舞うが如く 最終章
(9)最終回・昭和の奇跡
明治から大正へと時代が移り、
さらに昭和へと年号が変わった頃に、再び法神流が脚光を浴びました。
柔道や剣道が奨励をされ、それらの武術大会が、盛んに開かれるようになります。
昭和の初期には、3回におよぶ柔剣道の全国大会が、
昭和天皇による天覧試合として開催をされました。
このころ前橋で、「昭和の剣聖」と異名をとった
持田盛二が、天覧試合でその実力をあますところなく発揮をします。
法神流4代目の高弟という父を持つ盛二は、幼いころから
その才能を開花させてきました。
16歳のときには、群馬と埼玉の対抗選抜試合に出場して、
大人18人に勝ち抜き「持田の小天狗」と大称賛をされました。
そしてその勢いはとどまることを知らず、
昭和5年に開かれた、昭和天皇即位を記念しての天覧試合では
見事に全国優勝を飾ります。
法神流と持田が全国で脚光を浴びていたちょうどその頃のことです。
上州・群馬では、武道館へと続く坂道をゆっくりと歩む二人の老婦人の姿がありました。
そのうちの一人は琴で、連れのもう一人は八重です。
折から降り始めた雨に、八重が傘を拡げました。
そこへ若い娘が、雨宿りをする様子も見せずに、一目散に坂道を駆けおりてきました。
濡れながら先を急ぐ娘を見た八重が、その娘を呼び止めます。
「若い娘が、
いたずらに身体を濡らしてなんといたす。
傘をさしあげるゆえ、さしてゆくがよい、
われらは、歳ゆえに、もう身体をいたわる必要もなければ、
遠慮をいたさずにさしてゆくがよい。
のちのちに、丈夫な子供を産んでくださればそれにて、充分に有りまする。
・・・それではまいりまするか、琴どの。」
渡された傘を手にしたまま、唖然として立ち尽くす娘を尻目に、
二人は、悠然として武道館への坂道を急ぎます。
その武道館では詩織の娘で、17歳になる綾が、試合にのぞむ寸前でした。
登場してきた女性剣士の姿に、館内からは軽いどよめきが起こります。
やがて、見つめるその目が好奇の色に変わります。
しかし、一人を抜き、二人を打ち破るうちに好奇の眼差しが、なりをひそめます。
息も切らさずに、三人目を綺麗な小手で打ち負かした時には、
ほとんどの観客が立ち上がり、やがて惜しみの無い拍手を送り始めます。
4人目と相対して、接戦の末、惜しくも僅差で敗れた時には、ため息と共に、
熱戦をねぎらう賞讃の声が飛びかいました。
惜しみない拍手が鳴り響く中、
綾も観覧席で手を振っている琴の姿に気がつきました。
防具を外した綾が、はじけるような笑顔と共に、その手を大きく琴に向かって振り始めます。
「ほうら、ごらんなさい・・・
あの喜びよう!
まるで、あの頃の、琴さまのようです。」
「いえ、わたしなら、
あと4~5人は、軽く片づけました。」
二人の背後に座っていた詩織が、八重の耳元へゆっくりとした声で語りかけます。
「わたくしも琴さまより、
死ぬほどの、きつい稽古を受けました。
でも才能が無いのが解るとあっさりと、あきらめてもらいました。
やれやれと思って、ほっとしておりましたら
どうしたことか、そのうちに生まれた私の子供、あやには才能があるというのです。
それからです・・・琴さまの、猛特訓が始まりました。
それはもう、綾の場合は、もうなにもかもが格別でした。
有る時などは、雪が降っておりまして、
これならば、いつもの階段の駆け登りの鍛錬も休みになるであろうと、
一同が安心をしていましたら、
琴さまが、階段の雪を綺麗に掃除をいたしてしまいました・・・
あの時は、わたしどもも、仰天をいたしましたが、
わかりましたと、平然と答えて、出掛けて行ったあの子、綾にも、
また・・・唖然といたしました。」
「なるほどねぇ・・・
やはり、遣ること成すこと、
あの娘は、琴どのに生き写しのようです。」
八重が声をたてて笑いはじめます。
その途中で、思い出したようにぽつりと言いだしました。
「そういえば、
昭和天皇がわたくしに、勲章などをくださるそうです。
日清、日露の戦争で、看護をつくしたことへの報償ということですが、
幕末に、あれほどまでに朝廷に盾ついた、
会津の小娘に、そこまでしてもいいのでしょうか、
なにやら時代も、ずいぶんとかわりましたねぇ。」
「あらまぁ、勲章ですか、
凄い事です、八重殿。
まったくもって、羨ましい限りです。」
「・・・琴さま、なにをおっしゃる。
あなたの勲章なら、、ほうら、武道場の真ん中で、
あんなに生き生きと輝いているでは、ありませぬか。
まるで、あなたに見ているようです。
実に見事に、舞っていらっしゃいます。」
「なるほど、喜んで舞っているようですが、
わたくしならば、
すべてを、まとめて片づけてしまったというのに。
3,4人に勝っただけで喜ぶとは、
あの娘の修業も、まだまだですね。
なれども、
あの舞い姿は、実に見事です。」
こののち、琴は、
88歳とも89歳ともいわれて、その天寿をまっとうします。
激動の幕末から明治、そして大正を、剣と生糸に捧げ尽くして生き抜いた
美人の女流剣士・琴はこの後、昭和のはじめに、その生涯を静かに閉じました。
舞うが如く・完・
連載中の新作は、こちらです
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (33)お座敷遊びの真髄
http://novelist.jp/62419_p1.html
(1)は、こちらからどうぞ
http://novelist.jp/61553_p1.html
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
