上州の「寅」(27)
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寅とユキ、チャコの3人だけの生活がはじまった。
朝5時に起きだす。寒い。2月の外はまだ暗い。
寅がかまどの前へ坐る。
それを合図に女2人の朝食の準備がはじまる。
寅がかまどで飯を炊く。
金髪2人が土間を行きかう。
トントンと包丁で刻む音が寅の耳へひびいてくる。
女2人がせっせと朝食の準備をすすめていく。
そんな様子を横目で見ながら(まるで昭和初期の朝餉の風景だな・・・)
寅がつぶやく。
「なに?。朝餉って?」
ユキが寅の背後で足をとめる。
「知らないのか。永谷園の味噌汁のことさ。
朝はあさげ、夜はゆうげ」
寅の答えにチャコが振り向く。
「こら寅。手をぬくんじゃない。
ちゃんと教えてあげな。
これからあんたはユキの家庭教師になるんだから」
「ユキちゃんの家庭教師になる?。俺が?。
なんだいったい。どういう意味だ。それは・・・」
「あんたの二つ目の任務は、ユキの家庭教師だ」
「ひとつめが日本ミツバチの養蜂で、ふたつめがユキの家庭教師?。
なんで俺が家庭教師だ。ユキちゃんの」
「ユキはこの春から高校生になる。
といってもインターネットを使った通信制の高校だけどね」
「ユキちゃんが高校生になる。それはいいことだ。凄いな」
「勉強を教えてあげたいけど、あたしじゃ無理だ。
転校ばかりで、勉強はからっきし駄目だったからね。
不安だから誰かいないかと相談したら、うってつけの奴が居る、
すぐ送り込むという結論になった」
「やっぱり最初から大前田氏と共謀していたんだな」
「えへへ。ついにばれたか」
「ということは・・・ひょっとしてユキちゃんが高校を卒業するまで、
俺は帰れないということか?」
「そういうことになるかしら」
「軽く言うな。大変なことだぞ」
「嫌なら帰ってもいいのよ」
「金はないし、どうやって帰るんだ。鹿児島のこんな山奥から!」
「お金がないならヒッチハイクだね。
鹿児島から群馬まで1300㎞・・・ううん~。気絶するほど遠いわね」
「まいったなぁ・・・」
「あんたが悪いのよ。免許証のコピーなんか渡すから」
「免許証のコピーはまずいのか?」
「あたりまえでしょ。本籍と現住所。
おまけに顔写真までついているもの、すぐ本人が確認できる。
履歴書なら嘘が書けるけど、免許証じゃ誤魔化せない。
テキヤに免許証のコピーを預けたあんたが悪い。
あきらめることですね。ユキが高校を卒業するまで」
(28)へつづく