落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(54)バツイチの恋

2021-02-09 18:35:14 | 現代小説
上州の「寅」(54)

 
 「結婚して鹿児島で暮したのは、5年あまり。
 離婚が成立し、3歳のユキを連れ、生まれ育った小豆島へ帰ってきました。
 実家へもどらずとなり町で、ちいさなアパートを借りました」


 「実家を頼らなかったのですか?」


 「駆け落ち同然で実家を出た身です。
 わずか5年で離婚しましたと、実家の敷居をまたぐことはできません。
 そのぶんユキに苦労をかけました」


 「でもユキはお母さんと暮らした7年間は、楽しかったと言っていました」


 恵子さんの手が止まった。
沈黙の時間が過ぎていく。どうやら予期しない言葉だったらしい。


 「ユキがそんな風に言っていましたか。そうですか・・・
 再婚するまでの7年間のことを」


 恵子さんの眼が宙を泳いでいる。
ユキと暮らしたふたりだけの7年間を思い出しているのだろうか。
またすこし、沈黙の時間が流れていく。


 「再婚相手、ユキの2人目の父親は幼なじみの同級生です」
 
 「もしかして初恋のお相手?」


 「うふ。残念。近所で育ったただのけんか相手。
 高校まで同じ学校で過ごしましたが、彼は東京の大学へ進学しました。
 わたしは管理栄養士を目指していましたので、地元の大学へ進みました。
 それから10年、まったくの音信不通」
 
 「島で、その方と10年ぶりに再会したという事ですか?」


 「はい」


そのころユキは10歳。小学校4年生。
思春期へ足を踏み入れていく少し前の年頃。
親の目から見れば急に大人びてきて、しっかりしてきたように見える。
しかし外見は大人びても、中身はまだ子供のままだ。


 「彼もバツイチなの。
 東京で結婚して所帯を持ったけど、7年目で破局。
 心機一転、生まれた土地でやり直そうと東京から戻って来たばかりだった。
 そんな彼といまお勤めしているホームセンターでばったり出会ったの」


 「バツイチの彼と恋に落ちたのですか?」
 
 「いきなり聞きにくいことにまっすぐ踏み込んでくるのね、あなたったら。
 うふっ。あなたおいくつ?」


 とつぜんの逆質問にチャコが面食らう。恵子さん目が笑いだす。


 「としですか・・・18歳ですが」


 「18か。うらやましいほど若いわね。男女の経験はあるの?」


 「えっ、あっ、それってあの・・・いえ、じつは・・・」


 チャコの頬が赤く染まっていく。


 「男女の恋にいろいろあります。
 そのなかでバツイチ同士の恋がいちばん難しい。
 と、わたしは考えていました。ましてわたしは子持ちの女。
 世間の目を気にしながらこっそり会う、そんな関係が3年近くつづきました」


 「3年間も秘密の恋がつづいたのですか?」


 チャコの目がきゅうに輝く。


 「うふっ。喰いつくわね、あなた。
 3年どころかわたしがその気にならなければ、秘密はたぶん一生続いたでしょう。
 わたしはそれでもよかったの。
 でもね。彼がどうしても籍を入れて君と暮らしたいと言い始めたの」


(55)へつづく


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1 コメント

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こんばんは~ (はるか)
2021-02-09 19:42:27
とても 面白いです・・・。
続き 楽しみに しています。
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