もうじき梅雨だというのに天気がいい。かねてより極端な雨男のワタシだが、最近ピーカンに当たることが多くなってきました。そういえば最近急速に体が衰えていている。体が弱っていて本来の雨男パワーが発揮できないようですね。北に向かうときの恒例、近鉄特急に乗って京都に来ました。ここからJRの特急「雷鳥」に乗り込みイザ北陸へ。
どうせ「雷鳥」に乗るなら琵琶湖側に座りたいところ。自動券売機で座席指定を取るとき、希望の座席が選べるようになってはいるが、どちらが琵琶湖側か判りません。ままよっとボタンを押し購入。しかし乗ってみると見事にハズレ。それでも比良山地が美しい姿を見せてくれたのでまいっか。
近江塩津からはこのまえ直流化されたばかりの区間。一気に峠を下ると敦賀です。ここで普通電車に乗り換えます。ホームで待っていると丁度上りのトワイライトエクスプレスが到着しました。お金と時間があれば、いつかは乗ってみたいなぁ…
電車は直流化に伴って投入された521系、真新しい車両です。発車して間もなく、気づかぬうちにデッドセクションを過ぎ、トンネルに入ります。北陸トンネルです。今やここより長いトンネルはいくらでもあるが、ほとんどが新幹線なので通過も早い。しかしここは在来線なので長さが実感できます。
長―いトンネルをようやく抜け、プラットホームだけの無人駅、南今庄に停車。トンネルができるまではここまで延々続く勾配区間でした。今でも廃線跡が残っているようです。そして、次の今庄駅で途中下車します。
今庄は静かで小さな北国街道の宿場町です。北陸トンネルができるまでは国鉄の拠点だったところ。急勾配で、しかも冬には大雪に見舞われる中山越えのための補助機関車をつけたり、除雪をするため、多くの国鉄職員がここに住んでいました。職員や連結作業を待つ乗客の胃を満たすため、この駅では蕎麦屋が繁盛したとのこと。
トンネルができてからは補機や除雪がなくなり、特急も停まらず、職員もいなくなるとともに、駅から蕎麦屋も消えました。しかし、もともと蕎麦が名産のこの地のこと、名残の蕎麦屋が生き残っています。
今庄から再びローカル電車に乗り、武生を目指します。今庄駅の狭いホームに着いたのは419系。この電車は昭和40年代、一世を風靡した寝台電車581系のなれの果てです。輸送力増強に追われる当時の国鉄では、車両を大増産したものの車両基地の整備が追いつかない。そこで国鉄の担当者は考えた。「車庫がないなら電車を昼夜走らせてしまえ!」
こんな大胆な発想から生まれた581系は、昼間は座席車として、夜間は寝台車として北は青森から、南は鹿児島まで、日本全国をモーレツ社員のごとく駆け回りました。日本の高度成長時代を体現するような車両ですね。時代が移り、国民の生活が豊かになって、高速道路や飛行機を使うようになってくると、こんな窮屈で辛気臭い車両がだんだん敬遠されるように…そして国鉄の崩壊とともに、短編成のローカル用に改造されることになりました。しかし、低予算でやっつけの工事のため、「食パン」と揶揄されるこんなヒドイ姿になってしまいました。福知山の113系3800番台と並ぶ「お化け電車」です。
車内にはつり革が取り付けられ、一部ロングシートになっているが、寝台も撤去されることなく残っており、工費を抑えた改造になっています。4人対面シートは特急時代のまま。さすがに急行型よりゆったりとはしているがリクライニングはなく、当時これでも特急料金を取っていたのだからオドロキ。知らぬ他人同士が上野から青森まで、新大阪から博多までここで過ごすのは辛かろう。
武生で降り、ここから福井鉄道福武線の武生新駅へと歩きます。福井鉄道は北陸に残る貴重なローカル私鉄のひとつで、名鉄の系列会社です。武生新と福井新の間は鉄道線。福井新から先、福井市内は併用軌道となっています。
最近まで古い車両が多かったのだが、名鉄美濃町線が廃止になったため、そこを走っていた比較的新しい車両が流れてきました。さらに2005年の岐阜市内線の廃止により、そこのノンステップの最新車両まで流れてきた。岐阜では残念なことになったが、ここではがんばってほしいものです。
鉄道線は線路の保守まで手が回らないのか、実によく揺れる。流されてきた美濃町線の路面電車タイプの車両に合わせて、ホームのかさ下げも行なわれています。鉄道から軌道への格下げは富山ライトレールの先鞭ではないでしょうか。福井新の手前、花堂から複線になり、次の福井新を出たところで併用軌道となります。
従来からここを走っている車両は、ステップがついているものの、普通の鉄道車両で、自動車に混じって道路を走る様は違和感がある。しかし小型の名鉄車両なら町になじんでいると思います。
市役所前でスイッチバックして福井駅前へ分岐している通称ヒゲ線に入ります。福井新から福井駅前まで、専用橋を渡るための信号とか、スイッチバックとか面倒くさいことだらけで、かなりの時間を要してしまいます。これでは自動車に勝てないので速やかな改善が必要では?
