落合順平 作品集

現代小説の部屋。

記事農協おくりびと (55)海を見下ろす高台で、バーベキュー 

2015-11-25 11:53:58 | 現代小説
農協おくりびと (55)海を見下ろす高台で、バーベキュー 



 
 寺泊の海岸線は南北に、16kmあまりつづく。
ほとんどの海岸で、傾斜地がそのまま海へ落ち込んでいく。
そのため海岸線のほとんどが岩礁地帯だが、ところどころに砂浜がある。
海水浴場は、全部で4つ。
最大のものが、魚のアメ横前にひろがっている中央海水浴場だ。
奥行き200m以上の砂浜が有り、夏の間、たくさんの海水浴客が
集まって来る



 バーべキューが可能なのは、南端にある落水海水浴場だけだ。
すぐ近くに、和島のオートキャンプ場が有る。
ふたつの施設は遊歩道でつながっている。
高台から遊歩道を5分も歩けば、小さな砂浜へ降りることが出来る。
「それならぜったい、海を見下ろす高台でバーベキュー!」
女性たちの声に負けて、バーベキューが砂浜からキャンプ場に変更された。


 高台へ到着した瞬間。
車から飛び出した女性たちが、いっせいに黄色い声をあげる。
展望台から、彼方に佐渡ヶ島が一望できる。
足元には、真っ白い砂の海水浴場がひろがっている。
振り返れば、水洗トイレを完備した色とりどりのバンガローが見える。
遠くにテニスコートも見える。
ローラ滑り台や遊具をそろえた、子供広場まで整備されている。



 「バーベキューだけでは、もったいないですねぇ。
 そこに管理棟が見えるもの。
 キャンプ用品をレンタルすれば、このまま1晩ここで泊まれそうです」



 「こらこら。欲を出すな。
 食事を済ませたら、3時間ほど、自由行動を予定している。
 にわかとはいえ、4組のカップルが誕生した。
 キャンプ場を散策するのもいいし、砂浜を歩いてくるのもいいだろう。
 その前に、そこでうかれている男性諸君。バーベキューの準備を手伝ってくれ。
 女性陣は、買い込んできた魚介類の下ごしらえを頼む。
 手分けして雑用を片づけ、めいめいのハネムーンタイムに突入しょうぜ!」



 こういうときの祐三は、たのもしい。
てきぱきと指示を出す。あっというまにバーベキューの準備が整っていく。
小グループの場合。リーダーの機転と指示能力が、ものをいう。
リーダーは動かず、支配下の人間をいかに効果的に動かすかで、すべてが決まる。
普段から農場でアルバイトを使っている祐三は、てきぱきと全員に指示を出す。
到着から30分後。早くもバーベキューの炭が、白い煙をあげはじめる。


 鮮度の良い紅ズワイガニが、網の上に放り出される。
名前の分からない地魚が、網の上に手際よく並べられていく。
どこで買い求めてきたのか、肉の塊がごそりと置かれる。
女たちに水洗いされた野菜が、カニと地魚と肉の間を埋め尽くしていく。



 「こんな合コンなら、毎日でもいいなぁ!」



 程よく焼けた紅ズワイガニを手際よく返しながら、ナス農家の
荒牧が、先輩の耳元でぼそりとつぶやく。


 「仕事はどうすんの、あんた。
 帰ったら3000本のナス苗の植え付けが、待っているんでしょ。
 手伝いにいかないわよ、わたしは。
 ナス苗は小さいくせに、生意気に、チクチクと刺すトゲが持っているんだもの。
 あたし。あのトゲが大嫌いなの。そんなモノを好んで作っている男も嫌いだわ!」



 「それなら心配ないさ。
 いまは、とげをある程度まで無くした、改良型のナス苗がある。
 昔はトゲで痛い思いをしたが、改良型なら、それほど痛い思いをしないでも済む。
 これから実る秋ナスはうまい。
 食いすぎて身体を冷やすから、嫁には食わすなと言う格言があるくらいだからな」



