落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(27)家庭教師  

2020-09-08 12:04:05 | 現代小説
上州の「寅」(27) 

 
 寅とユキ、チャコの3人だけの生活がはじまった。
朝5時に起きだす。寒い。2月の外はまだ暗い。


 寅がかまどの前へ坐る。
それを合図に女2人の朝食の準備がはじまる。
寅がかまどで飯を炊く。
金髪2人が土間を行きかう。
トントンと包丁で刻む音が寅の耳へひびいてくる。


 女2人がせっせと朝食の準備をすすめていく。
そんな様子を横目で見ながら(まるで昭和初期の朝餉の風景だな・・・)
寅がつぶやく。


 「なに?。朝餉って?」


 ユキが寅の背後で足をとめる。


 「知らないのか。永谷園の味噌汁のことさ。
 朝はあさげ、夜はゆうげ」


 寅の答えにチャコが振り向く。


 「こら寅。手をぬくんじゃない。
 ちゃんと教えてあげな。
 これからあんたはユキの家庭教師になるんだから」


 「ユキちゃんの家庭教師になる?。俺が?。
 なんだいったい。どういう意味だ。それは・・・」


 「あんたの二つ目の任務は、ユキの家庭教師だ」


 「ひとつめが日本ミツバチの養蜂で、ふたつめがユキの家庭教師?。
 なんで俺が家庭教師だ。ユキちゃんの」


 「ユキはこの春から高校生になる。
 といってもインターネットを使った通信制の高校だけどね」


 「ユキちゃんが高校生になる。それはいいことだ。凄いな」


 「勉強を教えてあげたいけど、あたしじゃ無理だ。
 転校ばかりで、勉強はからっきし駄目だったからね。
 不安だから誰かいないかと相談したら、うってつけの奴が居る、
 すぐ送り込むという結論になった」


 「やっぱり最初から大前田氏と共謀していたんだな」


 「えへへ。ついにばれたか」


 「ということは・・・ひょっとしてユキちゃんが高校を卒業するまで、
 俺は帰れないということか?」
 
 「そういうことになるかしら」


 「軽く言うな。大変なことだぞ」


 「嫌なら帰ってもいいのよ」


 「金はないし、どうやって帰るんだ。鹿児島のこんな山奥から!」


 「お金がないならヒッチハイクだね。
 鹿児島から群馬まで1300㎞・・・ううん~。気絶するほど遠いわね」


 「まいったなぁ・・・」


 「あんたが悪いのよ。免許証のコピーなんか渡すから」


 「免許証のコピーはまずいのか?」


 「あたりまえでしょ。本籍と現住所。
 おまけに顔写真までついているもの、すぐ本人が確認できる。
 履歴書なら嘘が書けるけど、免許証じゃ誤魔化せない。
 テキヤに免許証のコピーを預けたあんたが悪い。
 あきらめることですね。ユキが高校を卒業するまで」




(28)へつづく