落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(66)70mのジャンプ台

2018-04-03 17:49:43 | 現代小説
オヤジ達の白球(66)70mのジャンプ台




 2階から陽子が降りてきた。眠そうな目だ。物音で目が覚めたのだろう。
髪はベッドで乱れたまま。
ピンクのパジャマの胸に愛犬のユウスケを抱いている。 

 「あらぁ・・・たいへんな事態です・・・」

 赤い目がボンネットの凹みと、毛布にくるまれた祐介を交互に見つめる。
何が発生したのか、ようやく理解したようだ。 
 
 「4時頃だったかしらねぇ、雨が降り始めたのは。
 風も強くなってきました。なんだか急に、荒れた天候にかわりはじめたと思いました。
 でもね。眠くて眠くてそのまま、ベッドへ沈没してしまいました・・・」

 物音に気づいて起きてきたけど、まさかこなことになっているなんて・・・と
陽子がユウスケの首を抱きしめながら、クスリと笑う。
悪気はない。
想定を超えた光景に直面すると人はおもわず、苦い笑いがこみあげてくる。

 「毛布は借りていく。急に俺の家が心配になってきた。帰るぞ」
 
 祐介が庭へ一歩踏み出す。しかし、あまりの深さに思わず立ち止まる。
雪にはまった足が膝どころか、太腿まで隠れた。
想定をはるかに超える深さだ。

 「なんという深さだ。ゆうに、60㌢は超えてるな」

 「あら・・・ずいぶん深いわね。じゃ、長靴が要るかしら?」

 「せっかくの厚意だがこの深さじゃ、長靴なんかまったく役に立たねぇ。
 どうせ濡れるんだ。このまま濡れていくさ」

 「うふふ。男らしいこと。じゃ、せいぜい気をつけて帰ってね。
 あたしはもうすこし、ユウスケと惰眠をむさぼります」
 
 「おう。世話になったな」

 祐介が雪の中へ漕ぎ出す。
浅い雪なら滑らないようペンギンのように、よちよち歩けばいい。
だが膝の高さをこえると、そうはいかない。
普通の歩き方をしようと思っても、雪にもぐっている足がすんなり前へ出ない。

 足をいちど、後ろ寄りに引き抜く。
そこから大きく外へむかって振り出す。そこから弧をえがくよう前へ踏み込む。
大股のがに股で前へ出る。つまりは、雪相手のラッセルだ。

 「高台でラッセルするとは思わなかったぜ。
 それにしても積もったなぁ。ふかいところは7~80㌢をこえてるな」

 祐介が道路へ出る。
中央だけ除雪されている。車が一台通れそうなスペースが確保されている。
朝早く重機が、積もった雪を押し分けていったようだ。

 どの家もおなじように雪に埋もれている。
庭にこんもりかたまりが見える。たっぷりの雪を屋根に乗せた乗用車だ。

 「どの家もまだ、ふかい眠りの中だな。
 ということはこのまま道路の真ん中を歩いて行っても、安全ということかな」

 心臓やぶりの急坂が、難所になるのは歩き出す前からわかっていた。
除雪のすんだ道路を80メートルほど歩くと、心臓破りの急坂が目の前に迫って来る。
道路が吸い込まれるように、下へむかって落ちていく。

 「ホントだ・・・。
 ここから見下ろすと、まさにここは、70m級のジャンプ台だな」

 足元に箱庭のように、雪に埋まった市街地がひろがる。
右へ目をむける。市街地を二分して流れていく渡良瀬川が見える。
暴れ急流の名を持つ渡良瀬川も今日だけは、ただの巨大な白い絨毯だ。
堤防の向こう側に、郊外の風景がひろがる。
点々と大きな工場が見える。工場と工場にあいだに農地がひろがっている。
ビニールハウスの連棟も見える。

 見えるのは、いつもとまったく同じ光景だ。
おさない頃から見慣れた光景が、いつものように祐介のあしもとにひろがっている。
違うのは雪によって町がいつもの色を失っていることだ。
白一色に染まっている風景が、祐介の足元に静まり返ってひろがっている。
(雪で真っ白になるとなんだか、なにもかもが、平等に見えるから不思議だな・・・)
頂上で祐介が、ポツリとつぶやく

 (67)へつづく

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2 コメント

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信州も同じ (屋根裏人のワイコマです)
2018-04-04 10:09:51
そちらは桜が散りはじめですか?
こちらは咲き始めですが、3日前
に観たときは全部つぼみだったものが
今朝は蕾を探すのが困難なくらい
沢山の花が満開です。
たぶん今日あたり満開宣言でしょう
今年の春の暖かさは、異状な位に
気温が高くあっという間に花が咲き出します
なので、野菜や果物達も慌てて花を
咲かせていますが・・昆虫が少なく
何時ものように蜂が余り飛んでいない
ような気がします。
ナスの生育もはやいでしょうね
そろそろ群馬産のナスを探してみます
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ワイコマさん。こんにちは (落合順平)
2018-04-06 17:52:52
ゴルフの祭典、マスターズがはじまりました。
さすがにすばらしいコースです。
緑の美しさ、バンカーの白い砂、咲き誇る1500本の花。
コースサイドを埋め尽くすたくさんのギャラリー。
日本での試合と大違いです。
本日より4日間。テレビにくぎ付けになります!
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