本棚7個じゃ足りません!

引っ越しのたびに蔵書の山に悩む主婦…
最近は二匹の猫の話題ばかりです

ショートショートを書いてみた。

2006年02月19日 | そのほかの趣味

 夢の内容から思いついて書いてみました。
 自分では、自信満々でこじつけに近いことをひとつにまとめ、
 決め付けてしまう人間への皮肉と、
 宇宙人?のような発想の人に対処した時のやるせなさ、を表したくて、
 文章にしてみたわけですが。
 夫に読んでもらったら、意味が分からん。だって。
 シュールすぎたか…。くすん…。
 でも、百万人にひとりはちょっと面白いって言うかもしれないから、
 ここに載せてみます。題は、

   しゃもじのせいです。

「あなたが冷たいのはしゃもじのせいなのですね」
「はあっ?!」
突然そんなことを言われて、おれは驚きの声をあげた。
「しゃもじのせいなのです」
訳が分からない。

発端は、何年も前に別れた彼女からの電話だった。
久しぶり、と挨拶をして、近況を尋ねあう会話があった後で、これだ。
「しゃもじ、って何。あの、しゃもじ?」
「それ以外の解釈があるのですか」心なしか彼女、憤然としている。
「逃げようとしても、真実は変えられません。あなたはしゃもじのために、これほど冷たくなってしまった。どんなに怖くても、真実は受け入れなければいけないのです」
分かりきったことを聞くな、という口調である。

何なんだ。おれがしゃもじで何をしたっていうんだ。いや、この場合、しゃもじがおれに影響を及ぼしたということなのか。
しゃもじの真実?おいおい。意味が分からない。
戸惑いつつ、「ええと、心当たりがないんだけど…」
「よく考えてみてください」きっぱりしてるなあ。「本当は、優しいんです。純粋な人なんです。ただ、しゃもじが、しゃもじがあなたを…」
だからしゃもじがどうしたというのだ!

おれは記憶をさかのぼって考えてみた。二人の間に何かしゃもじが関係することがあっただろうか。あの、飯を盛る時のしゃもじだよな…。片方の端が幅広く掬いやすい、へら。
木製のは、野菜炒めにも使っていた(ような気がする)。別に使えるんだからいいじゃないか、と思っていたわけだが。彼女がそれを見ていて、不自然だと感じたということなのだろうか。それにしてもつじつまが合わない。

「あなたがいい加減なのも自分勝手なのも、ひとりでいるのが好きなのも、しゃもじのせいなのです」
「はあ」
「わさびマヨネーズが好きなのも、いまだにフリーターでいるのも、しゃもじのせいなのです」
「はあ?」
自信たっぷりに脈絡のないことばかり。一体何だ?というかこの女自体、なんなんだ?なぜにわさびマヨネーズ?就職口がないのもしゃもじのせいですと?

苛立って、つい声を荒げた。
「君ね、どうしてそこでそんな話になるの!文句があるなら、ちゃんと筋道立てて話しなさい!」
「わたしはただ、あなたのためを思ってお話しているだけです…」
だから、その論理が分からないって!意味が通じるように話せというのに!
電話線を通して怒りが伝わったのか、彼女は哀しそうに、「せっかく、答えにたどり着いたから、教えて差し上げようと思ったのに…」と呟く。
おれは穏やかさを装う。「初めから最後まで、他人に分かるように話してごらん。まず、しゃもじがどうしたっていうの。なんでそう思ったの」
「わたしはちゃんと話しています!あなたの理解能力が足りないんです!」
こうなるともう、会話の成り立ちようがない。

大体、妙な感覚の持ち主だった。付き合い始めたときは、それほど変な子だとも思わなかったが。“天然”と信じていたものが、いわゆる“不思議ちゃん”だったことに気づいたのは、数ヶ月してから。
あとはずるずると、愛情が醒めるにしたがって、その個性が際立つようになった。根は善良で大人しいが、一途な目が据わっていて、切れると怖いという性格。こちらとしては思いもよらないことで爆発していたので、その度に大きな困惑と得体の知れないものに対する小さな恐怖を覚えていた。
いつしか気持ちが離れて、別れよう、と決めたのはおれだった。修羅場を覚悟していたのだが、意外とあっさり、彼女は頷いた。
その時、なにか考えているような素振りだったのだが…。

「しゃもじのせいなのです。全部しゃもじのせいなのです」
もしかすると、これか。
彼女にしてみれば理不尽な別れ方で、ずっと答えを探していたのかもしれない。
自分が悪いとは考えたくなくて、何でもいいから別のもののせいにしたかったのだろう。それで、とりあえずしゃもじ。

「景気が悪いのも、政治家が裏金を作るのも、アメリカ人が矢鱈とUFOに誘拐されるのも、しゃもじのせいです」
…違うかな。

「聞いてますか?!あなたが幼稚でマイペースでいつも残酷なホラーばかり観ているのも、エエカッコしいで理屈っぽいのも、ここぞという時に力を発揮できないのも、すべてしゃもじが原因です」
「あ、そう…」
もう、言いたいだけ言わせておけばいい、という心境。
「多くの日本人が夜更かしになったのも、向上心がないのも、一斉に熱狂しがちなのも、しゃもじのためです。お金持ちが月の土地を買うのも、子供たちが遅くまで塾通いなのも、サラリーマンがプロジェクトXに感動するのも、しゃもじ。猫が雨が降りそうだと顔を洗うのも、ブラジルの首都がブラジリアなのも、コンパの会費が女子だけ安いのも、しゃもじのおかげなのです」
「ふーん」
「ナスカの地上絵が描かれたのも、お酒が樽の中で発酵するのも、最近の映画にCGが多用されてストーリーがつまらないのも」
「うん」
「伝統技能が継承されないのも、20世紀においてとみに環境が破壊されたのも、IT企業の実態が苦しいのも、日本の観光地のお土産なのにメイドイン台湾と書いてあるのも」
「うんうん」
「プリンにしょうゆを混ぜればウニの味だというのも、恋人同士が渚で追っかけっこをするのも、本家と元祖が張り合うのも、全部、全部、ぜーんぶ!…」

前世の因縁、NASAの陰謀、秘密結社の裏工作…。しゃもじもそうした真実のひとつなのだろうか。突如目覚めた発見者は、無知な民草への啓蒙運動に熱心だ。
さて、いつまでこの話を聞いていなければならないのだろう。延々続いているな。
いっそ電話を切ってしまいたいが、彼女を振った負い目もあるし。すげなくしづらいのである。
…ああ。
それもこれも、みんなしゃもじのせいです。
                                     【 終 】



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