落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(101)北の赤ひげ④

2020-05-10 18:56:43 | 現代小説
北へふたり旅(101)


 心電図を受け取った先生が、「ふ~む」と覗き込む。
「よく見えんな」メガネを上へずらす。
「なるほど。ふむふむ・・・」先生の口の中で言葉が消えていく。


 すこしの間、沈黙がつづく。
沈黙の間が気になる。それほど悪いのか?。危険な状態だろうか・・・




 「急を要する事態ではないですな」


 大丈夫でしょうと先生が顔を上げる。


 「しかし、油断は禁物です。
 甘く見るとたいへんなことになるかもしれません」


 「どっちなのですか先生。わたしの症状は・・・」


 「心電図を見る限り、不整脈が出ています。
 しかしまぁ、いますぐ入院する必要はないでしょ」


 「ということは、このまま旅をつづけても大丈夫ということですか?」


 「旅をつづけても大丈夫。ただし・・・」
 
 「ただし?」


 「群馬へ戻られたら、はやめに心疾患専門病院で検査したほうがいいでしょう」
 
 「それは重症という意味ですか?」


 「重症なら意識を失ってすでに倒れている。
 疲労を感じて動くのが大義になるのは、不整脈のまだ初期の症状。
 そうですな。疲れを感じたら安静にしてください。
 無理をせずゆっくり行動すれば、群馬まで帰れるでしょう」
 
 「薬をもらえますか」


 「必要ないじゃろう。
 群馬でしっかり検査してからでも間に合う」


 「しかし。疲労がつよすぎて歩くのが大義だったんです。
 点滴するとか注射するとか薬を処方するとか、対策してもらえませんか?」


 「薬?・・・そうじゃな。ユンケル皇帝液あたりがおすすめじゃな」


 「ユンケル皇帝液?。
 ユンケルって、イチロウが宣伝しているあのユンケルですか!」


 「馬鹿にしたもんじゃないぞ。市販の医療ドリンクだがよく効く。
 高いのを買う必要はない。
 1本1000円前後のもので充分だ。
 騙されたと思って呑んでみなさい。
 疲労がとれて、あるくのが楽になる」


 「先生!。無責任なことをいわないでください。
 不整脈が市販ドリンクのユンケルで良くなるはずがないでしょう!」


 「良くはならん。だが楽になる」


 「せんせぇ・・・」


 「心配はない。
 心筋梗塞や狭心症は心臓の血管の病気だが、不整脈は電気系統の故障じゃ。
 基本的に別の病気だ。
 急激な環境の変化やストレスなどが、不整脈のきっかけになる。
 旅先で不整脈が発覚しても致命傷にはならん」


 「しかし息苦しくて身動き出来なかったのですが・・・」


 「詳しく検査したいのならこれからたっぷり時間がかかる。
 ホルター心電図というものがある。
 身体にとりつけて、生活しながら24時間の検査をおこなう。
 行動記録も記入してもらう。
 しかし残念ながら、いま機械が手元にない。
 明日になれば一台あく。そうするとあと3日は札幌にとどまることになる。
 だいじょうぶか、日程的に。
 それを考えれば、ユンケルを飲んだほうがやすくつくだろう」


(102)へつづく


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