落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(78) 札幌へ③

2020-02-18 18:04:55 | 現代小説
北へふたり旅(78) 

 
 妻が中国のご婦人と手をつなぎ歩きはじめた。
「一キロ通」の標識を過ぎて間もなく、広い道路へ出た。
中央に分離帯がある。
「さかえ通」と書いてある。
分離帯に木が植えてあり、子供たちのためのブランコまで置いてある。


 「分離帯というより、ミニ公園みたいですねぇ」


 「グリーンベルトと呼ばれる緑地帯だ。
 函館は風が強いため、何度も大火に見舞われた。
 昭和9年の大火のあと防火帯として、中央分離帯をもつ道路を整備した。
 全部で15本。総延長14kmに及ぶという。
 2度と大火を起こさないという当時の人々の思いが、ここにこめられている」


 「いつの間に調べたの?」


 「君と中国のご婦人が手をつないだとき。
 手持ち無沙汰になったので、ちょっと携帯をググってみた」


 「ほかに何か有りましたか?」
 
 「このあたりから通りの雰囲気が代わるらしい」


 「そういえば通りが狭くなってきました。
 住宅街の中を通る、生活道路のような雰囲気にかわってきました」


 
 芝桜が歩道にはみだして咲いている。雑草に覆いつくされた場所もある。
突き当りに海が見えてきた。津軽海峡だ。
集魚灯をならべた船が戻ってきた。たぶんイカ釣り漁船だろう。


 「セリの時間ぎりぎりに戻って来たのかな。
 旨いだろうなあれ。採ってきたばかりのイカは・・・」


 「ホテルの朝食も豪勢です。
 もしかしたら、ピチピチのイカ刺しが食べられるかもしれません」


 「まさか。朝飯だ。そんな豪勢なはずがない」


 「あら。知らずに予約したのですか、あなたは。
 有名ですよ。
 函館べィの豪華すぎる朝食は」


 「そうか?」


 「ふふふ。やっぱり知らなかったんだ」あなたらしいですと妻が目をほそめる。
「どういう意味だ?」問い返すと、どこか抜けているところです、と妻が笑う。
図星だがチクリと胸になにかが突き刺さる。


(ふぅ~ん。有名なのか朝食が・・・知らなかった)


 沖へ目を向ける。さきほどのイカ釣り船はどこだろう?
見つかった。
港へ急いでいるのか立待岬をいそいで回り、函館山の陰へ消えていった。


 そういえば腹が減って来た。
時計を見ると6時15分をすぎている。
(20分も有ればホテルへ戻れるだろう。ちょうどいい時間だ)
戻ろうと顔をあげたとき、目の前に居たはずの妻と中国のご婦人の姿がない。


 (あれ・・・どこへ消えた、2人して)


 あわてて路地をのぞきこむ。2人の姿は見えない。
おかしい。ついさっきまでわたしのそばに居たはずなのに・・・


 うしろからクラクションが聞こえてきた。
振り返ると軽トラックが停まっている。
運転しているのはまったく無覚えのない、ひげだらけの男性。
指で後ろへ乗れと合図している。


 (うしろへ乗れ?。いったいどういう意味だ?)


 荷台へまわる。
驚いたことに妻と中国のご婦人が荷台へ座りこんでいる。


 「なにやってんだ、2人とも!」
 
 「のんびり歩いていたら、朝食の時間に間に合いません。
 見回していたら、魚市場へ向かうこの軽トラックを見つけました。
 乗せてくれるそうです。
 あなたも荷台で荷物になってくださいな」


 「違反だろう、これって・・・」


 「津軽海峡でとれたマグロを運んでいると思えばだいじょうぶ。
 あなたは横になってください。マグロになった気分で。
 うふふ」




 (79)へつづく