福井駅は高架工事が完了して白い真新しい駅となっています。駅前整備はこれからのよう。
福井鉄道をここまで延ばす計画もあるようです。それにしても人、少な!
福井駅の南側では北陸新幹線の工事がたけなわです。駅部分だけの先行工事のようで、着工には政治決着があったとのこと。ここから金沢・長野を経由して東京に直結するようだが、こんなに人の少ない福井と結んで、はたして乗客があるのでしょうか。
えちぜん鉄道で福井観光の定番中の定番、東尋坊へ行ってみることにしました。えちぜん鉄道は、たびたび引き起こした列車事故によって、長期の運休を余儀なくされた京福電鉄の跡を継いで運営を開始した第三セクターの鉄道です。この福井駅は新幹線工事が終わるまでの仮駅舎のようです。
えちぜん鉄道となった今、車両の多くも入れ替わりました。現在の主力は6100形。愛知環状鉄道のお下がりをリニューアルしたもので、車齢も若い。
福井駅を出発した電車は、すぐに福井口駅に着きます。この駅は海に向かう三国芦原線と、山に向かう勝山永平寺線との分岐点。東尋坊へは三国芦原線です。
セミクロスシートに身を沈めて車窓を眺めていると、女性の声でアナウンスがある。たった1両での運転なのに、今日び珍しい車掌つきか??しかし、アナウンスをよく聞くと、車掌ではなくアテンダントとのこと。無人駅で料金の収受や、案内放送を行ったりするが、ドアの扱いはしていません。運転やドア扱いや、八面六臂の運転士に比べて、たいそうヒマそうです。それでも、なじみのお年寄りと会話を交わしたり、小学生の宿題を看てやったりと地域になじんでいて、昔日ののんびり感をかもし出しています。
終点の三国港からバスに乗り換えるつもりだったのだが、この時間はあわら湯のまち駅でバスに乗り換えるほうが便利とのこと。アテンダントの情報が役立ちました。あわら湯のまち・三国港間の運賃は無駄になるが、再生に懸けるえちぜん鉄道へのお布施と思って諦めます。
JRの「芦原温泉」駅を出発したバスは、この「あわら湯のまち」でワタシのほか数人を拾って東尋坊を目指します。現れた京福バスはふそうの2ドアロマンスシート。左側の座席に座ったら、残念!またまた海と反対側でした。
「チャララッ…ッチャラ・チャーラーーー」
火曜サスペンスのラストシーンでおなじみの東尋坊は、自殺の名所でもあるところ。断崖まで近寄ることができるが、当然ながら柵はなく、足を滑らすと大変なことに。恐る恐るカメラを構えるが、吸い込まれそうになります。
しかし、貧相なオヤジ独りでこんなところをうろうろしてたら、周りからの視線が痛い。いかにも観光客といった風に写真を必要以上にパチパチ撮っていました。
東尋坊タワーは工事中のようだが、登ることはできます。展望台からは遠くに三国港が見えるが、肝心の東尋坊は、ここからは見えません…
しかも空調を止めているのか、ガラスで囲われた展望台はたいへん暑い。早々に退散しました。それにしても、ここも人、少な!
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