落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(60)車の立ち往生

2018-03-05 17:21:53 | 現代小説
オヤジ達の白球(60)車の立ち往生





 「愛人と国道17号で立ち往生?。
 もう、そんなに降っているのか、水上方面も」

 事務室で談笑していたはずの柊が2人の背後へ、携帯を片手に戻ってきた。

 「えっ。ということはほかにもまだ、立ち往生が発生している道路があるのですか?」

 慎吾の問いかけに、「まぁな」と柊が苦笑を見せる。

 「県庁から緊急の呼び出しが来た。
 県内の国道と県道の通行の安全を確保するのが、俺の仕事だからな。
 この雪のせいで、あちこちで車の立ち往生がはじまりそうだ」

 「大変ですねぇ、総合土木職という仕事も。
 車が立ち往生するだけで、県庁から緊急出動の連絡が来るのですか」

 「公務員は住民の公僕だ。
 人手が足らなけりゃ、除雪車を運転することもある」

 「へぇぇ。公休日に仕事する公務員がこの世に居たとは驚きだ。
 この雪だ。気をつけて行けよ。
 お前さんまで立ち往生したら、現場で指揮をとる責任者がいなくなるからな」

 「わかっているさ、そのくらい」じゃ行ってくるぜと柊が、
バッティング・センターをあとにする。
2本のわだちが駐車場から県庁へ向かう県道へ伸びていく。

 午後4時。打撃練習を終えた男たちが、居酒屋へひきあげる。
この頃、積雪は5㌢をこえていた。
動き始めた車の屋根から、座布団のような雪のかたまりが滑り落ちてくる。

 店へ戻った一行のもとへ、テレビから車の立ち往生の様子が伝わって来る。
柊が向かった県境の碓氷峠では、すでに400台から500台の車が立ち往生している。
長野県と山梨県を結ぶ国道20号線も、茅野市から富士見町までの間が通行止めになった。
こちらでも300台から400台の車が立ち往生になっている。

 「おい。山のほうじゃ大変なことになっているぜ」

 「どうやら雪見酒などと、のんびり呑んでいる場合じゃなさそうだ。
 本降りになってきたぜ。このままじゃ、このあたりも大雪になりそうだ」

 店の前の雪がみるみる厚みを増していく。
数分前に通り過ぎた車のわだちが、あっというまに雪にかき消されていく。

 「おっ・・・先輩から続報が来たぞ。
 なになに、国道に止まったままはやくも3時間。車はまったく動かねぇだと。
 愛人はやたら不機嫌になってくるし、このままだと俺もカミさんに浮気がばれる恐れがある。
 はやくなんとかしたいが、まったく打つ手が見つからねぇ。
 八方ふさがりとはこのことだ・・・か。
 やれやれ。ご愁傷さまなことだぜ。まったく」

