落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(50)休憩室

2021-01-21 18:31:21 | 現代小説
上州の「寅」(50)

 
 周囲が騒がしくなってきた。
「不審者あらわる」の一報が警備室へ伝わる。警備員が駈けつけてきた。
「なに?」「どうしたの?」買い物客たちも立ち止まる。
寅の周囲へ物見高い人垣が出来上がる。
おおくの視線が寅へ集まる。


 「だから言ったのに・・・」


 人垣をかきわけてチャコが出てきた。
店長へペコリと頭を下げる。


 「ごめんなさい。この人はわたしの連れです。
 こちらのレジにいた女性の娘さんのことで話があり、戻ってきました」


 人垣の背後へ3番レジにいた女性が戻ってきた。
「わたしの娘、ユキをご存じなのですか!」声がふるえている。


 「この人の娘さんのことを知っているのか、君たちは」


 「はい。どうやら誤解があったようです。
 最初にそう言えばよかったのに、このひと、やたら口が不器用なんです」


 「なんだ。そういうことか。よかった」店長がほっと胸をなでおろす。


 「ここではなんだな。
 君。休憩室へこのひとたちを案内して。そこで話を聞くといい。
 君も早合点はいかんな。お客さんの話は最後まで聞くように」


 3番レジの女性へ声をかけた店長が、恵子さんの肩を叩いて去っていく。
「なんだ。なんだ。ただの誤解かぁ」
寅をとりまいていた好奇の人垣がほどけていく。


 (恵子さんというのか。ユキちゃんのお母さんは・・・)


 こちらへとユキの母親が指さす。
搬入用の扉をあけると、うす暗い通路の先に休憩室がある。
「どうぞ」と招かれ、休憩室のドアがあく。


 「コーヒーか、お茶でも?」


 「おかまいなく。わたしたちはユキのことでお邪魔しました。
 話がすめばすぐ帰ります」


 「ユキは元気にしていますか?」


 「元気です。いまはわたしたちといっしょに仕事しています」


 「どんなお仕事でしょう?」


 「養蜂です。日本ミツバチを集めるための巣箱をつくり設置しています」


 「ユキがそんな仕事を・・・ご迷惑をおかけしていないですか?」


 「役に立っていますよ。どうぞご心配なく」


 「よかった・・・」


 ふらりとゆれた恵子さんが、椅子へ崩れおちる。
(あの子、生きててくれたんだ・・・よかったぁ)
張りつめてきた気持ちが切れたのだろう、肩がふかく波打っている。


 (やっぱり母親だ。こころのそこからユキのことを心配してたんだ)


 チャコが携帯を取り出す。
画面に触れたあと、「はい」と恵子さんへ差し出す。


 「さいきんのユキの様子です。
 わたしたちといっしょに巣箱をつくっているところを写しました」


 いつのまに撮影したのだろう。
笑顔のユキや、真剣に作業している横顔がたてつづけに出てくる。
画面を見つめる恵子さんの顔がゆるんできた。
笑みが浮かんでくる、どこか似ている。やはり親子だ、ユキと同じ笑顔だ。
 


 (51)へつづく



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