連載小説「六連星(むつらぼし)」第3話
「震災とやくざ」
「世間に公表はしていないが、
最初の津波が東北を襲った数時間後に、もう俺らは行動を起こした。
食料やら水だの、毛布などを集められるだけ集めて、
そいつをトラックと乗用車に、積めるだけ積みこんで被災地へ送り出した。
地震の翌日には稲川会の連中も、
おむつやインスタントラーメン、電池、懐中電灯、飲み物、日用品などを
4tトラック25台に満載をして、東北方面へ向かったそうだ」
若頭の岡本が、響のコップにビールを注ぎながら話をはじめました。
歓楽街の北のはずれに店を構えている蕎麦屋の六連星では、さっきから岡本が
東北大震災で、いかに早く暴力団が人道支援のために動き始めたかについて、
力を入れて、熱っぽく語りはじめていました。
「稲川の連中が今回、活発に動いているのは、
もともと奴らが、今回の被災地をルーツとしている組織だからだ。
東京の支部は、3月12日の夜から13日の早朝にかけて、
ひたちなか市役所に、50トンの物資を運び入れたそうだ。
その際、受け取りを拒否されないように、
自分たちの身分を明かさないように、充分に神経を使ったという。
これが稲川会の奴らの、被災地への人道支援の始まりだった。
物資にはカップラーメンやもやし、紙おむつ、お茶、飲料水なども含まれていた。
東京から自動車を使って12時間。
高速道路は使わずに、ひたすら下道で向かったそうだ
神奈川支部の連中は、茨城と福島の放射能汚染地域に物資を届けるために、
70台余りのトラックを送りこんだ。
いったい全部で何トンの物資を送ったのか、正式には記録されていないが、
稲川会全体で100トンを超える物資を東北地方に輸送したとも言われている。
奴らは、防護服もヨウ素剤もなしに、
放射能の汚染区域にも、入っていったんだ」
酔っ払った岡本が、「どうだ」っと言う顔つきで響を見つめています。
聞き役に回っている響も、すでに相当に酔っています。
周りに陣取っていた三人の若い衆たちも其れは同じで、すでに2人は酔い潰れ、
テーブルに伏せたまま、いびきをかいて寝ています。
「やくざといえば、市民の敵だ。
敵に当たるやくざが、震災時になんで慈善行為なんかに奔走をするわけ?
岡本のおっちゃん。随分と矛盾をしたお話です。
号力団による、ただの売名行為のように、私には聞こえました・・・・」
「おっ、響ちゃんは、さすがに察しがいいねぇ。
そらそうだ。
大きな声では言えないが、みかじめ料や脅迫、ゆすり、
詐欺行為などで、資金をつくりだすのが『ヤクザ』という組織犯罪集団の本質だ。
支援物資を集めるために使われたカネだって、
元をただせば、地域の人たちから、あらゆる方法で巻き上げた金だ。
だがな、俺たちは今回ばかりじゃなく、1995年の阪神淡路大震災でも
支援に立ちあがって、人道主義っていうやつを発揮しているんだぜ。
山口組は最も早い時期に態勢を整え、被災地で支援活動を開始した組織の1つだ。
たしかに俺たちは世間で悪いこともするが、いざという時には
いち早く救済のために立ちあがりもする。
世間じゃ『必要悪』などと呼ばれ、裏社会の人間などと呼ばれているが
任侠道と言うのは、人道と正義を筋として、そのための義務を重んじ、
他人が困っているのを何もせずに見過ごしてはいけないという哲学を指している。
その昔、任侠道の清水の次郎長が、清水の発展のために
港湾や道路を整備したり、町の社会基盤整備のために尽力をしたことは
やくざの世界では、きわめて有名な話のひとつだ」
「へぇ~、岡本のおっちゃんは、やっぱり見上げたインテリだ。
いろんなことをよく知っている・・・・」
「自慢じゃねえが、東大を卒業した」
「東大って・・・・あの赤門の東京大学?」
「当たり前だ。
海や岬に有る灯台じゃねえ。、正真正銘の東大だ。
なに、それほど珍しくなんかあるものか。
今の時代、国公立大学卒のやくざなんかそれこそ、ごまんといる。
悪党にだって専門知識が必要としている時代だ。
経済学部はもちろん法律の専門家、はては使いようのない物理学者までいる始末だ。
世が世なら、みんな陽のあたる場所で仕事をしている連中だ。
だが不景気なこのご時世だ。たった紙一重の違いで、人生はこうなっちまう」
カランと空になったコップが転がって、響もまたテーブルに突っ伏してしまいます。
厨房では俊彦が冷蔵庫にもたれたまま、うつらうつらと寝ています。
唯一さっきまでかろうじて起きていた英治も、今は他の二人の若い衆と同じように
椅子にもたれかけたまま、高いびきをかいていました。
「なんだよ・・・・。
どいつもこいつも、人の話をろくに聞かねえで、
みんなでさっさと寝ちまいやがって、
盛り上がらなねえ展開になっちまったなぁ・・・・
しょうがねえなぁ、じゃあ、今夜はこんなところで勘弁するか
こら、起きろトシ。
起きろ英治。
ほれ、起きろお前らも。帰るぞ、ほら、起きろって」
岡本の声に、響も寝ぼけまなこの顔をあげます。
俊彦も大きな欠伸をしながら、厨房で目をさましました。
「そのまま、そのまま。
響はかまわねえから、そのまま寝てろ。
おい英治、花束と一緒に、この子をトシの家まで担いでいけ。
いいか、あくまでも大事に運べ。
変な気をおこして、余計なところまで触るんじゃねえぞ。
お前はスケベで、案外と手が早いからな、とにかく気をつけろ。
響は、なにしろ嫁入り前の大事な娘だ。
響の、可愛いオッパイに無断で触ったら、俺がただじゃおかねえぞ!
トシが大目に見ても、この仏の欣也さんがただじゃ済ませねぇ。
いいか、解ったな。くれぐれも失礼のないように、ちゃんと送り届けろ」
岡本に促されて、英治が頭を掻きながら、のそりと立ちあがりました。
響がそのやりとりを、片目を開け薄目のままに眺めています。
金髪の英治と呼ばれている青年は、あらためてよく見ると、引きしまった体型で、
まあまあの『イケ面』のようにも見えました。
(やばい!私の、タイプかもしれない・・・・)急にドキドキしたものの、
また目をつぶり、にわかに眠ったふりなどをしている響です。
(4)へ、つづく
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