落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (23)で、福島生まれのお前がなぜ此処に居る

2014-06-10 09:54:52 | 現代小説
東京電力集金人 (23)で、福島生まれのお前がなぜ此処に居る



 
 「で、素朴な質問なんだが、高卒で酒蔵の杜氏になりたかったという女の子が、
 福島ではなく、北関東のこんな場所に何故いるんだ?
 悪いなぁ。俺は気になるとなんでも質問しちまうという、変った性格の持ち主なんだ。
 支障があるならいいんだ。答えてくれなくても、さ」

 もう1個どうだとトマトを差し出しながら、先輩が、るみの瞳を覗き込む。
少し躊躇の様子を見せたるみが、「分かりました」と頬に柔らかい笑みを浮かべる。
「当然の質問ですょねぇ。おっしゃる通り多少の支障はありますが、美味しいトマトを
御馳走になったので、訳アリですが私の、つまらない自己紹介をしてもいいですか?」
と、にっこり笑う。


 「おっ。やっぱり俺が睨んだ通り訳のある女なのか。
好きだな、そういう自己紹介も、俺は」と先輩も、るみにつられて目を細める。
「といっても、いち早く救助の手を差し伸べてくれた、太田市の厚意にすがっただけの
ことですが」とるみが、あえて前置きをする。


 東日本をおそった未曾有の大震災。3.11の発生直後に群馬県東部にある太田市は、
市営住宅と民間アパートの24戸を確保し、避難民を受け入れる処置をとった。
るみが群馬から来た民間ボランティアの情報を頼りに、受け入れ態勢を整えたばかりの
太田市を訪れたのは、震災から4週間あまり経った時の事だった。


 「体験したことのない、猛烈な揺れに襲われた、3.11のあの日。
 私は福島県浪江町、相双地区の海岸近くの勤務先にいました。
 電気も水道も止まったままなので、雪のちらつく中、車の中で夜を明かしました。
 絶えない余震が何度も、私の浅い眠りを壊したのを覚えています。
 翌朝。陥没して通れない道路を避けながら、ようやくのことで実家へ戻りました。
 でもいま何が起きているのか、どこからも情報が入ってきません。
 とりあえず、家じゅうの窓を厳重に閉めることくらいしかできません。
 道路に立っている警察官が、完全防護をしていた姿に、一気に緊張が高まりました。
 避難先に指定された高校の体育館は、プライバシーのかけらもない雑魚寝の状態です。
 着替えるのは体育倉庫の中。女性たちにはつらい日々が続きました」


 「浪江町と言えば、全町避難がいまだに続いている原発のあしもとの町だ。
 そうか。オネエチャンも若いのに、見かけ以上に苦労をしているんだな。
 悪かったなぁ、言いにくいことをずかずかと踏み込んで質問しちまって。すまん」


 先輩が、もう一つ食えと完熟したトマトをるみに手渡す。
「事実ですから、仕方ありません」とうつむくるみに、先輩が突然何かを思いつく。
「太田市に避難してきたはずのお前さんが、なぜ桐生のアパートになんかに住んでいるんだ。
支援金だけじゃ食えないだろう。もしかしたら、体調でも崩して休職中の身なのか?」
とふたたび無遠慮な目で、るみの顔を真正面から覗き込む。

 「はい。実は、持病があって休職中なんです。
 といっても正規の仕事ではなく、近所のコンビニでのアルバイトですが・・・・」


 (コンビニでバイト中か)先輩の遠慮のない目が、るみの全身を、上から下まで眺め回す。
「じゃ何かの縁だ。ウチの農園で働くか?」と独り言のように言い捨てた先輩が、がさがさと
上着のあちこちを探した後、ポケットの奥のほうから傷だらけの携帯を取り出す。


 「おう、俺だ。たったいま新規採用のオネエチャンが決まった。
 太一が連れてきた女の子だが、太一の着古しの運動着なんかを着込んでいやがる。
 ぶかぶかで、似合わねぇことこの上なしだ。
 長女か、次女か、三女のどれかのジャージが、サイズ的に合うだろう。
 見繕ってこの子に着せてやってくれないか。
 頼んだぜ。じゃ、まもなく太一が母屋のほうへ、その女の子を連れていく」



 「何、ぼんやりしているんだ、お前も」話は今聞いた通りだと、先輩が俺を急かす。
「馬子にも衣装と言う言葉が有るが、お前の着古しのジャージではいかにも酷過ぎるだろう。
電話で話した通り、母屋で女房が待っているから、案内してくれ。
それともなにか、この子が俺の農園で働くことに反対なのか。お前さんは?」

「いや。あまりにも急な話に動転しているだけです」と答えると、
「お前が動顛してどうする。働くのはこの子だぜ。どうせ明日からお前さんの実家に
一緒に住むと、おふくろさんが言っていたぜ。ついさっき、そこで嬉しそうに話していたぞ。
なんだ。そんなことも知らないのか、お前さんは?。」
と先輩が涼しい顔で俺のおふくろとるみの、成立したばかりの約束を口にする。


 (るみが、実家に住み込むって?。まったく根耳に水だ。
俺は聞いていないぜ、そんな話は。いったいどうなっているんだ、俺の家の中は!)
俺の狼狽を見抜いた先輩が、「花嫁候補として、おふくろさんが見初めたということだろう。
この子のことを。まったく。いつまでたっても鈍感なままだな。お前さんも」
いい加減で覚悟を決めろと先輩が、俺の背中を思い切り、ドンと大きな手で叩いた。


(24)へつづく

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