上州の「寅」(49)
「もう一回行く?。何か考えがあるの?」
慌ててチャコも立ち上がる。
「策はない。でももういちど三番レジのおばちゃんに会って来る」
「会ってどうするの。策もないのにどうするつもり?。
会いに行くだけじゃなにも解決しないわ」
「それでもおれは行く」
「石橋を叩いても渡らないくせに、へんなところでやる気をみせるわね。
お願いだから無茶しないで。
家族が崩壊するようなことになったら逆効果になるからね」
「それでもおれを止めるな」
「止めないわ」
「じゃ、行ってもいいんだな」
「行きたいんでしょ。どうぞご自由に」
自分でもよくわからないまま寅が動き始めた。
なにかがはげしく寅を突きあげる。黙って座っていられない気分だ。
「無茶しないでよ」チャコの声を背中で聞きながら、寅が喫茶店をあとにする。
こんな気分になったのははじめてだ。
寅は人のために動いたことがない。
自分のことですら、石橋をたたきそのままUターンしてしまうことがおおい。
しかし。いまは自分を動かす熱いものが、身体の奥からこみ上げてくる。
つかつかと大股で駐車場を横切っていく。
大股で歩くことすら珍しい。
ふだんはがに股。いそぐことなく、肩を左右に揺らして身体をはこぶ。
しかし。熱い気持ちと裏腹に、頭の中はからっぽだ。
(何を言えばいい?・・・どう説明すればいいんだ・・・いったいぜんたい)
空っぽの頭の中に、はてなマークばかりが増えていく。
それでも寅の足はとまらない。
入り口の自動ドアが開く。
店内の風景が目に飛び込んでくる。
買い物客の向こうにレジの列がならんでいる。
1番目、2番目、そして3番目・・・
「あれ・・・」
3番レジにいるのはちがう女性だ。
会計中の客が立ち去るのを待ち、寅が3番レジの女性に声をかける。
「あのう・・・さきほどこちらにいたレジの方は?」
「誰さ、あんた。恵子ちゃんに何か用?」
「恵子さんというのですか、さきほどまで3番レジにいたあの人は。
あ・・・ぼくはけして怪しいものではありません」
「自分から怪しいという人はいません。
あんた。恵子ちゃんとどういう関係?。身内の人?」
「他人です。今日はじめて会いました」
「他人?。個人情報ですので教えることは出来ません。お帰り下さい」
「いちど帰ったのですが、また戻ってきました」
「また戻ってきた?。胡散臭いわね。
怪しいな。なんか不審者の匂いがする。帰らないと店長を呼ぶよ」
「いや。店長ではなく恵子さんを呼んでください。
話があるんです」
「話がある?。はじめて会ったひとに何の話があるのさ?。
あんた若いくせに、子持ちの人妻に興味があるの。じつは変態者だろ」
「と、とんでもない。誤解です。
ぼく、子持ちの人妻なんかに興味はありません。
できたら若い子の方がいいです」
「若いほうがいいですって!。やっぱり変態だ。店長!。店長!」
「どうした。どうした。何の騒ぎだ!」
騒ぎを聴きつけて遠くから、店長らしい人物が飛んできた。
(50)へつづく
「自分から怪しいという人はいません。
あんた。恵子ちゃんとどういう関係?。身内の人?」
「他人です。今日はじめて会いました」
「他人?。個人情報ですので教えることは出来ません。お帰り下さい」
「いちど帰ったのですが、また戻ってきました」
「また戻ってきた?。胡散臭いわね。
怪しいな。なんか不審者の匂いがする。帰らないと店長を呼ぶよ」
「いや。店長ではなく恵子さんを呼んでください。
話があるんです」
「話がある?。はじめて会ったひとに何の話があるのさ?。
あんた若いくせに、子持ちの人妻に興味があるの。じつは変態者だろ」
「と、とんでもない。誤解です。
ぼく、子持ちの人妻なんかに興味はありません。
できたら若い子の方がいいです」
「若いほうがいいですって!。やっぱり変態だ。店長!。店長!」
「どうした。どうした。何の騒ぎだ!」
騒ぎを聴きつけて遠くから、店長らしい人物が飛んできた。
(50)へつづく
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