オヤジ達の白球(62)中華まん

祐介がアクセルを踏む足に、すこしだけ力を込める。
雪道にあせりは禁物。ましてここは高台へむかう心臓破りの急坂の途中。
空転したタイヤは、雪に溝を掘る。
そうなると、雪用のタイヤでも雪にはまることがある。
頂上まであとすこしというところで祐介が「あ・・・」と急ブレーキを踏む。
ロックされたタイヤが、ガツガツと車体を揺らす。
しかし新品のスノータイヤの効き目は抜群だ。
左右にふられることもなく坂の斜面で、車体をしっかり停止させる。
祐介の車の前方、およそ10メートル。
ハザードを点灯したまま、立ち往生している車が有る。
後部に見えるのは高齢者マーク。
スノータイヤは履いているらしい。しかし、履き古しているような感がある。
頂上まであとすこしというところで、ついに力尽きたようだ。
急坂は、いちど停まってしまうと厄介だ。
「押すか・・・」。祐介がドアを開けて坂道へ出る。
坂道には充分な広さがある。そのままパスして追い越していくことは簡単だ。
しかし。苦戦している車をそのまま見捨てていくのは、なぜか後味がわるい。
「押しましょうか?」祐介が運転席のガラスをノックする。
「あら!。困り果てていたのよ。助かるわぁ~」
半分ひらいたガラスから、老婦人の笑顔が返って来た。
「押しますから声をかけたら、ゆっくり、アクセルをあけてください。
タイヤが空転してしまうと、脱出が難しくなります。
そうですね。赤ん坊をあやすようにやさしく、アクセルを踏み込んでください」
押しますよと祐介が、車の背後へ回っていく。
「見捨てるわけにいかないわね。わたしも手伝うわ」陽子が助手席から降りてくる。
2人の手が、車の後部をささえる。
「押しますよ。すこし前へ出たら、アクセルをゆっくり踏み込んでください」
祐介の声にこたえて老婦人がアクセルを踏み込む。
2人の押す手とアクセルのタイミングが合った瞬間。山を減らしたスノータイヤが
新雪にすこしだけ食いついた。
「おっ、反応が出たぞ。タイヤが雪に食いついた!」動き出せば、あとは早い。
2人が押す手に力をこめる。
ゆるゆる登り始めた老婦人の軽車両が、数分後、坂道の頂へ出る。
運転席のガラスが全開で開く。
「ありがとう。助かったわ。
坂道の途中で停まってしまった瞬間から、わたし、生きた心地がしなかったもの。
これ。2人で食べて。
亡くなった主人が大好きだった、中華まんです」
老婦人がレジ袋に入った中華まんを差し出す。
「中華まんを買うために、こんな真夜中、わざわざ下のコンビニまで行ったのですか?」
「亡くなった主人がね、雪が降ると中華まんをサカナにお酒を飲むの。
そんなことを思いだしたら矢も楯もたまらず、気が付いたら、車に乗っていたのよ。
あら、あなた。亡くなった主人の若い頃に、よく似ていますねぇ。
若い頃の主人にうりふたつです。いい男ですねぇ、あなたも。うふふ」
老婦人の車が2本のわだちを残して遠ざかっていく。
祐介の手に老婦人からわたされた中華まん入りのレジ袋が、ぶらさがっている。
時刻は深夜の2時。
「どうする、これ?」車へ戻った祐介が、中華まん入りのレジ袋を陽子へ見せる。
「雪見酒用のつまみでしょ。
熱燗をつけるわ。この雪だもの。朝までふたりでゆっくりのみましょ」
(63)へつづく

祐介がアクセルを踏む足に、すこしだけ力を込める。
雪道にあせりは禁物。ましてここは高台へむかう心臓破りの急坂の途中。
空転したタイヤは、雪に溝を掘る。
そうなると、雪用のタイヤでも雪にはまることがある。
頂上まであとすこしというところで祐介が「あ・・・」と急ブレーキを踏む。
ロックされたタイヤが、ガツガツと車体を揺らす。
しかし新品のスノータイヤの効き目は抜群だ。
左右にふられることもなく坂の斜面で、車体をしっかり停止させる。
祐介の車の前方、およそ10メートル。
ハザードを点灯したまま、立ち往生している車が有る。
後部に見えるのは高齢者マーク。
スノータイヤは履いているらしい。しかし、履き古しているような感がある。
頂上まであとすこしというところで、ついに力尽きたようだ。
急坂は、いちど停まってしまうと厄介だ。
「押すか・・・」。祐介がドアを開けて坂道へ出る。
坂道には充分な広さがある。そのままパスして追い越していくことは簡単だ。
しかし。苦戦している車をそのまま見捨てていくのは、なぜか後味がわるい。
「押しましょうか?」祐介が運転席のガラスをノックする。
「あら!。困り果てていたのよ。助かるわぁ~」
半分ひらいたガラスから、老婦人の笑顔が返って来た。
「押しますから声をかけたら、ゆっくり、アクセルをあけてください。
タイヤが空転してしまうと、脱出が難しくなります。
そうですね。赤ん坊をあやすようにやさしく、アクセルを踏み込んでください」
押しますよと祐介が、車の背後へ回っていく。
「見捨てるわけにいかないわね。わたしも手伝うわ」陽子が助手席から降りてくる。
2人の手が、車の後部をささえる。
「押しますよ。すこし前へ出たら、アクセルをゆっくり踏み込んでください」
祐介の声にこたえて老婦人がアクセルを踏み込む。
2人の押す手とアクセルのタイミングが合った瞬間。山を減らしたスノータイヤが
新雪にすこしだけ食いついた。
「おっ、反応が出たぞ。タイヤが雪に食いついた!」動き出せば、あとは早い。
2人が押す手に力をこめる。
ゆるゆる登り始めた老婦人の軽車両が、数分後、坂道の頂へ出る。
運転席のガラスが全開で開く。
「ありがとう。助かったわ。
坂道の途中で停まってしまった瞬間から、わたし、生きた心地がしなかったもの。
これ。2人で食べて。
亡くなった主人が大好きだった、中華まんです」
老婦人がレジ袋に入った中華まんを差し出す。
「中華まんを買うために、こんな真夜中、わざわざ下のコンビニまで行ったのですか?」
「亡くなった主人がね、雪が降ると中華まんをサカナにお酒を飲むの。
そんなことを思いだしたら矢も楯もたまらず、気が付いたら、車に乗っていたのよ。
あら、あなた。亡くなった主人の若い頃に、よく似ていますねぇ。
若い頃の主人にうりふたつです。いい男ですねぇ、あなたも。うふふ」
老婦人の車が2本のわだちを残して遠ざかっていく。
祐介の手に老婦人からわたされた中華まん入りのレジ袋が、ぶらさがっている。
時刻は深夜の2時。
「どうする、これ?」車へ戻った祐介が、中華まん入りのレジ袋を陽子へ見せる。
「雪見酒用のつまみでしょ。
熱燗をつけるわ。この雪だもの。朝までふたりでゆっくりのみましょ」
(63)へつづく