北へふたり旅(30)
シゲ婆さんはお節介。よくいえば面倒見がいい。
しかし、ときに度が過ぎる。
傍目で「おや?」と首をかしげるときがある。
暑さが増してきた朝。
シゲ婆さんが保冷用の水筒を2つもってきた。
テプとドンへ使い古しの水筒を差し出す。
「孫たちが使っていたもんだ。もう使わないそうだ。
もったいないから持ってきた。
すこし傷があるが、使えないわけじゃないさ。
遠慮しないで使っておくれ。
必要だよ。これからもっともっと、暑くなるからね」
たしかに古い。
顔を見合わせたテプとドンが、しぶしぶ水筒を受け取る。
あまりうれしくないプレゼントだ。
食べ物ももってくる。パンがおおい。
独自のルートから、孫たちのために仕入れているという。
パン工場へ勤めている知人が、格安でもってくる。
従業員はパンが喰い放題という話はよく聞く。
しかし、外部への持ち出しは許可されていないはずだ。
誤魔化してもってくるのだろうか?
種類は指定できないが、ビニール袋いっぱいのパンが500円だという。
問題がある。
ほとんどが賞味期限ぎりぎりで、ときに1日遅れのものもはいっている。
「だいじょうぶだよ。いたんでいるわけじゃないから」
孫が口にしないものを、ベトナム人なら大丈夫と信じているのだろうか。
平然と差し出す。
彼らは断れない。
「ありがとう」しぶい顔で受け取る。
「食べちゃいなよ、早く。若いんだからいくらでも食べられるだろう」
シゲ婆ちゃんが目を細める。その場で食べることをすすめる。
「いえ・・・あとで。家に帰ってから食べます」
先進国の日本とは言え、目の前にあるのは期限切れ寸前の食べ物だ。
なにがあるかわからない。
いや先進国だからこその、落とし穴もある。
パンの原材料名欄に、イーストフードと書いてある。
パンをつくるためイースト菌をつかう。
書かれてあるイーストフードが、それだと思っているひとがおおい。
しかし。イースト菌とイーストフードはまったくの別物。
イーストフードは食品添加物のひとつ。生地の改良剤だ。
パンは小麦粉を醗酵させてつくる。
その際。イーストフードをいれると、イースト菌が活発になる。
その結果、短時間で大量のパンをつくることが可能になる。
イースト菌の栄養、それがイーストフードだ。
イーストフードは、ぜんぶで16種類。
塩化アンモニウム・塩化マグネシウム・炭酸カリウム・硫酸カルシウム、
などなど、化学的につくられた合成添加物が並んでいる。
リン酸水素アンモニウム・リン酸一水素カルシウムなど、
物騒な物質もまじっている。
イーストフードをつかうと、短時間で大量のパンが生産できる。
見た目もふっくらし、きれいに仕上がる。
それでいて使用する小麦粉はイーストフードを使わないものとくらべ、
7割ほどですむ。
しかし・・・先進国のパンは危ない。
そのことを、ベトナムから来た彼らは知っている。
日本には安全神話があふれている。
危険性をひたかくしに隠し、安全ですだけを呪文のようにくりかえし、
普及させてきたものがたくさんある。
福島の第一原発。天井が崩落した高速のトンネル。
台車に亀裂がはいった新幹線。
みじかな菓子パンや食パンもそのひとつ・・・
(31)へつづく