オヤジ達の白球(64)ホワイト・バレンタイン

2月14日。時計は午前3時をまわった。
雪のやむ気配はみえない。時間とともにしんしんと降り積もっていく。
陽子が猫間障子に手をかける。
猫間障子の下半分に、ガラスがはめこまれている。そのうえに開閉できる小障子がついている。
もともとは猫が出入出来るよう、小窓があいていた。
雪見障子というものがある。こちらは最初から下半分がガラスになっている。
部屋に居ながらにして、外に積もる雪を見ることができるものだ。
しかし。ガラス部分の内側に小障子はついていない。
この2つの分類は少々厄介だ。
雪見障子はつねに下半分から外が見えるもの。
猫間障子は小障子を降ろせば、すべてが障子のように見えるもの。
と解釈すればよいだろう。
生垣の上に積もった雪が風にあおられ、どさりと落ちた。
「ねぇ祐介。知ってる?。雨と雪のちがいを」
陽子が4本目の熱燗を持ち上げる。
「あめかんむりは、空から落ちるしずくをあらわしたもの。
雨の下にヨという文字を書き足すと、雪になる。
このヨは、箒を省略したものなの。
白く降り積もった雪は、箒で掃くことができる天からの贈り物という意味になる。
しずくは地面に浸みこんで消えるけど、雪は掃くことができるのよ」
「雪は掃くことのできる天からの贈り物か。なるほどね。
だけどよ。どうやら箒じゃ掃けないほど積もって来たぜ、この雪は」
「どのくらい積もったかしらねぇ?」
「30㌢は越えたかな?。ここまでの雪を見るのはひさしぶりだ」
「ホワイト・バレンタインデーのはじまりかぁ。
うふふ。なんだか、いきなりロマンチックな展開になってきましたねぇ」
陽子が小障子をパタンと降ろす。
外からの寒気がいっきに遮断される。室内にあたたかさがよみがえってきた。
「よほど冷えていたんだな。
小障子を降ろしただけで、急に、部屋の中があたたかくなってきたぜ」
「あら、そう?。わたしはそれほど感じないけど。
鈍感になっているのかしら。熱燗のせいで、酔っぱらっているのかな?」
「酔ってるみたいだ。目元がほんのり赤くなってる」
「酔っぱらったついでに、本音を吐いちゃおうかな」
「おだやかじゃないねぇ。なんだ、本音というは?」
「もう一本呑む?。熱燗」
「おう。呑む。外は遣らずの雪だし、時刻はもう深夜の3時半だ。
降り籠められて、帰りたくても帰れねぇ状態だ。
焼け酒とはいわねぇがこんな状態じゃ、もう、ひたすら呑むしかないだろう」
「なにもすることのない男と女が、バレンタインデーの未明に焼け酒をのんでいる。
長い人生だ。
たまにはそんな夜があってもいいわよね。
じゃ、もう2~3本、まとめて熱燗をつけてこようかしら」
空の徳利をもって、陽子が立ち上がる。しかし足元がおぼつかない。
案の定。態勢を崩して前のめりになる。
「あ・・・あぶねぇ!」
身体をささえようとして立ちあがった祐介の手を、陽子がするりとすり抜ける。
「おあいにく様。どさくさにまぎれたボデイタッチは、大火傷のもとです」
「なんだ・・・酔っていねぇのか」
「酔ってるよ。だからとっさに逃げたんだ。あんたの手からね。
なんだかややっこしいことになる前にさ」
あははと笑いながら陽子が、腰をくねらせてキッチンへ消えていく。
しかし。そのあしもとは、あきらかに酔っている。
(65)へつづく

2月14日。時計は午前3時をまわった。
雪のやむ気配はみえない。時間とともにしんしんと降り積もっていく。
陽子が猫間障子に手をかける。
猫間障子の下半分に、ガラスがはめこまれている。そのうえに開閉できる小障子がついている。
もともとは猫が出入出来るよう、小窓があいていた。
雪見障子というものがある。こちらは最初から下半分がガラスになっている。
部屋に居ながらにして、外に積もる雪を見ることができるものだ。
しかし。ガラス部分の内側に小障子はついていない。
この2つの分類は少々厄介だ。
雪見障子はつねに下半分から外が見えるもの。
猫間障子は小障子を降ろせば、すべてが障子のように見えるもの。
と解釈すればよいだろう。
生垣の上に積もった雪が風にあおられ、どさりと落ちた。
「ねぇ祐介。知ってる?。雨と雪のちがいを」
陽子が4本目の熱燗を持ち上げる。
「あめかんむりは、空から落ちるしずくをあらわしたもの。
雨の下にヨという文字を書き足すと、雪になる。
このヨは、箒を省略したものなの。
白く降り積もった雪は、箒で掃くことができる天からの贈り物という意味になる。
しずくは地面に浸みこんで消えるけど、雪は掃くことができるのよ」
「雪は掃くことのできる天からの贈り物か。なるほどね。
だけどよ。どうやら箒じゃ掃けないほど積もって来たぜ、この雪は」
「どのくらい積もったかしらねぇ?」
「30㌢は越えたかな?。ここまでの雪を見るのはひさしぶりだ」
「ホワイト・バレンタインデーのはじまりかぁ。
うふふ。なんだか、いきなりロマンチックな展開になってきましたねぇ」
陽子が小障子をパタンと降ろす。
外からの寒気がいっきに遮断される。室内にあたたかさがよみがえってきた。
「よほど冷えていたんだな。
小障子を降ろしただけで、急に、部屋の中があたたかくなってきたぜ」
「あら、そう?。わたしはそれほど感じないけど。
鈍感になっているのかしら。熱燗のせいで、酔っぱらっているのかな?」
「酔ってるみたいだ。目元がほんのり赤くなってる」
「酔っぱらったついでに、本音を吐いちゃおうかな」
「おだやかじゃないねぇ。なんだ、本音というは?」
「もう一本呑む?。熱燗」
「おう。呑む。外は遣らずの雪だし、時刻はもう深夜の3時半だ。
降り籠められて、帰りたくても帰れねぇ状態だ。
焼け酒とはいわねぇがこんな状態じゃ、もう、ひたすら呑むしかないだろう」
「なにもすることのない男と女が、バレンタインデーの未明に焼け酒をのんでいる。
長い人生だ。
たまにはそんな夜があってもいいわよね。
じゃ、もう2~3本、まとめて熱燗をつけてこようかしら」
空の徳利をもって、陽子が立ち上がる。しかし足元がおぼつかない。
案の定。態勢を崩して前のめりになる。
「あ・・・あぶねぇ!」
身体をささえようとして立ちあがった祐介の手を、陽子がするりとすり抜ける。
「おあいにく様。どさくさにまぎれたボデイタッチは、大火傷のもとです」
「なんだ・・・酔っていねぇのか」
「酔ってるよ。だからとっさに逃げたんだ。あんたの手からね。
なんだかややっこしいことになる前にさ」
あははと笑いながら陽子が、腰をくねらせてキッチンへ消えていく。
しかし。そのあしもとは、あきらかに酔っている。
(65)へつづく