落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま  (12)

2016-12-14 18:09:53 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (12) 
(12)清子の長い一日



 平家絵巻行列に参加する人たちが体育館で、身支度を整える。
それが終わると、湯殿山神社の境内へ移動する。
出陣式をおこなうためだ。境内で、出陣のための最初の儀式がひらかれる。
壇ノ浦に近い赤間神宮から由来した、『祓神楽(はらえかぐら)』の奉納から、
平家大祭の幕があく。


 『祓神楽』は、赤間神社独自の舞といわれている。
独自の舞が遠く離れた平家落人の里で、巫女たちによって再現されていく。
調子の早い笛と太鼓を伴奏に、白い小袖に緋色の袴を履いた巫女たちが鈴と御幣を
手に、くるくる左右に旋回していく。


 おさげ髪の清子は、髪の長さを足すために髢(かもじ)を使用している。
(※髢(かもじ・髪文字)とは、髪を結ったり垂らしたりする場合に、
地毛の足りない部分を補うためにつかう添え髪・義髪のこと)



 「清子。晴れ舞台や。たっぷり楽しんでおいで」



 豊春にポンと背中を押された清子が、背筋を伸ばす。
唇を小さくつぼめる。背中を伸ばした姿勢を保ったまま、腹部にためた空気を
ゆっくり、しっかり、最後まで吐き切る。
すべての息を吐き終わったあと、きつく唇を閉じる。
鼻孔を大きく開ける。
ゆっくりしたテンポを保ったまま、胸を反らし、腹の一番奥まで、
たっぷり、新鮮な空気を吸い込んでいく。



 清子の背筋の美しさと、袴を身につけた瞬間からたちのぼってくる
初々しさは、幼い時からはじめた剣道に由来している。
ときどき見せるこの呼吸法は『空気を吐きながら、剣を打ち込む』という
剣道の練習方法から、自然に身につけたものだ。



 「緊張しています。だって、産まれて初めての晴れの舞台ですもの」



 清子が、コクリと生唾を呑み込む。
シャン、シャン、シャンと鈴を3度鳴らしてから、緋色の裾を翻す。
静まり返った境内へ、清子が踏み出していく。
大勢の見物人とカメラマンを引き連れて、平家絵巻行列が湯殿神社の境内を
出発するのは、午前11時。
ここから(清子の予想を遥かに超えた)長い一日が幕を開ける。
壇ノ浦の戦いから、831年。
かつての栄華を今に伝えるこの祭りは、清子自身が覚悟していた以上の試練を、
小さな身体に与える。


 鎧甲姿の平清盛と重盛が、まず先頭を行く。
勇壮な男たちの武者行列に続いて、平安時代の旅装束スタイルの小袿(こうちぎ)に、
市女笠(いちめがさ)の女人行列が、そのあとにつづく。
九十九姫物語にちなんだ女人の華やかな行列だ。


 温泉街を進んだあと、稚児行列が最初の休憩をとる。
本隊はそのまま進む。武者姿の男たちが、湯西川の河原で合戦の陣形を張る。
小休止をとる一方、剣劇を含んだ野外合戦などが再現される。
野外劇と休憩が終わると、再び行列が合流して、平家の里を目指して歩き出す。


 行列が門をくぐる。
平家の里の奥へ進み、赤間神宮へ到着したところでこの日の絵巻行列が終了する。
しかし。巫女をつとめている清子の仕事は、まだ終わらない。
境内で凱旋式が始まる。巫女による神事がはじまる。
鈴と御幣を持ち、ゆるやかに5回転ほど舞ってみせた後、御幣をそれぞれの
参拝者の頭にかざしていく。
この頃になると清子もさすがに、疲労のピークを迎えている。


 多数のカメラマンを引き連れたことで、清子の神経は疲弊しきっている。
これほどまで注目されるのは、初めてのことだ。
疲れ果て、虚ろになりながら、それでもなんとか神事の舞いを舞い終える。
ようやくこの日の大役を終わろうとしているそのとき、ささいな
手違いが発生する。


『喉が乾いた』とつぶやいた清子のひとことが、大騒動を巻き起こす。
舞台の主役が代わり、白拍子たちが優雅な舞を披露する頃、
ぐったりしている清子の介抱のため、春奴一門の芸妓たちが、
てんやわんやの大騒ぎになる。



 「誰やぁ。清子に酒を飲ませてしまったのは!」


 「仕方ないやろ。喉が渇いたとこの子が大騒ぎをするんだもの。
 水かと思ったら、入っていたのはお清め用の清酒やった。
 ひとくちで呑んでしまった、清子が悪いんやぁ」


 「最初から最後まで、緊張をし過ぎたのが間違いの原因や。
 いくら初舞台と言うても、ここまで緊張しなくてもいいものを。
 力の抜き方をしらない不器用者やなぁ、この子ったら」



 「いいから、そっちを持って。
 面倒くさいからもう、このまま担いで、ウチまで持って帰ろうか」



 「あんた。おんぶしてやりなさいよ。体力だけはウチの門下で一番だもの」



 「でもなぁ。綺麗やったでこの子。ウチ、久々に感動したわ。
 一切手を抜かず、最初から最後まで巫女の役目を貫徹するなんて、
 案外、熱い気持ちを持っているじゃないの、この子」


 「阿呆なこと言わんといて。ただの加減知らずの、粗忽者や。
 芸子が仕事を終わるたびに、酒を飲んでいちいち倒れていたんでは、
 商売にならへん。
 もう少し根本的に、酒に強くさせる必要があるわ」



 「アホなことをいわんといて。
 15の子に、酒の特訓をさせてどうすんの。常識が疑われてしまうわ」


 「そう言わんと頑張ったんだもの、清子を褒めてあげようよ。
 根性だけで乗り切るとは、子供ながら大したもんや。
 物覚えの悪い亀のような子やけど、可愛いところも案外あるもの。
 早よ行こう。醜態の写真を撮られんうちに。
 この子を早く隠そう。
 こんな、酔いつぶれたみっともない証拠写真を残しておいたら、
 この子の面目が丸つぶれで、可哀想やないか」



(13)へ、つづく



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2 コメント

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今日は 人間だけ (屋根裏人のワイコマです)
2016-12-14 18:42:00
いつも登場のオス猫君の出番はありませんでしたが
此処までで・・結構な役者と・・
よく判りました。
明日から オス猫君と 初老の写真家・・
落合様に重なって見えます。
又続きが 気になります(^o^)/ 
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ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2016-12-16 17:56:42
本日は、突然の休業日。
連日の寒さで、ハウス内のホウレンソウが育たず、
本日の出荷は見送り。
急きょ。カミさんと2人で赤城山の麓へ
ゴルフバックを担いで出撃。
10時過ぎのスタートで、日没の際は容赦してください、
という条件付きでスタート。
しかし。強風が吹き荒れる中、午後3時半に無事、ゴールイン。
本日は同スコアで、カミさんと引き分けです。
やれやれ、お疲れ様でした・・・
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