落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(59)雪の接近

2018-03-01 17:40:29 | 現代小説
オヤジ達の白球(59)雪の接近



 
 2月13日午後3時。空が灰色の雲におおわれてきた。
雪雲の接近が朝の天気予報よりも、はるかに速い。
チラチラと、綿毛のような白いかたまりが空から舞い降りてきた。

 午後4時。駐車場の全体が白くなる。

 「積もりそうだ。駐車場が白くなってきた」

 「地面が乾いているからな。それで白くなるのが早いのさ」

 車の屋根が白くなってきた。
表の様子を心配そうに見つめている慎吾の背後へ、北海の熊が近づいてきた。

 「おい。キュウリ屋。ビニールハウスは大丈夫か?」

 「5㌢や10㌢の雪じゃビクともしません。大丈夫です。
 屋根は丸い形をしています。少々の雪なら、滑りおちていきますから」

 「そうか、雪が勝手に滑り落ちるのか。じゃ心配する必要はないな。
 ビニールハウスってやつは、意外に丈夫に出来ているんだな。
 何年か前だがハウスの屋根へ、雪がたっぷり積もったのを見たことがある。
 桜が咲くころだったなぁ。たしか、3月おわりのドカ雪だ」

 「ありましたねぇ。確かにそんな年が。
 あのときは20㌢ほど降りました。しかし、このあたりのハウスはぜんぶ無事でした」

 「うん。あのとき潰れた話は聞かなかった。
 20センチくらいの雪ならぜんぜん大丈夫なんだな、このあたりのビニールハウスは?」

 「ええ。雪よりも、風対策を重視しています。
 群馬の空っ風は、台風なみの強風になりますからねぇ」

 「そいつは言える。
 赤城の山から吹き下ろす真冬の空っ風は半端じゃないからな。
 おっ・・・メールがやって来た」

 熊のポケットでメールの着信音が鳴る。
「誰だ、今ごろ」液晶画面をのぞき込む熊の顔が苦笑にかわる。

 「どうしました?」

 「昨日から愛人と2人で水上温泉へ行っている先輩からだ。
 ようやく口説けて、念願だった2人だけの温泉旅行が実現したらしい。
 どれどれ。夕べの首尾の報告かな・・・」

 熊が目を細めて、メールの文章を覗き込む。
だが、どうにも焦点が合わないようだ。画面を近くしたり、遠くしている。

 「老眼ですか?。熊先輩」

 「バカやろう。まだ老眼は早い。
 だがよ。最近はとみに小さな文字が見にくくなってきた。ただそれだけだ」

 「それなら、設定で直ります。
 見にくいのなら大きな文字に変えればいいだけですから」

 「そんな便利なことができるのか、いまどきの携帯は!」

 携帯を受け取った慎吾が、表示の設定を変える。
「お・・・なんだよ。これならはっきり見えるぜ。どれどれ」
北海の熊が、大きくなった文章をのぞきこむ。

 「なんだって・・・カミさんにばれるとまずいから、早めに宿を出て
 帰りの道を急いでいる。
 なんでぇ、一大事でも勃発したかと思ったが、ただの普通の展開じゃないか」

 面白くもなんともねぇな・・・とつぶやいた熊の顔が次の瞬間、
いきなりあかるく輝く。

 「なんだと。帰りの道を急いでいるのに、水上温泉から10キロほど南下した地点で
 雪にはばまれて、ただいま立ち往生中だと・・・
 おっ。もうそんなに降っているの、群馬県北部の山沿いは」

 「えっ。ということはすでに国道17号線で、立ち往生が発生しているということですか!」

 「そうらしいな。
 ついでに、助手席で笑顔で呑気にVサインをしている愛人の画像まで送って来た。
 愛人は笑顔でも、早く家に戻りたい先輩のこころのうちは火の車だ。
 やれやれ。バレンタインデーの前日だというのに俺の先輩は、どうやら、
 天国と地獄の中間にぶら下がっているようだな」

 (60)へつづく