素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

電車のちょっとした思い出

2009年09月19日 | 日記
 先日の「第九」の練習からの帰り、先頭車両の一番前で、運転手気分で列車の走りを味わった。運転手の手さばきを見ていると昔のことが思い出された。

 今でこそ、近鉄電車は賢島まで直通だが、私が志摩で生活をしている頃は、宇治山田(伊勢市)が終点だった。そこから先は国鉄(JR)参宮線の伊勢市駅から鳥羽に出て、鳥羽と賢島を結んでいる志摩電気鉄道、通称『志摩電』を利用していた。

 私は、中学3年生までは、乗り物酔いがひどく、電車は一番前で立っていないとだめだった。小学校3年生の頃だと思うが、運転台を見ていて、ふと「電車のハンドルはどれかな?」という疑問が湧いた。その時から運転手の手元ばかり見るようになった。

 運転手は2つのレバーを左右の手で巧みに動かしているのだが、ほどなく右手はブレーキだということはわかった。「じゃ左がハンドル?」そう思って観察しても曲がる時の動かし方が一定でない。「いったい どうなっているのやろ」と乗るたびに見ているのだがわからない。「どうもハンドルではなさそうだ」と思い始めたのだが、「それじゃハンドルはどこにあるのだ?」と運転席を探しはじめたが、それらしきものは見つからない。乗るたびに気になるしで、モヤモヤした気分で1年以上は経過したと思う。

 多分、クリスマスプレゼントだったと思う。父親が、おもちゃの電車セットを買ってきてくれた。レールを円形につないで、電車のスイッチを入れてレールに乗せた。勢いよくまわる電車を見た瞬間、稲妻が走るように『電車にはハンドルはいらないいんだ!』という、長い間の疑問が解け「そうか」「そうか」「そうやったんや」と独り言をつぶやいて、興奮していた。たぶん、まわりの家族は何を言っているのかわからなかったと思う。あの時のシーンと嬉しさは今だに覚えている。

 レベルは違うが、何かの発見の瞬間というのは同じようなものじゃないかなと思う。思考に思考を重ねて飽和状態になった時、ちょっとしたことがヒントになって解決の糸口が見つかる。その後、私は『神のおつげ』と呼ぶようになった。

 『神のおつげ』は思考を粘り強く重ねる中から生まれる。他人からみればつまらないことでも、常にこだわり続けることが大切だと思う。その原点になる出来事かな。

 明日から、22日まで娘と孫を連れ、田舎に帰る。四世代そろうことになる。ダブルで敬老の日を祝うことになる。
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