 「嫁じゃないけど、美味しい秋ナスが実ったら、ナスだけ食べに行きたいわ」



 網の上で焼きあがったナスを、先輩が指先でチョンと押し出す。
ナス農家の荒牧の前へ、コロコロとナスが転がっていく。



 「とりあえず、私からあなたへプレゼント。
 嫌いじゃないでしょ。わたしがあなたのために焼いてあげた、愛のこもった焼きナスは?」


 
(56)へつづく

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農協おくりびと (54)さぁ、買い出しだ 

2015-11-24 10:55:18 | 現代小説
農協おくりびと (54)さぁ、買い出しだ 



 紅ズワイガニ漁が解禁になると、港の沖合いに直径が1,5mもある
鉄製の重い『カニカゴ』が、300個以上も沈められる。
水深800~2500m付近に沈められたカニカゴが、再び揚げられるのは
2日から3日後になる。


 餌を求めてカゴへ入った紅ズワイガニは、深海から一気に漁船へ引き揚げられる。
浜へ揚げられた紅ズワイガニは、水分が抜けないように甲羅を下にする。
仰向けの状態で、並べられていく。
全身に帯びた朱色は、熱を通すとさらに鮮やかな赤になる。
紅葉よりひと足早い紅ズワイの鮮やかな紅色は、越後に、秋の到来を告げる。
 


 紅ズワイガニが棲む400~2700mの深海は、水温がほとんど変らない。
この海域は、常に0,5℃から1,0℃に保たれる。
殻が柔らかく、身に水分が多く含まれるのは、水圧が高い深海域に
生息しているためだと考えられている。
紅ズワイガニの特徴は、茹でると水っぽくなり、身が柔らかくなることだ。


 
 「さぁ、買い出しだ!」大型の水産店が立ち並ぶ歩道で、祐三が号令をかける。
「買い出し?。2階の食事処で、カニを堪能する予定じゃなかったかしら?」
何てことを言い出すのあんたは、と、妙子が眉を寄せる。



 「べつにケチってるわけじゃない。
 好きなだけカニを買い出して、近くの浜辺で、バーベキューと洒落こむ。
 なんのために8人乗りのワンボックスでやって来たと思う?。
 後部スペースに8人用のワンタッチテントと、バーベキューセットが積んである。
 どうだ。この計画に不満があるか?
 いやならいいぞ。君だけ2階の食事処で、たらふくカニを食えばいい。
 俺らはのんびりと、海でも眺めながら、カニとバーベキューを満喫するから」



 なんだ。そういうことなら早く言ってくれればいいのに、と
妙子がふたたび、祐三の腕にぶら下がる。
「じゃ行きましょ、あなた」妙子がにっこりと、祐三の顏を見上げる。


 
 (おい。あれはもう、戒律を守って生きている尼僧じゃないぞ。
カニの魔力に完全に負けている、ただの堕落した普通の女だ・・・)
ナス農家の荒牧がまいったなぁとつぶやく。呆れ顏で2人の背中を見つめていた
先輩も、「なんの、あれしき」と鼻で笑う。


 (女が食の本能に負けることは、よくあることよ。
 でもさ。戒律に生きている清楚な女が、男にベタベタしているのが許せないわ!)



