落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(73) 函館夜景⑧ 

2020-02-01 17:20:13 | 現代小説
北へふたり旅(73) 函館夜景⑧ 


 カウンターへ腰をおろしてからが長かった。


 常連客が2人。会話へ割り込んできたからだ。
雨の中。ケンカ別れしたリリーを、寅さんが駅まで迎えに行く。
寅やの番傘を持った寅さんが、改札口でリリーが電車から降りてくるのを待つ。
第15作の見せ場、相合傘のシーンのやりとりが再現される。


 リリー「迎えに来てくれたの?」


 寅さん「ばかやろう! 散歩だよ」


 リリー「雨の中、傘さして散歩してんの?」


 寅さん「悪いかい?」


 リリー「濡れるじゃない」


 寅さん「濡れて悪いかよ」


 リリー「風邪ひくじゃない?」


 寅さん「ひいて悪いかい」


 リリー「だって・・・寅さんが風邪ひいて寝込んだら・・・」


 リリー「わたし、つまんないもん」


 常連の一人が興奮してたちあがる。


 「寅さんとリリーがとらやの番傘で相合傘だ。
 雨の中。柴又の参道を2人が寄り添って歩いていく。
 男と女のロマンだぞ、相合傘は。
 おまえ。一度でもさしたこと有るか、相合傘というやつを!」


 「おれには無ぇ」もうひとりが吐き捨てる。


 「そうだろう。あるはずがねぇ。
 60を過ぎていまだ独り者のお前に、そんな粋な濡れ場があるはずねぇ」


 「わるかったな。60を過ぎていまだ独り者で。
 じゃあ聞くが、お前にはあるのか。相合傘の経験が!」


 
 「見損なうな。お前とは違う。いちどだけ有る」



 「おっ・・・有るのか!。なんだ。やるじゃねぇか。誰とだ?」


 「別れた女房だ」


 「わ・・・別れた女房だと!。へん。笑わせるな。
 相合傘したあげくに別れるのか!。なんだ。だらしねぇ」


 「言ったな、この野郎。
 おれたちは大人の事情で別れたんだ。
 じゃあ、おめえはどうだ。
 独り者じゃ、別れることすら出来ないだろう!」


 「わるかったな独り者で。好きでひとりでいるわけじゃねぇ。
 60年間まちつづけたが、気に入った女があらわれなかっただけだ」


 「おめでたいやつだぜ。まったく。
 待ってるだけで女がやって来るのなら、誰も苦労しねぇ。
 人生100年の時代だ。好きなだけ待つがいい。
 そのうち物好きな女が、ひょっとして現れるかもしれねぇ」
 
 「言ったなこの野郎。そいつを言っちゃあ、おしまいだ。
 頭にきた。おう、表へ出ろ」


 「上等だ。売られた喧嘩だ、買ってやる!」

 まぁまぁと、慌てて2人のあいだへ割って入る。
妙な展開になって来た。



 「おたがい、おなじ寅さんのファンじゃないですか。
 ケンカしないで仲良くやりましょうよ」


 「おれは寅さんのファンじゃねぇ。
 リリーのファンだ。リリーが大好きだ」


 「そういえば大将。
 この野郎はリリーの写真ばかり15~6枚、壁から盗みやがった」


 「そういうお前だって寅さんの写真ばかり盗ったじゃねぇか!」


 「お前ほどじゃねぇ。おれが取ったのはたった10枚だ!」


 「お客さん。止めることはねぇ。
 この2人は酔っぱらうといつもこうなる。
 これでけっこう仲がいい。
 雨の日はなかよく2人で傘をさして帰っていくんだ。
 男同士の千鳥足での相合傘だ。あっはっは」


 大将が大きな声で笑い出す。
 
(74)へつづく