友岡さんが次の本を紹介していました。
『居場所を探して－累犯障害者たち』（長崎新聞社、2012.11）
出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。
さっそく図書館で借りて読んでみました。
一部、引用します。
□第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
■第2章 変わる
■変わる刑事司法と福祉～南高愛隣会の挑戦をめぐって
□山本譲司さんインタビュー
□おわりに
第２章 変わる
変わる刑事司法と福祉～南高愛隣会の挑戦をめぐって
（つづきです）
林山の裁判の翌日の１０年１０月１９日。同じく長崎地裁。判定委が関わる別の触法障害者の裁判が開かれた。
被告の名は菊永守（３３）＝仮名＝。彼には「広汎性発達障害」という障害があった。この障害がある人は一般的に、社会性や他者とコミュニケーションを取る力が低いとされる。菊永は１０年２月、諫早市内のスーパーでペットボトルの水、食品など５点、金額にして９００円相当の商品を万引きし、警察に捕まった。
父親と２人暮らし。障害も影響して定職に就けず、かといって、父親から生活費や食事を与えられるわけでもなく、常習的に食料品を盗んで糊口をしのいでいた。そんな生活は何年も続いていた。
菊永は、執行猶予期間中に今回の罪を犯していた。前回の罪も食料品などの窃盗だった。判定委の面々は「分が悪いな」と考えていた。執行猶予中の再犯事件は「情状に特に酌量すべきもの」がない限り、実刑となるのが刑事裁判の「常識」だったからだ。
弁護側は、「発達障害が疑われる」とする医師の診断書を提出したり、愛隣会の福祉施設での受け入れが期待される状況を示したりしながら「社会内での更生を」と訴えた。
しかし、長崎地裁の裁判官が下した判決は懲役６月（求刑懲役１０月）の実刑。「（福祉関係者が）更生を支援する意向を考慮しても、再度の執行猶予にすべき事案ではない」と突き放した。
予想された判決だった。しかし、前日に「画期的」な判決が出ていただけに、関係者は一縷の望みを抱いていた。判決後、関係者の１人は落胆の色を浮かべた。
「単なる懲罰では軽微な犯罪を繰り返す、累犯障害者の更生は難しい。裁判所は発達障害という特性をほとんど理解していないのではないだろうか」
菊永と判定委はこの判決を不服として、福岡高裁に控訴した。
打って変わって、控訴審は劇的な展開となった。
「一審判決は現時点では重過ぎる。執行猶予を付けないのは正義に反する」
一審長崎地裁判決から５ヵ月後の１１年３月２３日。
福岡高裁裁判長の川口宰護は、懲役６月の一審判決を破棄し、懲役１０月、保護観察付き執行猶予４年を言い渡した。
菊永は、控訴期間中のうちに南高愛隣会が運営する更生保護施設「雲仙・虹」に入所。周囲の手助けを受けながら「更生」への道を歩み始めていた。
「一審判決時に比べ、菊永は明らかに更生が進んだ。それを高裁に示すことで、実刑判決を覆すことができないか」。支援者たちはそんな戦略を立てた。
本人の日記、愛隣会の施設で就労訓練に励んでいる姿を録画したＤＶＤ映像、職員の備忘録……。検察官に「必要ない」とあしらわれながらも、菊永の更生に関するあらゆる記録を証拠として裁判所に出した。
執行猶予期間中の再犯事件で、再び執行猶予を付けたこの日の判決は極めて異例だった。ＮＰＯ法人長崎県地域生活定着支援センター所長の酒井龍彦は「本人の障害の特性を考慮した、画期的な判決だ」と相好を崩した。
専門家からも驚きの声が上がった。
中央大法学部教授（刑事政策）の藤本哲也は「犯罪行為に重点を置く従来の裁判と異なり、障害を本人の特性として考慮し、福祉的視点を加味した画期的な判決だ。再犯防止の観点からも意義深い」。北海道医療大看護福祉学部准教授（障害福祉）の佐々木明員は「福祉と司法が連携した長崎の取り組みは全国のモデルケースになる」と話した。
累犯障害者をめぐる裁判で、確かな、そして、大きな「足跡」を残した菊永の裁判。判決後、満面の笑みの支援者に囲まれながら、菊永はいつもと変わらぬ調子で、無表情のまま足元を見詰めていた。
福岡高裁近くの大濠公園には、春の風が吹いていた。
（つづく）
【解説】
累犯障害者をめぐる裁判で、確かな、そして、大きな「足跡」を残した菊永の裁判。
菊永の場合は、保釈中の再犯という厳しい条件の中、執行猶予を勝ち取ることができました。
獅子風蓮
