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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (58)       第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ④

2016-04-26 10:09:04 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (58)
      第五話 見返り美人と伊豆の踊り子 ④




 いつの間に俊子のことを、「見返り美人」と呼ぶようになった。
悪気はない。発案者はもちろん、美穂だ。
俊子は20歳の時。大学で出会った男性と、学生結婚している。
東京で教員の資格を取り、そのまま首都圏に残り12年間、
教師と奥さんの2足のワラジを履き続けた。



 破たんした原因は、よくある亭主の浮気。
浮気が露呈した時。相手の女に、まもなく2歳になる女の子が居た。
疑いようのない、れっきとした亭主の子供だ。
「愛より金」と、俊子は割り切る。
高額の慰謝料を亭主から分捕り、母の居る実家へ戻って来た。
それがいまから8年前のことだ。



 「だもの。いまさら東京なんかに、これっぽっちの未練もありません。
 ゆえにわたしは、振り返り美人ではありません」



 うふふと俊子が、後部座席で声をたてて笑う。
2人を後部座席に乗せた勇作の車が、首都の道路を西へ急ぐ。
高層ビル群が小さくなっていくと、前方に東名道の入り口が見えてくる。
高速に乗れば、沼津のインターまでおよそ100キロ。
そこから伊豆縦貫道に乗り換えれば、目的地の修善寺温泉まで、
およそ30キロの道のりになる。



 「そっかぁ~。叔母さまはもう、東京は振りむかないのか、
 残念ですねぇ」


 「振り向いてばかりでは、人生、先に進めません。
 これから行く修善寺温泉は、伊豆の踊子の出発点ですから」



 「えっ?。伊豆の踊り子は・・・
 道がつづら折りになっていよいよ天城峠が近づいたと思うころ
 雨足が杉の密林を白く染めながらすさまじい早さで麓からわたしを追って来た。
 私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり紺がすりの着物にはかまをはき、
 学生カ バンを肩にかけていた ・・・
 という書き出しではじまるわ。
 天城峠を登るところからはじまるのよ、伊豆の踊子は」



 「あら。貸してあげたばかりなのに、もう読んで覚えたのね。
 あなたって、その気になれば出来る子です。
 あ・・・そういえば、あなたも今度の誕生日が来れば、14歳ですねぇ。
 伊豆の踊り子と同じ歳です。奇遇ですねぇ、うっふっふ」



 「え・・・14歳なの、伊豆の踊子って!」



 「大人びて見えたから、最初は主人公の「私」も17歳と勘違いします。
 でも実際には、14歳。
 あなたくらい可愛くて、色白の美人です、伊豆の踊子は」



 「へぇぇ踊り子は、わたしと同じ14歳ですか。
 なんだか、俄然、興味が湧いてきました。これから先の伊豆の旅が!」



 うふふと嬉しそうに、美穂が笑う。
「お天気もいいし、楽しい旅になるわ、きっと」と、俊子も同じように
後部座席で、まったりほほ笑む。
この2人はいつも、後部座席に仲良く並んで座る。



 「どちらが助手席に座っても、不公平だもの」と、美穂が口を尖らせる。
「奥さんなら助手席に乗せても似合うけど、俊子さんは叔母さんでしょ。
叔母さんを助手席に乗せて、パパは楽しいの?
かといって後部座席へひとりだけで座る、というのも哀しいわ。
わたしだってひとりでいるのは、つまらないわ。
不公平がないように、女子2人は後部座席へ座り、パパは最前列で
運転に専念するということで、どうかしら?」



 3人での旅行が始まったとき。誰がどの座席に乗るかで、議論になった。
そのとき採用されたのが、美穂の意見だ。
以来。幸作の助手席は、ぽっかりと空席のままだ。
今回も助手席がさびしく空いている。それもまた、いつものことだ・・・


  
(59)へつづく

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
呼び名・・ (屋根裏人のワイコマです)
2016-04-26 19:42:35
美穂さんも叔母さま・・幸作さんは
れっきとした叔母、美穂さんは幸作
さんの娘・・みんなして叔母様・・
ですね
若い叔母様も幸せそう・・
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ワイコマさん、こんにちは (落合順平)
2016-04-27 09:31:58
まもなく世間は、大型連休のGW。
当方は定休日以外は、すべて仕事という
かなり悲惨な状態です。
めげずに、コツコツと小説を更新しながら、
GWを過ごしていきたいと思います・・・(涙)
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