く必要はないでしょ」



 「嫌ならいい。もう1本別に、あんたのためにコーラを買う」



 「いいです飲みますから。強引なんだからもう、2日酔いの酔っ払いは」



 カタンと落ちる音がして、山崎がもう一本別のコーヒーを取り出す。
出てきたのは苦みが売りのブラックコーヒーだ。



 「プロテストを目指していたといったけど、いつのことなの、それって」



 「ついこの間までだ。
 甲子園を目指して猛練習したが、3年生の夏、準決勝で負けてすべてが終わった。
 高校野球なんて甲子園に行けなきゃ、砂糖の入らない苦いだけのコーヒーみたいなもんだ。
 ベスト4と言えば聞こえはいいが、4位には表彰台もメダルも無い。
 優勝しなければ、甲子園への道もない。
 負けた奴には何もない。勝負の世界は、昔からそういう決まりになっている」



 「それで野球をあきらめて、今度は、ゴルフの世界へ飛び込んだというわけ?」


 
 「大学へ行かないかわり、4年間、ゴルフに打ち込ませてくれと親父に直訴した。
 ゴルフ場の研修生として寮に住み込み、コースで練習させてもらうかわりに、
 あらゆる雑用をこなすという、生き方を選んだ」



 「4年間で芽が出なければゴルフを諦めるという覚悟で、取り組んだのね。
 ふ~ん、あなたらしい選択だわね」


 
 「ツアープロになるには、日本プロゴルフ協会が実施しているプロテストに
 合格する必要がある。
 男子ツアーの場合、16歳以上ならだれでも受験できる。
 だが、少しくらいゴルフがうまい程度で合格するほど、プロの道は甘くはない。
 合格率は、5~9%程度だ。
 必死で頑張った結果。俺は3年目に、プロテストに合格した」



 「やれば出来る子なのね、やっぱり、あなたって子は」



 「プロテストには合格した。
 だが、ここから本当の試練がやってくる。
 合格しても、トーナメントツアーに参加できるわけじゃない。
 トップのツアーに参加できるのは、獲得した賞金が70位までの選手と、
 海外からの優待選手や、永久シード選手をふくめた100人程度。
 それ以外の選手は下部のトーナメントで優勝しなければ、トップツアーには出られない。
 下部組織で上位進出を狙っているプロゴルファーの卵が、日本にはおよそ、
 5000人以上いるといわれている」



 「でも、プロテストに合格したという事は、あなたは5000人のうちの
 1人にもぐりこんだということでしょう。
 それだけでも快挙だと思うわ、わたしは」



 「下部ツアーでも、金額は少ないものの賞金は出る。
 だが予選で落ちてしまえば、賞金は1円ももらえない。
 運よく最高峰のツアーに出られても、予選に落ちれば、やっぱり無収入と言うことになる。
 つまり。ゴルフという競技は、4日間競技のうちの前半2日間は
 報酬を獲得するための、権利を競うことになる。
 3日目。決勝ラウンドに残ることができれば、たとえ最下位でも賞金がもらえる。
 だが2日目で終わった奴は、無一文のまま次の試合を待つことになる。
 2日目で終わった奴と、3日目に生き残ったやつでは、天と地ほどの差がつくんだ。
 ゴルフという賞金を奪い合う競技はね」



 「で、あなたは、その賞金争いレースのどこまで、勝ち上がることが出来たの?」


 
 「ステップアップのツアーで、4位までいったことがある。
 だが、ステップアップして上位のツアーへ出場できるのは、3位入賞者までだ。
 4位の奴には、何もない。
 表彰台から外れた奴は涙を我慢して、次のツアーでチャンスを奪い取るしかない。
 しかし。4位の成績を最高に、あとは常に10位前後を低迷したんだ、
 あの頃の俺のゴルフは」

 

(83)へつづく

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