 (尼僧を停止中なんだろう、いまの妙子さんは。
 輪袈裟は車の中に置いてきたから、戒律から、解放されているんだろう)


 
 (都合よすぎるじゃないの。そんな方式は。
 相手は、女性からの誘惑にことさら弱い、あの祐三さんなのよ。
 何かあったら、困るじゃないの。
 なんだか圭子ちゃんと松島君の事よりも、祐三さんと妙子さんの方が
 心配になってきましたねぇ・・・)


 (うん。なんだか俺も、不安になって来た・・・
 祐三さんは色香で迫って来る女には、めっぽう弱いからなぁ。
 不倫で大騒ぎになった時も、相手の女は、あんなタイプの女性だったなぁ。
 それにしても妙子さんは、尼僧の割に、色っぽいね。
 禁欲を続けていくと、女は逆に、色香が増幅していくのかな・・・
 なんだか妙子さんが、魔性の女に見えてきた)



 (妙子さんは、もともと色っぽい女性ですからねぇ。
 尼僧の白頭巾姿の時でさえ、はっとするほど美しく、刺激を感じさせます。
 わたしたちが、あれこれ心配してもはじまりません。
 美味しそうな紅ズワイガニを選んで、バーベキューの準備をしましょ。
 あら・・・地魚の詰め合わせセットだって。
 見たこともないお魚が、これでもかと詰め込まれているわ。
 美味しそうですねぇ。
 これも買っていきましょうよ、ねぇ、あなた)


 荒牧の腕に寄り添った先輩が、美味しそうな魚を見つけるたびに、
「ねぇ、あなた」を連発していく。
4組のカップルが、それぞれ魚のカニ横を楽しそうに闊歩していく。

  
(55)へつづく


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農協おくりびと (53)魚のアメ横

2015-11-23 11:03:38 | 現代小説
農協おくりびと (53)魚のアメ横


 
 出雲崎から、紅ズワイガニの水揚げがはじまった寺泊までは、目と鼻の先。
魚の町・寺泊には、通称『魚のアメ横』と呼ばれる通りが有る。
大型の海産物店舗が軒を連ねている。
寺泊港や出雲崎港から揚がる、新鮮な魚介類が安く手に入ることも有り、
近隣から多くの人が訪れる。


 紅ズワイカニの漁は、9月1日から解禁になる。
水深200mから400mの大陸棚に生息しているのが、松葉ガニや
越前ガニと呼ばれている本ズワイガニ。こちらの漁期は真冬になる。
9月から漁期が始まる紅ズワイガニは、1000mから2500mの深海で育つ。
カニは茹でると赤くなるが、紅ズワイガニはとれた時から赤い甲羅をしている。
茹でるとさらに、鮮やかな赤に変る。



 広い『魚のアメ横』の駐車場が、びっしりと混んでいる。
昼食の時間帯だから、なおさらのことだ。
隙間を見つけた松島が、たくみにハンドルをさばいてワンボックスを停める。
空腹に耐えていた男たちが、いっせいに車から飛び降りていく。
最後に降りた祐三が、『魚のアメ横』に向かって駆けだしていく独身の男たちを
あわてて背後から呼び止める



 「こら。お前ら。
 女性をエスコートしないで、お前らだけで勝手に食に走るのか。
 やっぱり。にわかつくりの即席カップルでは、まとまりに無理があるようだな。
 松島。この混雑だ、圭子ちゃんの手を引いてやれ。
 迷子にでもなったら、あとで大変だからな」



 呼び止められた松島が「では。折角だから、お願いします」と手を伸ばす。
うしろを歩いていた圭子が、「はい」とすかさず、指先を差し出す。
「じゃ、俺らも」祐三が左の腕を突き出す。
「はい、はい」と笑顔の妙子がするりと腕を通して、祐三の肩へ寄り添う。


 「戒律に生きる女が、破廉恥な真似をしても、いいのですか?」
ナス農家の荒牧と並んで歩いている先輩が、嬉しそうな妙子の背中へ語りかける。


 「戒律のあかし、輪袈裟は、車の中へ置いてまいりました。
 ゆえにいまは、仏のいましめから離れた、ただの普通の女どす。
 外出の食事の時くらい、戒律を忘れて本能のままに過ごしてみたいと思います。
 あっ、住職さんには、内緒どすえ」



