全農が発行している「食と農の情報誌・Apron」の2025年2月号がJA星田ファームに自由にお取りくださいと置かれていた。
表紙の「ふるさと探訪・三重なばな」が目に飛び込んできた。私の頭の中には、「三重県のなばな」は長嶋リゾートにある「なばなの里」しかない。そして、イルミネーション、ベゴニアガーデン、梅苑、チューリップなどが浮かんでくる。
「なぜこんな情報誌に?」と気になったので家に持ち帰った。探訪記事を読んでリゾート施設の名前が「なばなの里」になったのかがわかりスッキリした気分になった。三重県人でありながら伊勢(現在の三重県)が搾油用菜種の栽培が盛んな地域だったことを初めて知った。「江戸の灯りは伊勢の菜種でもつ」と言われていたほどと知り驚いた。
その摘み取った茎葉を商品として出荷したのは1960年代の旧長島町の生産者が始めたという。江戸時代から菜種の一大産地だった旧長島町(現・桑名市長島町)の生産者はわき芽の成長を促し、種がたくさん採れるよう、芯の部分を摘み取っていた。これを冬場の野菜として食べていたのがとてもおいしく、「ツミナ」として市場に出荷したところ好評で、1970年頃に商品名を「なばな」に統一してJAによる共同販売が始まった。1989年に「三重なばなブランド化推進協議会」を設立。同協議会が提供する種子で栽培されたものだけが「三重なばな」の名称で出荷され、ブランド化が進められたという経緯を知り認識を新たにした。
今度行く機会があれば、ちょっと意識して田園風景を眺めてみようと思った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/d5/0510786ba4d4f7dd29ff75e2153fd289.jpg)
「なぜこんな情報誌に?」と気になったので家に持ち帰った。探訪記事を読んでリゾート施設の名前が「なばなの里」になったのかがわかりスッキリした気分になった。三重県人でありながら伊勢(現在の三重県)が搾油用菜種の栽培が盛んな地域だったことを初めて知った。「江戸の灯りは伊勢の菜種でもつ」と言われていたほどと知り驚いた。
その摘み取った茎葉を商品として出荷したのは1960年代の旧長島町の生産者が始めたという。江戸時代から菜種の一大産地だった旧長島町(現・桑名市長島町)の生産者はわき芽の成長を促し、種がたくさん採れるよう、芯の部分を摘み取っていた。これを冬場の野菜として食べていたのがとてもおいしく、「ツミナ」として市場に出荷したところ好評で、1970年頃に商品名を「なばな」に統一してJAによる共同販売が始まった。1989年に「三重なばなブランド化推進協議会」を設立。同協議会が提供する種子で栽培されたものだけが「三重なばな」の名称で出荷され、ブランド化が進められたという経緯を知り認識を新たにした。
今度行く機会があれば、ちょっと意識して田園風景を眺めてみようと思った。
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