(9)最終回・昭和の奇跡
明治から大正へと時代が移り、
さらに昭和へと年号が変わった頃に、再び法神流が脚光を浴びました。
柔道や剣道が奨励をされ、それらの武術大会が、盛んに開かれるようになります。
昭和の初期には、3回におよぶ柔剣道の全国大会が、
昭和天皇による天覧試合として開催をされました。
このころ前橋で、「昭和の剣聖」と異名をとった
持田盛二が、天覧試合でその実力をあますところなく発揮をします。
法神流4代目の高弟という父を持つ盛二は、幼いころから
その才能を開花させてきました。
16歳のときには、群馬と埼玉の対抗選抜試合に出場して、
大人18人に勝ち抜き「持田の小天狗」と大称賛をされました。
そしてその勢いはとどまることを知らず、
昭和5年に開かれた、昭和天皇即位を記念しての天覧試合では
見事に全国優勝を飾ります。
法神流と持田が全国で脚光を浴びていたちょうどその頃のことです。
上州・群馬では、武道館へと続く坂道をゆっくりと歩む二人の老婦人の姿がありました。
そのうちの一人は琴で、連れのもう一人は八重です。
折から降り始めた雨に、八重が傘を拡げました。
そこへ若い娘が、雨宿りをする様子も見せずに、一目散に坂道を駆けおりてきました。
濡れながら先を急ぐ娘を見た八重が、その娘を呼び止めます。
「若い娘が、
いたずらに身体を濡らしてなんといたす。
傘をさしあげるゆえ、さしてゆくがよい、
われらは、歳ゆえに、もう身体をいたわる必要もなければ、
遠慮をいたさずにさしてゆくがよい。
のちのちに、丈夫な子供を産んでくださればそれにて、充分に有りまする。
・・・それではまいりまするか、琴どの。」
渡された傘を手にしたまま、唖然として立ち尽くす娘を尻目に、
二人は、悠然として武道館への坂道を急ぎます。
その武道館では詩織の娘で、17歳になる綾が、試合にのぞむ寸前でした。
登場してきた女性剣士の姿に、館内からは軽いどよめきが起こります。
やがて、見つめるその目が好奇の色に変わります。
しかし、一人を抜き、二人を打ち破るうちに好奇の眼差しが、なりをひそめます。
息も切らさずに、三人目を綺麗な小手で打ち負かした時には、
ほとんどの観客が立ち上がり、やがて惜しみの無い拍手を送り始めます。
4人目と相対して、接戦の末、惜しくも僅差で敗れた時には、ため息と共に、
熱戦をねぎらう賞讃の声が飛びかいました。
惜しみない拍手が鳴り響く中、
綾も観覧席で手を振っている琴の姿に気がつきました。
防具を外した綾が、はじけるような笑顔と共に、その手を大きく琴に向かって振り始めます。
「ほうら、ごらんなさい・・・
あの喜びよう!
まるで、あの頃の、琴さまのようです。」
「いえ、わたしなら、
あと4~5人は、軽く片づけました。」
二人の背後に座っていた詩織が、八重の耳元へゆっくりとした声で語りかけます。
「わたくしも琴さまより、
死ぬほどの、きつい稽古を受けました。
でも才能が無いのが解るとあっさりと、あきらめてもらいました。
やれやれと思って、ほっとしておりましたら
どうしたことか、そのうちに生まれた私の子供、あやには才能があるというのです。
それからです・・・琴さまの、猛特訓が始まりました。
それはもう、綾の場合は、もうなにもかもが格別でした。
有る時などは、雪が降っておりまして、
これならば、いつもの階段の駆け登りの鍛錬も休みになるであろうと、
一同が安心をしていましたら、
琴さまが、階段の雪を綺麗に掃除をいたしてしまいました・・・
あの時は、わたしどもも、仰天をいたしましたが、
わかりましたと、平然と答えて、出掛けて行ったあの子、綾にも、
また・・・唖然といたしました。」
「なるほどねぇ・・・
やはり、遣ること成すこと、
あの娘は、琴どのに生き写しのようです。」
八重が声をたてて笑いはじめます。
その途中で、思い出したようにぽつりと言いだしました。
「そういえば、
昭和天皇がわたくしに、勲章などをくださるそうです。
日清、日露の戦争で、看護をつくしたことへの報償ということですが、
幕末に、あれほどまでに朝廷に盾ついた、
会津の小娘に、そこまでしてもいいのでしょうか、
なにやら時代も、ずいぶんとかわりましたねぇ。」
「あらまぁ、勲章ですか、
凄い事です、八重殿。
まったくもって、羨ましい限りです。」
「・・・琴さま、なにをおっしゃる。
あなたの勲章なら、、ほうら、武道場の真ん中で、
あんなに生き生きと輝いているでは、ありませぬか。
まるで、あなたに見ているようです。
実に見事に、舞っていらっしゃいます。」
「なるほど、喜んで舞っているようですが、
わたくしならば、
すべてを、まとめて片づけてしまったというのに。
3,4人に勝っただけで喜ぶとは、
あの娘の修業も、まだまだですね。
なれども、
あの舞い姿は、実に見事です。」
こののち、琴は、
88歳とも89歳ともいわれて、その天寿をまっとうします。
激動の幕末から明治、そして大正を、剣と生糸に捧げ尽くして生き抜いた
美人の女流剣士・琴はこの後、昭和のはじめに、その生涯を静かに閉じました。
舞うが如く・完・
連載中の新作は、こちらです
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (33)お座敷遊びの真髄
http://novelist.jp/62419_p1.html
(1)は、こちらからどうぞ
http://novelist.jp/61553_p1.html
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