 「輪袈裟を外すと、ただの女に戻るのですか・・・
 なるほど。うまい習慣があるのですねぇ、仏門の世界にも。
 もっとも戒律を気にしていたんじゃ、カニを満喫することができませんからねぇ」


 では負けずにわたしたちもと、先輩がナス農家の腕をとる。
半分はにかんだナス農家が、「おっ。旅の恥は、かき捨てだな」と嬉しそうに反応する。
まんざらでもなさそうに先輩が、ナス農家の肩に頬を寄せていく。


 「どうします、俺たちは?」最後に残ったキュウリ農家の山崎が
困った顔で、ちひろを振り返る。
「もと高校球児と知っていたら、カギを絶対に渡さなかったのに。
いまとなっては後の祭りです。みんなが手をつないでいるのに、わたしたちだけ
別々に行動したら、かえって怪しまれます」
はいどうぞとちひろが、山崎に向かって指先を差し出す。



 本ズワイガニはきわめて高価だ。
だが、解禁になったばかりの紅ズワイガニの値段は、かなり安い。
カニとしての品質に、問題が有って価格が安いわけでは無い。
味だけでいえば、紅ズワイガニの方がはるかに美味い。
ただし。扱い方がきわめて難しい。
身入りが少ないうえ、カニの姿を保ったまま提供できない点に難がある。
茹で方も、繊細過ぎて、たいへんに厄介だ。
ひとつ間違えば、風味を損なって、身がスカスカになってしまうことも有る。
味を損なうと、売り物にならない。


 だが、カニをとる漁師たちは本ズワイより、紅ズワイを喜んで食す。
上手に茹でた紅ズワイガニは、カニの王様といわれている本ズワイより、
はるかに甘く、かつ濃密な味がするからだ。
 
  
(54)へつづく

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農協おくりびと (52)欄干で、恋の真似事

2015-11-22 11:04:59 | 現代小説
農協おくりびと (52)欄干で、恋の真似事



 夕凪の橋は、道の駅の広場から海に向かって102mほど突き出していく。
橋の突端は、円形の回廊になっている。
突き出たそれぞれの欄干に、ジャラリとたくさんの南京錠がぶら下がっている。


 「どうすんの、これ?」



 南京錠を手にしたちひろが、キュウリ農家の山崎を振り返る。
他のにわかカップルも、南京錠を取り付けるための絶好の隙間を探している。



 「願いを込めて、2人で欄干に南京錠を取り付けます。
 願い事が終ったら2度と開錠することがないように、海へカギを投げ捨てます。
 それで成就を願う、愛の儀式が終了します」



 「え・・・海へ捨てちゃうの?、南京錠のカギを。
 困ったわねぇ。それじゃ何かあった時、2度目の恋が不具合になるわ。
 封印されたままじゃ、別の男性へ愛をささげることができないもの。
 元へ戻りたいときは、どうしたらいいの。
 海に潜り、南京錠を開けるためのカギを、わざわざ見つけに行くの?」



 「行けと言うのなら、ぼくが行きます、ちひろさんのために。
 ただ。これだけたくさんの南京錠のカギが、この海に投げ入れてあるんです。
 赤いリボンをつけるとか、分かりやすい目印をつけておいてください。
 それを目当てに、絶対ぼくが、ちひろさんのカギを見つけてきますから」



 「見合いすると決心したくせに、女心をくすぐることを平気で言うのね。あなたは。
 年上の女を泣かせるようなことは、口にしないでちょうだい。
 結構よ。あなたの世話にはなりません。不具合がおきたら自分で探しに行きます。
 これ以上私に、まとわりつかないで」


 「やめろと言われれば、辞めます。
 あまり気がすすまないんです。いまどき、お見合いで結婚相手を決めるなんて」



 「出会いの場が少なければ、お見合いをする選択肢も有りでしょ。
 そんなことを言い出すと、あなたのご両親ががっかりしてしまうでしょ」


 「僕自身が、がっかりするよりはマシですから」



 「本気なの、あなたは・・・」


 
 「本気です」山崎が、いきなり頬を赤くする。
「そう。じゃ、もう少しこっちへ来て」ちひろが小さく、指先で招く。
「あくまでも仮契約よ。それでもいい?」ちひろの眼が至近距離から山崎を見つめる。



