素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

道徳談議

2022年07月13日 | 日記
 アメリカから帰省した従兄妹とその娘さんが我が家に宿泊した時、私が読みかけで置いていた高橋秀実さんの『道徳教室』が目に入り道徳談議となった。
 「アメリカには道徳の時間はないよね」 「たくさんの国から人々が集まってるから価値観も多様だから無理があるかな」
 「性教育でも親の承諾書をもらう必要があるのよ」「たしかに、中絶や同性愛に関しても賛否両論国が二分しているからな」
 「そう宗教が生きる指針になっているのよ」「日本は宗教の支配が弱い分道徳という教科が必要?」」
 「かもしれない」「橋爪大三郎さんは、日本人は宗教に無知である。と断じているからな。」
 「アメリカで生活していると宗教を理解していないとトラブルになることが多いと思う」「宗教が思考、行動の規範になっているみたいやね」
 「彼の祖母はカトリックで、私が信仰しているものがない。と言ったら、何をよすがに生きていくのよ?と不思議がられた」
 「イスラム教などは、もっと徹底しているもんな」「そう、生活のすべてがイスラム法に従って行われる」
 「知人にもいるけど、礼拝、喜捨、断食、メッカ巡礼などは理解できない。一緒に生きるためには丸ごと認め合うしかないのよ」

  若い人の中には、親の信仰と距離を置く人もいると言う。ベジタリアンの親の前では同じように振舞うが、親の目の届かない所ではパクパク肉を食べているそうだ。

 日本でもエホバの信者の子どもは、理科で進化論を間違いだと指摘したり合唱することを拒否したことがあったことを思い出した。ごく少数だったので大きな影響はなかったが、色々な宗教を信仰する人が多くなってきたら今の学校の体制は大きく変わらざるを得ないだろうと話をしながら考えた。
 

 
コメント
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