落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第5話 

2013-03-12 09:45:06 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第5話 
 「微妙な話が・・・・」




 岡本が、3人の中では一番下っ端にあたる、金髪の英治を呼びつけました。


 「お前、ひとっ走り行って、響の勤め先を決めて来い。
 但しこの間みたいに、安い給料で決めてくるんじゃねえぞ。
 お前は自分で交渉が下手だと思いこんでいるから、いつも足元を見られちまうんだ。
 いいか。相手と取引をするときは、まずハッタリが必要で
 次には強気強く話し合うことが肝心だ。
 今度はとびきりの良い女だからと言って、相手に目一杯ふっかけてこい。
 それで駄目なら、よその店に紹介するから勝手にしろと言って、今度は開き直れ。
 解ったか。交渉事なんてものは、失敗を繰り返して上手くなるもんだ。
 ただしお前の場合は、失敗ばかりでいつまでたっても進歩が無い。
 今回だけは、しくじるんじゃねえぞ。響きのためにも。
 だいいちお前は、響に借りがあるんだからな」


 「へっ?、借りですか。こいつに俺が?・・・・
 兄貴。おいらには、まったくと言っていいほど身に覚えがありません。
 なんのことだか、俺にはさっぱり思い当たりませんが」



 「馬鹿野郎! だからてめえは駄目なんだ。
 いいか・・・・良く思い出してみろ。
 ついこの間、酔っ払った響を背負って、トシのアパートまで送ってやっただろう。
 背負っていくついでに、素人娘のプリンプリンした尻や、
 プリプリのおっぱいを好き勝手に触りまくったくせに、
 見に覚えが無いとは言わせないぞ。この野郎。
 たったそれだけでも、痴漢ともいえる重大犯罪だ。
 さいわい響が酔っ払っていたというのが、お前にとっては幸いをした。
 そう言う訳だから、気合を入れて交渉をして来い!
 分かったな。よし行け。駆け足! 」


 英治が脱兎の如く、六連星を飛び出していきました。
響がビールを注ぎながら、岡本の顔を斜め上から覗きこんでいます。


 
 「岡本のおっちゃんは、家で娘さんに相手をしてもらえない分、寂しくて
 私に親切にしてくれているんだ。と、私は勝手にそう思っています。
 が、人の真意は解りません。
 おっちやん・・・・他意は無いでしょうねぇ。
 他に、悪意のある魂胆なんかは隠していないでしょうねぇ?ねぇ・・・」


 「おい、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ、響。
 お前もトシも、まったく油断ができねぇ口をきく。
 ずいぶんと古すぎる話で、お前はもう覚えていないだろうが、
 お前に優しくしてやるのは、実はこれが二度目だ。
 それにしても・・・・
 お前さんは、なんでもストレートに物を言いすぎる。
 悪気があるわけでは無いにせよ、それでは人様に誤解されやすくなる。
 清ちゃんはおしとやかで、表には出さない奥ゆかしさを持った頑張り屋だったが、
 お前さんは、そんな清ちゃんのつっぱりの部分だけを、もらってきたようだ。
 可愛い顔をしていなければ、まったくもって、只のじゃじゃ馬だ」



 「おら、岡本のおっちゃんは、私のお母さんを知ってるの?」


 
 「湯西川で芸者の清ちゃんといえば、俺たちの世界でも有名人だ。
 器量も気だても良かったが、なんといっても芸が達者だ。
 極道どもが熱を上げて随分と湯西川へ通ったらしいが、
 全部まとめて袖にされたようだ。
 かく言う俺も、通い詰めた一人だが・・・・
 だが、勘違いするんじゃねえぞ。お前の親は俺じゃねぇ。
 まア、お前に疑われそうな出来事は、たったの一度だけあったがな。
 いやいや勘違いをするな。別にあいつと寝たわけじゃねぇ。
 覚えていないか、宇都宮の赤いランドセル」



 「あっ新入学のランドセル・・・・
 うん、赤いランドセルは覚えています。
 誰が買ってくれたのかは、いくらお母さんに聞いても教えてもらえなかった。
 あんたの成長を心から喜んでくれている、桐生のおじちゃんからだよと言うだけで、
 あとは何を聴いても、全然答えてくれなかった」