 「光栄です。ボク、両親に言って、お見合いを破棄しますから・・・
 あこがれの、ちひろさんのために」



 「破棄しなくもいいのよ、わたしなんかのために。
 たいはんの恋人たちも、どこかに不安を抱えていると思う。
 不安があるからこそ、何かのかたちに託して、愛を誓いたくなるのよ。
 捨てたくはないけど、カギを捨てることで、愛を誓いあうのよ恋人たちは。
 海にカギを投げ捨てるのには、きっと、そんな別の意味も含まれていると思う。
 ふふふ。歳とった女は皮肉な目で、恋人たちの儀式を眺めてしまうのよねぇ。
 嫌よねぇ。夢が少なすぎて・・・」



 これでいいかしら?、ちひろが、南京錠にカギをかける。
「はい。大丈夫だと思います」山崎が真っ赤な顔をしたまま、ちひろに応える。
山崎の手のひらへ、ちひろがカギを落とす。
「じゃ、運命のすべてを、あなたに任せます」と、静かに指先をにぎらせる。
握り締めた手のひらを、山崎がじっと見つめる。



 「好きにして。煮るなり、焼くなり、投げるなり、あなたの好きにして」



 「ホントに、好きにしていいんですか?」山崎の熱い眼が、ちひろを見つめる。
「2言は、ありません」ちひろがニコリと、ほほ笑む。
「分かりました」山崎が力をこめて、手のひらを握りしめる。
次の瞬間。
「愛してま~す」大きく叫んだあと、カギを力いっぱい海へ投げ出す。
大きく弧を描いて飛んだカギは、はるか沖合に白い波をあげて海の中へ消えていく。



 「あ・・・馬鹿っ。なんてことをするのよ。
 あんな遠くまで投げてしまったら、わたしが取りにいけないじゃないの。
 あたし金づちなのよ。まったく、泳げないんだから」



 「おっす。俺、もとは高校野球の投手です。
 推定ですが、たぶん、80メートルは飛んだと思います。
 おそらくあのあたりは深すぎて、2度と回収できないと思います。
 どうしても取ってきてほしいと懇願されたら、責任もって俺が回収してきます。
 でも俺、はじめて告白しますが、実は水泳は大の苦手で、生まれついての
 金づちなんです・・・」
 
  
(53)へつづく


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農協おくりびと (51)天領の里

2015-11-21 11:19:32 | 現代小説
農協おくりびと (51)天領の里



 江戸時代。徳川幕府の直轄地(天領)だった出雲崎は、佐渡金銀の荷揚げや、
北前船の寄港地として長いあいだ栄えてきた。
廻船問屋や旅館が立ち並び、おおぜいの人が集まり遊廓街も発展した。


 様々な業種と仕事があつまってきたため、近隣の農家の2男や3男は、
『天秤棒1本持って、出雲崎へ行け』といわれるほど、働き口に不自由しなかった。
小高い丘と日本海に挟まれたわずかな平坦地に、最盛期には2万人をこえる
ひとたちが、ひしめくように住んでいた。
越後でトップの人口密度をほこった町、それがかつての出雲崎だ。



 「にわかカップルも、悪くないわね」先輩が、ナス農家の荒牧と手をつなぐ。
ちひろの前に残っているのは、キュウリ農家の山崎しかいない。
「残り物に福。残ったもの同士、仲良くしましょうか」ちひろが手を差し出すと、
「年下でよければ」と嬉しそうに山崎が手を伸ばす。



