落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (118)ひとつ、聞いてもいい?

2015-09-01 11:14:15 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(118)ひとつ、聞いてもいい?




 「ひとつ、聞いてもいい?」


じっと両手を合わせて拝んでいたすずが、突然、背後の勇作を振り返る。



 「新田義貞と脇屋義助の子孫たちは、どうなったのかしら。
 はるか遠くの地まで来て、故郷へも戻れず、2人は生涯を終えてしまいました。
 子供たちは、その後どうなったのでしょう。
 東国に生きた清和源氏の血筋は、その後、どうなったのか知りたいですねぇ」



 「新田一族のその後の事か。
 それなら歴史に詳しい祇園のおなごから、すでにレクチャー済みだ。
 脇屋義助と新田義貞の子孫は、瀬戸内海を中心に勢力をひろげた村上水軍と
 密接な関係を結ぶことになる。
 伊予に下向して病死した脇屋義助の子・義治と、新田義貞の子・義興と弟の義宗は、
 義助の死後、越後へ戻り小国城で南朝の兵を挙げる。
 12年後の文和2年(1353)11月5日。北朝の和田義成に攻められ、小国城が落城する。
 宗良親王、新田義宗、脇屋義治たちは、出羽国羽黒山に落ちて再興を計るが、
 願いは果たせず、宗良親王のすすめで村上師清を頼みとして、永徳4年(1384)正月。
 瀬戸内海の越智大島に落ち延びてきた」



 「村上水軍と言えば、瀬戸内海の中央に横たわる芸予諸島を拠点に、
 西日本の交通の要である瀬戸内海の航路を、支配したことで知られています。
 村上水軍の代表的な武将といえば、村上義弘。
 瀬戸内海の水軍は、南朝に味方する者が多かったと聞いています。
 でもたしか村上義弘には、跡を継ぐ息子が居ないはずです」



 「村上義弘のあとを継いだのが、先ほど出てきた村上師清。
 言い伝えにによれば、南朝の鎮守府将軍・北畠顕家の息子、ということらしい。
 師清の孫たちが、能島、来島、因島に本拠を置き、三島村上水軍を編成した」



 「関東の奥地からやって来た新田一族の息子たちが、瀬戸内海で、
 こんどは水軍になったということですか?」



 「村上師清は、脇屋義治と一族に大島の稲井城を与えた。
 安住の地を与えられたことを喜び、義治は姓を稲井と改めた。
 だが猛威を振るった村上水軍もこの頃はすでに、足利幕府の軍門に下っていた。
 師清に再起の力はなく、義宗、義治の2人を温泉郡湯の山日浦に蟄居させて、
 土居氏に保護を依頼した。
 のちに義宗と義治は宇和郡へ送られたが、義宗の三男と娘、義治の次男の3人を
 村上師清が引取り、自分の子供として養育した。
 師清が亡くなると、村上氏宗家を継承した長男の義顕は、父の遺言をよく守り、
 3人の幼児たちを舎弟として養育した。
 成長すると新田義宗の三男を村上義久、脇屋義治の次男を村上義俊と名乗らせた。
 村上義久には自分の妹を嫁がせ、義俊には自分の姪を嫁がせた。
 新田義宗の娘、好姫は、義顕の三男・左馬太夫の嫁とした。
 その子孫である稲井勘解由左衛門尉家治は、因島村上の次席家老にまで出世した。
 土生小丸城を本拠として2048石を領し、支那貿易を担当したそうだ。
 慶長5年(1600)9月。村上元吉と、伊予古三津浜の戦いで討死した稲井義直は
 300年後の新田一族の末裔にあたる」



 「繁栄のきっかけを、脇屋義助がこの地に残したということになりますねぇ。
 なるほど名門源氏の血は、瀬戸内海の島々に脈々と受け継がれて根を張ったのですか。
 よかったですねぇ。名門の血を後世に伝えることが出来て。
 あなたもこの山の麓から、その後の一族の活躍ぶりを静かに見つめていたのですね。
 勇作と同じ名字の、脇屋さん。うふふ・・・」



 風雪に耐えてきた義助の石塔を、すずが愛おしそうに見上げる。
新田義貞と脇屋義助が活躍をした太平記の時代から、700年あまり。
義助の石塔は瀬戸内海を見下ろす丘の麓から、長い年月の流れを見つめてきた。
12世紀の後半からはじまった武士が支配する世の中は、慶応3年(1867年)の
徳川慶喜による大政奉還で幕を閉じた。
この間、およそ680年あまり。
ふたたび天皇による支配が日本ではじまったことを、南朝派の武将としてたたかった
義助は、どんな思いで迎えたのだろう。



 瀬戸内海に浮かぶ島々には、いまでも新田一族の足跡が色濃くのこっている。
今治に着いてからわずか18日後に病死した脇屋義助が、こうして手厚く
葬られていることでも、その事実を知ることができる。


 (でも。さぞかし帰りたかったでしょうね、あなたは。生まれ育ったふるさとへ・・・)


 
 すずが再び、義助の石塔へ小さな声で語りかけていく。


 (119)へつづく



『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら

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