先日、「安土城」の発掘調査を県が行っている、というニュースを聞きました、
なるほど、日本の時代区分の名称にもなっており、
城史上屈指の独創的先進的な城と考えられる「安土城」も焼失のため、その詳細は不明、
しっかり調査してくださいませ、
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で、いろいろ思い出したことがあり、
今日のお話は「安土桃山時代」についてです、
この“安土”は何のことか分りますか?
この“桃山”は何のことか分りますか?
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関西人には簡単な質問ですが、それ以外の地域の人にはちと難しいかも、
いや、“安土”は分るか、、、ドラマや映画で度々登場、有名ですからね
でも、“桃山”は分るかな?
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まずは日本の時代区分、一番シンプルな区分はこんな感じだそうです、
※年数はホントにざっくりしたワタシの試算です
旧石器時代=約10万年
縄文時代 =約1万3000年
弥生時代 =約1300年
古墳時代 =約400年
飛鳥時代 =約120年
奈良時代 =約84年
平安時代 =約400年
鎌倉時代 =約150年
室町時代 =約240年
安土桃山時代=約26年
江戸時代 =約265年
明治時代 =約45年
大正時代 =約15年
昭和時代 =約64年
平成時代 =約31年
令和時代 =???
この他にも室町時代を「南北朝時代」「建武の新政」や「戦国時代」と分割も出来るようです、
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さて、近世を除くと極端に短いのが「安土桃山時代」、
この時代を正確に説明出来ますか?
なんか、短すぎて案外ちゃんと習った憶えもないのでは、
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まず“安土”、こちらの方が有名かな?
そう、織田信長が当時の交通の要衝:近江国安土に城を建て(1576年)、新しい国づくりを目指した地、
現在の滋賀県近江八幡市にあたります、
残念ながら安土城はわずか6年で焼失、詳細は未だ不明、
なので、冒頭のような調査が行われているわけです、
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さて、もう一つの“桃山”、これはどこの地名か分りますか?
これは案外知らない人が多い、
“桃山”は京の都の南に位置する地名です、
現在の京都市伏見区にあたります、
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こちらの伏見桃山城は豊臣秀吉が隠居生活のために築城(1592年)、
城マニアならお詳しいと思いますが、
慶長の大地震により倒壊、建て直されており、
先の城を「指月伏見城」、再建された城を「木幡山伏見城」と呼ぶそうです、
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では、なぜ伏見城が桃山城になったのか?
諸説ある様ですが、江戸中期元禄の頃、
伏見城跡に桃の木がたくさん植えられ、
周囲を“桃山”と呼ぶようになったことから「伏見桃山城」という呼び名が広まったとか、
そして、それが後世の時代区分作成時に採用されたようです、
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なんだかなあ、、、
元禄って築城から約100年後です、
築城当時は“桃山”のもの字もなかった、
本来なら「安土伏見時代」というのが正確だったのかもしれません、
命名由来がこんな感じですから、
「安土桃山時代」の“桃山”がどこにあるのか、知らないほうが当たり前かな、
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しかし、現在の桃山にお住みの方は誇らしいでしょうね、
時代区分に地名が残っているなんて、
(室町も同様ですが、この辺りはまたあらためて)
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あ、ちなみに桃山には、1964年にコンクリートの模擬天守と共に、
「伏見桃山城キャッスルランド」という遊園地が出来ました、
中学生の頃に岡崎友紀さんのステージショーがあり、観にいったなあ♪
懐かしい^^)
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