散歩者goo 

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昨日記130418木(24/14晴 ブログ余談<腰痛 恋愛> 読書<倭と伽耶の関係>)

2013年04月19日 11時14分29秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
昨日は、17日のブログ「腰痛の予兆と腰痛対策(追)」 で、取り上げた腰痛の予兆とも言うべき背筋痛がかなり軽くなったので、ジムに行ってランニングするか迷った。
しかし、以前同じような症状で、ランニングして再び筋肉を疲労させて悪化したことを思い出して、ジムに行くことをやめた。

多分今日と明日は用事があるのでジムにはいけないし、日曜日も行かなければ、ランニングについては、2週間のブランクができる。
その結果、持久力や体力がどの程度下がるか心配である。
それから後元通りの水準まで回復させるのに、休んだ期間と同じ時間、即ち2週間以上の時間がかかるものと予想される。

それでも、無理をして走って腰痛になった場合は、腰痛発生時から更に1ヶ月以上運動を休むことになり、生活にも支障をきたすし、症状がひどければ、鍼灸医にも通わねばならず、出費もかさむことを考えれば、良しとするべきであろう。
来週から、再度いつもどおりにこつこつと体力の維持向上のため運動するだけである。
それに関連して、朝から念のため、腰痛に関しての最新情報や、過去に発信した腰痛に関する私のブログも含めて情報を追加したので。今後腰痛になったときには参考にできそうだ。

午後、何気なくネットニュースを読んでいると、ハニートラップとよく似た感じの犯罪のことが載っていたので、取り上げた。
男と女の間には様々な問題があって、興味は尽きない。
単にエロスの問題だけではない。
今回は、ハニートラップに似た犯罪であったので、恋愛感情を中心に様々なことを考えてみた。
私も、若い頃は恋愛論もいくつか読んだことはあるし、文学としての恋愛小説も読んだことはある。
若い頃は、プラトニック中心であったが、歳を経るに従っていろんな恋愛の形態があることを知るようになり、その延長の夫婦関係も、十人十色であることを知るようになるにつれ、恋愛観の幅は広がったが、昔の新鮮さはなくなった。

更に男女に関連する、エロスや性差や個人と家族と社会と国家・民族・人種 等の問題に関して、哲学的、文化人類学的、生物学的、社会学的、経済学的、宗教・倫理等の側面から多重的に考えられるようになった。
このような男女や恋愛に対する問題の中で、恋愛に関しては、客観的視線と、実存的恋愛体験とは別のものであることは言うまでもない。
即ち主体と客体の問題でもある。

ブログで取り上げること自体、いわゆる評論と同じで、事実をパターン化し抽象化して分析を加える作業である。
自己が芸術に心酔するのと、評論する関係即ち、プレイヤーや鑑賞者と評論家と同じ関係である。
運動であれ芸術であれ恋愛を含む生き方であれ、プレーヤまたは鑑賞者とそれを客観的に評価する両面を持つことで、更に豊かに楽しむことができるのかもしれないと思う。
例えば、運動でも単にがむしゃらに運動するだけでなく、記録を取り、トレーニングメニューを考え、関係する体の仕組みや栄養や技術や関連する様々な要素を知り応用したり、結果を評価したりすることで、何倍も楽しくなるし、やる気も起こる。
ただ、芸術にも同じことが言えるが、恋愛を含む生き方については同じ考えで楽しめるのか、又どのように楽しむのか分からないところもあるが・・・。
いずれにせよ、年齢を重ねても自分流の見苦しくないプレーヤーとして現役でありたいと思うのだ。


夕方からは、本を読みにファストフードに出かけた。
「大王から天皇」へという古代史・考古学関係の本であるが、今読んでいるところは、古墳時代の、日本と朝鮮の関係である。
中国の情勢も含め日本と朝鮮の関係が非常に面白い。
倭と金官伽耶や広開土王碑の関係や、鉄鋌の関係も個別には良く知っていたが、体系的に俯瞰すると全体的状況が見えてくる。
たぶん今はもっと新しいことが発見されているだろうが、十年余り前の本でも説得力がある。
日本人とは何かという議論にも発展する話である。(実質的には、渡来人が作ったのではないかという可能性も??<騎馬民族征服説ではない>)

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