d-マガジンでこんな記事を見つけました。
サンデー毎日 2023年3月5日号
挑む者たち24 石戸諭(ノンフィクションライター)
旧統一教会「2世」が起業家になった哲学の力
__「哲学クラウド」代表取締役CEO
上館誠也(かみだてせいや)
教団から離れられたのは
自分で思考し、考えたから
彼の両親を含めて献金を繰り返しても、困窮する信者は珍しくない。神はなんのために存在するのかという問いは、そのまま教義の矛盾と結びつくのである。
信者の中には「矛盾はわかる。でも、だからこそ離れるのではなく、教義をより良くしていくために教団に残る」と語った者もいた。だが、大半は彼の語ったことを理解しようともしなかった。結局、彼らが求めているのは所属することによって自分の存在が承認されるコミュニティーであり、信仰や「神」はそのお題目にすぎない。それが彼のたどり着いた結論だった。
彼は家族の信仰からも、教団からも完全に離れることができた。人生は思考によって、条件を変えることができる。彼は考えることによってのみ、自分の存在を実感することができた。
立命館大学への進学と同時に親に一切頼ることができない学費をどうまかなうか、という課題が現実的なものとして降りかかってきた。時代は最初の学生起業ブームの真っただ中だった。
彼も大学時代から英単語を効率的に学ぶアプリ「mikan」を開発するmikan (Yenom へ社名変更し、2021年に清算した。現在のmikanはYenom から教育事業を切り離して設立した会社)を共同創業し、スタートアップの立ち上げに熱中した。
学費をまかない成長軌道に乗せたところで、経営からは離れたが、ビジネスパートナーに常に問うていることがあった。日本に住む誰もが、英語をネイティブ並みに話せる世界を“ミッション”だと語っているが、なぜそれを自分たちがやらなければいけないのか。学生が威勢のいいことを掲げれば、時代の空気も後押ししてお金を集めることはできた。だが、それだけだった。
人生経験も乏しい若者が、いくらお金を集めたところでうまく組織を作ることに課題は残った。組織をうまくマネジメントできなければ、会社を継続的に成長させることはできないのが現実である。関心は組織作りに向かった。
入社したリンクアンドモチベーションは、心理学や行動経済学などの科学的知見を取り入れ、ビジネススキルや社員のモチベーションを分析することを得意としてい た それには背景もあった。創業者も哲学に関心を持っていることを公言していた。哲学の話ができる上司もいて、仕事を通じてただ学ぶだけでなく、学んだことをすぐに実践できる環境も整っていた。貪欲に学び、経験を積んだ。若いビジネスパーソンらしい発想で、そのまま自分の力を試したくなって個人として独立した。
次の職場は個人コンサルタントとしてかかわることになるリクルートだった。
前職の経験を活かした組織変革に取り組もうとしたのだが、狙いはことごとく外れる。失敗の要因は細かく挙げればいくらでも出てくるのだが、根本にあったのは「方法」のニーズを完全に読み誤ったことだ。端的に記せば、現場が求めたのはすぐに応用可能かつ問題の解決が可能な具体的な方法であり、ある側面から見れば迂遠なことばかりが書かれたマニュアルではなかった。
科学的な方法論は組織全体を見渡せば効果が出るものを教えてはくれるが、個々人が抱えている悩みに寄り添う方法までは教えてくれない。自分の理想を押し付けるばかりでは、ビジネスはうまくいかないのだ。大事なのは「納得」にあった。
経営者に根幹から考える力を
「哲学クラウド」が提供する
そこで彼はもう一度、自身のビジネス観を問い直すことになった。
ヒントになったのは、彼が直にみてきたビジネスパーソンの姿だった。自己分析の定番的な手法の一つに、モチベーションをグラフに書き込むというものがある。落ち込んでいた時期であるにもかかわらず、会社の目を気にしてか一貫して書き込んでいる人がいた。自分のやりたいことを問われたとき、器用な社員は言葉巧みに会社の価値観に近いことを言うが、う まく取り繕うことができないことに悩む不器用な社員がいた。上司とうまくコミュニケーションをとり、一見するとうまくいっているように見える社員でも、実は自分が本当にやりたいことを見失っていた。
社員としてこういうふうに働かなければならない、という思いばかりが先にあり、理想と現実のギャップに苦しむ。自分で考えることよりも、絶対的な理想や正解を求めて苦しむ。これは彼が人生のなかで接してきた、カルト宗教の教義を絶対の存在と崇め、何も思考しない人々の姿となんら変わらなかった。
社会はカルト宗教の信者をおかしな人として扱ってきたが、彼には一皮剥けば“信仰”の対象が違うだけで、カルトにのめり込む人々と地続きの人々が確かに存在しているように見えた。
彼が旧統一教会と向き合うなかで身につけたのは、哲学を武器にした自己、本との対話だった。
自分は何に関心があり、どうして企業経営をするのか。どんなサ ービスを提供したいのか。 それはなぜ必要なのか。それを言語化するためのヒントを哲学にできるとするならば……、ビジネスプランは一気に固まった。彼のビジネスに協力する哲学者も現れ、かくして机上のプランは現実のものになる。
何も思考しないカルト宗教と
地続きになっている現実
彼が提供する「哲学クラウド」は、開始直後に大手企業からも導入のオファーがやってきた。
実際に使うと思わぬ反応があった。実は幹部クラス、経営者でも自分のやりたいことが見えないという悩みを抱えている。口にするほどの不満はなくとも、このままでいいのかという漠然とした不安が確かに存在しているのだ。そんな人々は哲学者との対話を通じて、はっとした表情を浮かべながら自分を再発見し、次を構想する。パーパス、ミッション、バリュー、ビジョンという言葉が飛び交うビジネス界にあって、あらためて根幹から考える力が見直されていると見ることもできる。
そういえば、と思う。かつての学生起業家ブームを牽引した起業家の多くは、もう残っていない。それはなぜか。彼は「哲学」の不足を要因に挙げた。身近に接してきた経営者の中で、なぜその仕事をやりたいのかを言語化できる者は圧倒的少数派だった。
根幹から問い、考える力がなければ一時のブームで終わっていく。思考への絶対的な信頼が、上館の原動力だ。彼は、生まれながらの逆境を越えていった経験を力に変えていく。今は真価を発揮する途上なのかもしれない。
【解説】
自分で考えることよりも、絶対的な理想や正解を求めて苦しむ。これは彼が人生のなかで接してきた、カルト宗教の教義を絶対の存在と崇め、何も思考しない人々の姿となんら変わらなかった。
社会はカルト宗教の信者をおかしな人として扱ってきたが、彼には一皮剥けば“信仰”の対象が違うだけで、カルトにのめり込む人々と地続きの人々が確かに存在しているように見えた。
創価学会の教えに疑問を抱いてそこから離れても、他のカルト的集団に、絶対的な理想や正解を求めて苦しむ人が少なくありません。
安易な「覚醒」が、人格の向上に結びつかない人も散見されます。
ここはやはり、自分の頭でじっくりと考えることが必要なのです。
獅子風蓮