 (天罰だ)とぺろりと舌を出し、北海の熊が携帯をポケットへしまう。

 「おい。おれたちもいつまでも呑んでいないで、いいかげんで帰った方がいい。
 南岸低気圧がますます発達して、今晩当たり、最大限の勢力に達するそうだ」

 「南岸低気圧が最大限に発達すると、いったいどうなるんだ?」
 
 「南岸低気圧が北からの寒気を呼び込んで、関東に大量の雪を降らせる。
 いまの降りかたは、まだまだ序の口らしい」

 「ホントか!」

 「これまで経験したことのない歴史的な大雪になる、という警報が出た。
 予測で、前橋で60㌢をこえるそうだ」
 
 「前橋で60㌢・・・ということは、このあたりではどのくらい積もるんだ?」
 
 「おなじくらい積もるか、もうすこし積もるだろう。
 いずれにしても長居は無用だ。
 今日はこれくらいにして、みんな、さっさと家へ帰ろうぜ」

 北海の熊が先頭きって立ち上がる。

 「そうだな。雪見酒などと洒落こんでいる場合じゃねぇ。
 熊のいう通りだ。
 おい、帰ろうぜ、みんな。
 大将も早く帰って、大雪の対策をした方がいいぞ」

(61)へつづく

オヤジ達の白球(59)雪の接近

2018-03-01 17:40:29 | 現代小説
オヤジ達の白球(59)雪の接近



 
 2月13日午後3時。空が灰色の雲におおわれてきた。
雪雲の接近が朝の天気予報よりも、はるかに速い。
チラチラと、綿毛のような白いかたまりが空から舞い降りてきた。

 午後4時。駐車場の全体が白くなる。

 「積もりそうだ。駐車場が白くなってきた」

 「地面が乾いているからな。それで白くなるのが早いのさ」

 車の屋根が白くなってきた。
表の様子を心配そうに見つめている慎吾の背後へ、北海の熊が近づいてきた。

 「おい。キュウリ屋。ビニールハウスは大丈夫か?」

 「5㌢や10㌢の雪じゃビクともしません。大丈夫です。
 屋根は丸い形をしています。少々の雪なら、滑りおちていきますから」

 「そうか、雪が勝手に滑り落ちるのか。じゃ心配する必要はないな。
 ビニールハウスってやつは、意外に丈夫に出来ているんだな。
 何年か前だがハウスの屋根へ、雪がたっぷり積もったのを見たことがある。
 桜が咲くころだったなぁ。たしか、3月おわりのドカ雪だ」

 「ありましたねぇ。確かにそんな年が。
 あのときは20㌢ほど降りました。しかし、このあたりのハウスはぜんぶ無事でした」

 「うん。あのとき潰れた話は聞かなかった。
 20センチくらいの雪ならぜんぜん大丈夫なんだな、このあたりのビニールハウスは?」

 「ええ。雪よりも、風対策を重視しています。
 群馬の空っ風は、台風なみの強風になりますからねぇ」

 「そいつは言える。
 赤城の山から吹き下ろす真冬の空っ風は半端じゃないからな。
 おっ・・・メールがやって来た」

 熊のポケットでメールの着信音が鳴る。
「誰だ、今ごろ」液晶画面をのぞき込む熊の顔が苦笑にかわる。

 「どうしました?」

 「昨日から愛人と2人で水上温泉へ行っている先輩からだ。
 ようやく口説けて、念願だった2人だけの温泉旅行が実現したらしい。
 どれどれ。夕べの首尾の報告かな・・・」

 熊が目を細めて、メールの文章を覗き込む。
だが、どうにも焦点が合わないようだ。画面を近くしたり、遠くしている。

 「老眼ですか?。熊先輩」

 「バカやろう。まだ老眼は早い。
 だがよ。最近はとみに小さな文字が見にくくなってきた。ただそれだけだ」

 「それなら、設定で直ります。
 見にくいのなら大きな文字に変えればいいだけですから」

 「そんな便利なことができるのか、いまどきの携帯は!」

 携帯を受け取った慎吾が、表示の設定を変える。
「お・・・なんだよ。これならはっきり見えるぜ。どれどれ」
北海の熊が、大きくなった文章をのぞきこむ。

 「なんだって・・・カミさんにばれるとまずいから、早めに宿を出て
 帰りの道を急いでいる。
 なんでぇ、一大事でも勃発したかと思ったが、ただの普通の展開じゃないか」

 面白くもなんともねぇな・・・とつぶやいた熊の顔が次の瞬間、
いきなりあかるく輝く。

 「なんだと。帰りの道を急いでいるのに、水上温泉から10キロほど南下した地点で
 雪にはばまれて、ただいま立ち往生中だと・・・
 おっ。もうそんなに降っているの、群馬県北部の山沿いは」

 「えっ。ということはすでに国道17号線で、立ち往生が発生しているということですか!」

 「そうらしいな。
 ついでに、助手席で笑顔で呑気にVサインをしている愛人の画像まで送って来た。
 愛人は笑顔でも、早く家に戻りたい先輩のこころのうちは火の車だ。
 やれやれ。バレンタインデーの前日だというのに俺の先輩は、どうやら、
 天国と地獄の中間にぶら下がっているようだな」

 (60)へつづく