 祐三と妙子を先頭に、4組のカップルがぞろぞろと夕日の丘公園を降りていく。
目指すは、眼下に見えている道の駅。越後出雲崎・天領の里だ。
だが坂道を数分下ったところで、突然祐三が、うしろを振り返る。


 「おい。全員でぞろぞろ下って行ったら俺たちは、もう一度この坂道を登ることになる。
 百姓の俺たちは、普段から身体を使っているからべつに苦もない。
 だが、日々つつましい暮らしをおくっている妙子さんや圭子ちゃんは大変だ。
 松島。お前、いまから駐車場へ戻って車を持ってこい。
 道の駅で合流できるから、余計な心配しないで、圭子ちゃんの手を離せ」



 「どさくさに紛れて、ようやくのことでせっかく握れたのに・・・」と松島がしぶしぶ、
圭子の手を、未練たっぷりに離す。
「縁が有りそうで、無いようですねぇ、あんたたちは」先輩が目で笑う。
「試練だと思えば、なんでもないさ!。ふん」
捨て台詞を残した松島が、今来たばかりの坂道を脱兎のように、駆け戻っていく。



 「離れているのが、1分1秒でも惜しいような雰囲気になってきましたねぇ」
と先輩が声をかけると、「はい。わたしも、ちょっぴり・・・」と圭子が小さくうなづく。
(えっ・・・まんざらでも無いんだ、この2人・・・)
黙ってうしろからいきさつを眺めていたちひろが、かるい衝撃を覚える。
23歳になったばかりの尼の圭子と、トマト農家の松島のあいだに、
恋は有りえないと、かたくなに信じてきた。
だが事態はすこしずつ、違う方向に向かって微妙に揺れはじめてきた。



 (成就するのかしら。尼さんとトマト農家の、禁断の恋は・・・)
ふと、小さな疑問を浮かべたとき、握られているちひろの指先に力がこもって来た。
見れば出雲崎天領の里は、もう目の前だ。



 「僕たちも買いますか。欄干にかけるための、特大の南京錠ってやつを?」



 「えっ、恋人たちのための南京錠が、こんなところで売られているの?
 それじゃ、ご利益が薄すぎるでしょ。
 ただの観光気分の冷やかに過ぎないでしょう、そんなのは」



 「でも、ちゃんと売ってますよ。ほら。たくさんの南京錠が並んでいます」



 指さした先に、地元の土産物に混じり、大小さまざまな南京錠が並んでいる。
鎖が異様なまでに長いのは、太い橋の欄干に対応するためだ。
長い鎖は、夕凪の橋専用仕様ともいえる。
普通の南京錠を持参したのでは、太すぎる欄干の前で立ち往生することになる。
たくまし過ぎる商魂だな、これもと、思わずちひろが苦笑する。
ちひろをしり目に、山崎が中サイズの南京錠を選び出す。


 「これでいいですか。俺らのにわかな恋の証は?」


 「そうね。急ごしらえのカップルだもの。その程度でお似合いかもね」


 「熱がないですねぇ。ちひろさんは。
 これでも俺、それなりに真剣な気持ちで選んでいるんです。
 やっとチャンスが巡って来たんだ。さっきから胸のドキドキが止まりません」


 「こら。年上の女に、悪い冗談なんか言わないの。
 本当になったらたいへんなことになるでしょう、わたしたち」



 「実は俺。ずっと憧れていたんです、ちひろさんに。
 でも。ちひろさんには意中の人がいるから、出番はないだろうと諦めていました。
 だからこうして最後に手をつなげたのは、いい思い出になります」


 「最後に?。最後にって、どういう意味なの、なんだか意味深な発言ねぇ」



 「親にすすめられて見合いをするんです俺。やっと決心が固まりました。
 家に帰ったら、見合いをすると両親へ報告します。
 ちひろさんと最後に手をつなげたし、いい思い出も出来たから、
 これで俺、悔いなく、見合いが出来ると思います」


  
(52)へつづく

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