農協おくりびと (90)流通にかかる手数料
「聞きたいかい?」山崎が、ちひろに笑顔を見せる。
日焼けした山崎が笑顔を見せると、白い歯が口元できらりと光る。
「生産規模を拡大していくには、おおくの人手が必要になる。
ハウスで育てているトマトやキュウリは、すべて手作業で収穫されていく。
機械化することは出来ない。このあたりがハウス農家の泣き所だ。
だが、いつまでも家内労働力に依存していたのでは、未来がない。
労働力が3人なら、3人でこなせる範囲の生産しかできないからだ。
労働力が減れば、とうぜん、生産も減ることになる。
労働力が減るたびに農家の収入は、下降線をたどっていく。
このままではじり貧だ。そのうちほとんどの農家が、生き残れなくなる」
「農家が、瀬戸際に立たされているのは、よく分かります。
このあたりの農家でも、後継ぎが居るのは、せいぜい2割から3割前後。
あとの農家は高齢化したまま、いつ廃業するのかは時間の問題。
農協の生産部会も頭を痛めているけど、いまだに解決策は見つかっていません」
「農家の中に、他人を使って農業をやるという発想がないからだ。
家内労働に頼っていたのでは、先細りになる。
これからの農家は、おじちゃんやおばちゃんたちのシルバー世代を活かして
農業を拡大していくべきだと、俺は考えている」
(へぇぇ、ちゃんと将来の事を考えているんだ、この子は・・・)
ちひろが、身長が170センチしかない山崎を、頼もしそうに見上げる。
「群馬県が最近になって、あたらしく決めた最低賃金は、737円。
都道府県の最高は、東京の907円。最低は沖縄県の693円。
これはまるで、農家のために決めたような最低賃金だ。
実情から言って、それ以上払うことは出来ない。
それがいまの農家の実態さ」
「それほどまで、農家は経営に苦しいということなの?」
「いや。農業の周りに不確定要素が多すぎるから、結果的にそうなるだけだ。
たとえば野菜は、採れ過ぎると価格が暴落する。
昨日まで1本50円だったキュウリが、突然、20円に暴落する。
こんな急降下は日常茶飯事だ」
「需要と供給のバランスのせいで、そういう事はよく起こります。
出荷制限してみたり、生産調整することで、ある程度の抑制は出来ないの?」
「焼け石に水だ。
多少の調節をしたところで、限度がある。
天気が良ければ野菜はどんどん育つ。
成長を停めることは出来ないから、最後は廃棄する羽目になる。
それからもうひとつ。農家は自分たちで、価格を決めることが出来ない。
価格はすべて、市場の原理に左右される。
余れば値段が暴落するし、不足すれば価格が高騰する。
野菜がいくらで売れるかは生産者ではなく、すべて市場が決めるんだ。
それが第一次産業で働く者の、宿命だ」
「自分の生産物なのに、自分で価格を決められない現象はたしかに不公平よね。
価格は、再生産を保証するための大事な原資でしょ。
事業には資金がかかるもの。
そのみなもとになる農産物の価格を、自分たちで決められないなんて、
やっぱり変な話よね」
「俺たちは長年、そういうシステムの中で、一喜一憂してきた。
流通を根本から変えない限り、値段の乱高下を止めることはできない。
もうひとつ。流通システムの中にも、問題が有る。
野菜が流通しているあいだに、あちこちで高い手数料が発生する。
こいつが、馬鹿にならねぇ額になる。
お前。農協に勤めているんだから、俺の言っている意味はよくわかるだろう」
「野菜は生産者から、生産者部会や出荷組合を通して卸市場へ出荷される。
仲卸を経由して、量販店に届き、それを消費者が買い求める
たしかに、この間、あちこちで発生する手数料は、ホント高いわねぇ・・・」
「そう思うだろう。農協に勤めているお前さんでも?」
(91)へつづく
新田さらだ館は、こちら
「聞きたいかい?」山崎が、ちひろに笑顔を見せる。
日焼けした山崎が笑顔を見せると、白い歯が口元できらりと光る。
「生産規模を拡大していくには、おおくの人手が必要になる。
ハウスで育てているトマトやキュウリは、すべて手作業で収穫されていく。
機械化することは出来ない。このあたりがハウス農家の泣き所だ。
だが、いつまでも家内労働力に依存していたのでは、未来がない。
労働力が3人なら、3人でこなせる範囲の生産しかできないからだ。
労働力が減れば、とうぜん、生産も減ることになる。
労働力が減るたびに農家の収入は、下降線をたどっていく。
このままではじり貧だ。そのうちほとんどの農家が、生き残れなくなる」
「農家が、瀬戸際に立たされているのは、よく分かります。
このあたりの農家でも、後継ぎが居るのは、せいぜい2割から3割前後。
あとの農家は高齢化したまま、いつ廃業するのかは時間の問題。
農協の生産部会も頭を痛めているけど、いまだに解決策は見つかっていません」
「農家の中に、他人を使って農業をやるという発想がないからだ。
家内労働に頼っていたのでは、先細りになる。
これからの農家は、おじちゃんやおばちゃんたちのシルバー世代を活かして
農業を拡大していくべきだと、俺は考えている」
(へぇぇ、ちゃんと将来の事を考えているんだ、この子は・・・)
ちひろが、身長が170センチしかない山崎を、頼もしそうに見上げる。
「群馬県が最近になって、あたらしく決めた最低賃金は、737円。
都道府県の最高は、東京の907円。最低は沖縄県の693円。
これはまるで、農家のために決めたような最低賃金だ。
実情から言って、それ以上払うことは出来ない。
それがいまの農家の実態さ」
「それほどまで、農家は経営に苦しいということなの?」
「いや。農業の周りに不確定要素が多すぎるから、結果的にそうなるだけだ。
たとえば野菜は、採れ過ぎると価格が暴落する。
昨日まで1本50円だったキュウリが、突然、20円に暴落する。
こんな急降下は日常茶飯事だ」
「需要と供給のバランスのせいで、そういう事はよく起こります。
出荷制限してみたり、生産調整することで、ある程度の抑制は出来ないの?」
「焼け石に水だ。
多少の調節をしたところで、限度がある。
天気が良ければ野菜はどんどん育つ。
成長を停めることは出来ないから、最後は廃棄する羽目になる。
それからもうひとつ。農家は自分たちで、価格を決めることが出来ない。
価格はすべて、市場の原理に左右される。
余れば値段が暴落するし、不足すれば価格が高騰する。
野菜がいくらで売れるかは生産者ではなく、すべて市場が決めるんだ。
それが第一次産業で働く者の、宿命だ」
「自分の生産物なのに、自分で価格を決められない現象はたしかに不公平よね。
価格は、再生産を保証するための大事な原資でしょ。
事業には資金がかかるもの。
そのみなもとになる農産物の価格を、自分たちで決められないなんて、
やっぱり変な話よね」
「俺たちは長年、そういうシステムの中で、一喜一憂してきた。
流通を根本から変えない限り、値段の乱高下を止めることはできない。
もうひとつ。流通システムの中にも、問題が有る。
野菜が流通しているあいだに、あちこちで高い手数料が発生する。
こいつが、馬鹿にならねぇ額になる。
お前。農協に勤めているんだから、俺の言っている意味はよくわかるだろう」
「野菜は生産者から、生産者部会や出荷組合を通して卸市場へ出荷される。
仲卸を経由して、量販店に届き、それを消費者が買い求める
たしかに、この間、あちこちで発生する手数料は、ホント高いわねぇ・・・」
「そう思うだろう。農協に勤めているお前さんでも?」
(91)へつづく
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