傘

ふじ文芸部というところに入っています。

今回のお題は「傘」でした。

………………………




乗客が増した地下鉄の車内
電車は地上に出た
晴れ上がった空
向かいの窓を押し広げて
レモン色の光が斜めに差し込む
先ほどの雨が嘘のよう
走り抜けるいつも通りの街並みは
雨に洗い流されて
多少こぎれいに見える
なん駅か前から
気になるモノがあった
いや、普段なら
置き忘れられた傘は
気にならない
確かにかわいい子だった
その傘の持ち主は
確かに

淡いピンクで今っぽい柄のその傘は
持ち主に似て近寄りがたかった
ご主人様不在の傘なのに
じっと見るとキツイ視線を送られそうだ
チラチラと見てしまうのは
窓の光が眩しいからではなかった

ピンクの傘の先端は
電車のつまらない床に
斜めに細い足を放り出し
雨の滴りで幾何学の絵を描いた
まるであの子が自分だけに宛てたメッセージ
初めて会った挨拶か
意味ない模様に意味を見出す
滑稽ないつもと違う自分
あの子のかわいさがいたずらする

電車が揺れて
傘はスルッと身体を翻す
もうすぐ、さよならかしら
そう言われた気がして
慌てて降車駅を確認する
降りる時にその傘を手にしようか
時限付きの悩みが追い詰める
ドアが開き
閉まるドアに背を押される
傘には触れることもできず
ホームに出でる
あの子にフラれたような
しみったれた風を浴びながら
ホームから走り去る
電車を見送る
淡いピンクの印象を残して

たんたん麺