 「当たり前だろう。
 不良に買ってもらったとは、口が裂けても言えないさ。
 俺もそんな気はさらさらなかったが、たまたま運が悪かった。
 あの頃ちょうど宇都宮に居た俺は、
 これ(女)と一緒に、繁華街のオリオン通りを歩いていたら
 お前の手を引いて歩いている清子を、偶然に見つけちまった。
 小学校に上がる前だから・・・・ちょうど六歳になったころか、お前が。
 びっくり仰天の鉢合わせだった。
 旦那もパトロンも作らないで、一人身を通して頑張っていたはずの清子に、
 いつの間にか、誰も知らないうちに、六歳になる女の子が居たんだぜ。
 ・・・・でもなあ、あん時のおまえは、すこぶる可愛かった!
 思わず勢いで、お前さんに、一番上等の赤いランドセルを買っちまった。
 あんときのお前は、本当に天使のように可愛いかった。
 俺のほっぺに、たくさんチュウをしてくれたんだぜ。
 あの天使のような唇で・・・・今でもよ~く覚えているぜ。
 それがよぉ・・・・
 なんでこんなに不細工で、可愛げの無い、口の悪い女になっちまったんだろう。
 全く世の中は上手くいかねぇ。解らねえもんだ」



 「悪かったわね、性格的にブスで」



 「解ってんじゃねえかお前、自分でも。
 だがなあ、俺や、そのあたりに居る不良どもが、お前の親ではなさそうだ。
 盆や暮れになると湯西川にはずいぶんと、可愛いお前にも会いたくて
 清子の処へ遊びに行ったもんだ。
 清子は宴席には顔を見せたものの、いくら頼んでも
 肝心のお前さんとは、それ以来一度として合わせてもらえなかった。
 それくらい、世間の目からは隠しながらお前を苦労して育てていたようだ。
 宇都宮で遭遇したのは、まさに、たまたまの出来事だったんだろう
 お前も嬉しそうだったが、一緒に歩いていた清子は、もっと嬉しそうな顔をしていた。
 地元では、大手を振ってろくろく一緒に出歩くこともできなかったろう。
 そんな心配からも解放をされて、清子も母親の良い顔をして歩いていた。
 もちろん、お前さんも有頂天で喜んでいた。
 本当に、あんときのお前は、涙が出るほど可愛かったし、
 母親の顔をした清子も、実に良い女に見えた。
 それがなぁ、家出をしたあげく、こんな錆びれて古ぼけた蕎麦屋で
 アルバイトなんぞをしているなんて、
 清子が・・・・あんまりにも可哀そうだ」


 「悪かったなあ、こんな蕎麦屋で」


 くわえ煙草の俊彦が、テーブルにドンとビール瓶を置いて不機嫌に立ち去ります。
そんな俊彦の背中を、目で追い掛けていた岡本が突然、古い記憶を思い出しました。


 「そう言えばトシ、お前。
 板前修業の第一歩は、たしか湯西川の伴久ホテルだったなぁ・・・・
 会わなかったのかよ、その頃の清ちゃんに」


 「おいおい、もう二五年も前の話だぜ。
 湯西川は一年と少し居ただけで、あとは外房のホテルや旅館を転々とした。
 第一、響、お前はいくつだ。
 そういえば、今まで歳も聞いていなかったが」



 「・・・・こんどの誕生日が来ると、21です」



 「そらみろ、年代がずれている。
 そのくらいの頃なら、俺が外房で交通事故を起こして、足のけがで入院をした時期だ。
 そいつがきっかけになって、俺が桐生に舞い戻ってくることにもなったんだがな。
 そん時に、一度だけ清ちゃんがはるばると見舞いに来てくれたことが有るが
 まさかなぁ・・・あの時に・・・・いいや、そんなはずはねぇ。
 思いすごしだろう、ただの独りごとだ。何でもねぇ」


 「なんかあったのかよ、トシ」


 「いや、俺たちは、ただの親しい同級生だ。
 芸妓の連中の慰安旅行だかなんかで、ついでに訪ねて来たような記憶が有るが。
 昔過ぎて、もうはっきりとは覚えていねえ。古い話だよ」


 (古い、話?)響の瞳が、また一瞬だけ光ります。
しかし俊彦はそのまま厨房へと消えていき、岡本は若い連中にビールを注いでもらっています。
表からドタバタと聞こえてくる物音は、英治が帰ってきた足音かもしれません。

(6)へ、つづく





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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (38)朝からラーメンが食べられる街
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